第13話 復帰

 三日間の自宅療養後に新田は職場復帰した。二週間ぶりの銀座の街である。以前勤めていた会社は六本木にあった。騒然とした若者の街六本木とは対照的に、銀座は気品のある閑静かんせいな大人の街である。


 職場の者はみんな、新田の病気について触れようとしなかった。ただ、ひとりだけ新田の病気について不快に感じる者がいたのである。


 新田は、福山部長の心の奥の陰にひそむ闇を知ることとなった。いかにも部下思いを装っていた福山部長は、加猛局長にのみ恭順きょうじゅんであった。彼は所謂いわゆる、上司に迎合げいごうして部下を犠牲にしてまで出世を願望するタイプの人物だったのである。


 初夏のある日、業務終了一時間前に会社で暑気払しょきばらいが行われた。新田に対する福山部長の対応は厳格なものがあった。他の契約社員が家庭や病気の関係で、早退を申し出ても快く承諾していたが、新田にはそれが許されなかった。新田は大腸癌手術後、禁酒をしていたためその日は早退を申し出たが、「いや、出て貰わないと困る」と冷たくあしらわれたのである。


 新田はとりあえず顔だけだして帰るつもりでいた。酒宴がはじまってしばらくすると、病気について口止めしていたにもかかわらず、加猛局長が新田の病気が癌であったことを大声で語りはじめた。


「こいつは癌だったんだよ。この前大腸癌の手術をして入院していたんだよ。癌なんだよこいつは」


 新田は不愉快になって、トイレに行くふりをしてそのまま帰ってしまった。それ以後新田は、会社の飲み会のすべてを術後の体調不良を理由として辞退した。福山部長は不服そうであった。いわば彼は、加猛局長の卑劣な言葉を新田に伝えるために策動していたのである。

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