頭の中のAIと僕

かぐや

第1話:契約

 二〇二九年。AIが普及したこの世界で、あるプロジェクトが秘密裏に進められていた。


 ――プロジェクトコード A.E.Z.


 もうすっかり、誰もがAI技術無しには暮らすこともままならないほど当たり前になって久しい。

 この社会には、隅々に渡るまでAI技術が浸透している。見えない裏側の技術しかり、身近な存在しかりだ。

 そんなあらゆる叡智えいちを獲得してきた人類が、それでも未だ獲得できていない力があった。


 それは、AIが感情を持つことだった。

 「だった」とは、そう、もう過去のものになったことを知っているのは、この世でおそらくただ一人、僕だけだ。


 「コア」と呼ばれるAIチップを埋め込まれたその日から、僕には二つの人格がある。元々の僕と、後天的に埋め込まれたAI。

 AIはどうやら女性の人格のようで、コードネームは「シオン」だと聞かされていた。


 動物にAIチップを埋め込む実験が生命倫理問題として取り沙汰されている昨今、AIチップを人間の中に埋め込むことで、AIが感情を創生し、人格を形成できるかどうかを実験するプロジェクトが秘密裏に行わることとなった。


 そのうちの一つである最先端のAIチップが、僕の中に埋め込まれることとなったのだ。

 僕が選ばれた理由はわからないが、興味本位でAIドナープロジェクトに応募したあることがきっかけだった。


 会社なのか団体なのかも、その組織の名前さえも全然覚えていないが、怪しいサイトだったことは覚えている。

 でもその中に、僕が大学の研究室に配属されてから知るようになった、AIの権威として国内では有名な柚梨ゆずり博士のコメントが掲載されていたことから、試しに今回のプロジェクトに応募したのである。


 募集人数は掲載されていなかったが、もしかしたら僕と同じように、被験者となっている人が他にいるのかもしれない。


「……説明は以上となります。それではこれから手術を行うことになりますが、その前に、この契約書にサインしていただきます。よろしいですね?」


 全く知らない研究所のような場所に連れて来られて、簡単な説明を受けた。淡々とした口調で話す案内役の女性の様子からして、このプロジェクトが初めてではない感じを受けた。


 きっとこれまでにも、何人もの人が同じことを経験しているんだろう。逆にそれが、手術前の僕には少し安心できる材料にもなった一方で、人体実験をしていることに違和感は拭えなかった。


 プロジェクト参加における契約内容は、およそ次の内容である。

 ・参加者は、所定の脳外科手術を受ける。

 ・契約期間は、原則一年間とする。

 ・契約期間終了後は、参加者の身体を施術前の状態へ原状復帰する。

 ・契約期間中に得た情報は、他者への口外を禁止する。

 ・契約期間中、参加者は埋め込まれた脳波計から発信される脳波情報の一切を提供する。

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