謎解きは保健室で

伸夜

放課後

井之上いのうえくん、保健室へ行こう!」

 HRホームルームが終わり『ありがとうございました』の号令と共に教室のドアが勢いよく開けられたと思うと、部活へ急ぐ運動部が教室のドアへ向かう波に逆らって彼は僕の前に現れた。

 僕のクラスの帰りのHRが終わるのを待ち構えていたらしい。

天木てんき君、保健室はそんなに張り切っていくところではないと思うんだけど」

 遊びに行こうと同じノリで保健室へ行くことを誘ってのけた彼に対して、僕は思ったことを思ったままに伝えた。天木てんき天貴てんきは隣の2年2組の生徒だ。保健室で出くわして以来、僕に付きまとっている。天木という苗字でありながら子供に苗字と全く同じ読み方をする名前を付けるのはいかがなものかと思ったが他人の家庭の事情に口を出すつもりはない。万が一、複雑な家庭環境であれば聞くのは申し訳ないし、それくらいの常識は持ち合わせている。

「僕は保健室へ行く予定は無いし、体調も悪くない」

 保健室の常連である井之上には「保健室の君」という不名誉なあだ名がついている。源氏物語に登場する光源氏の幼名『光る君』になぞらえているらしいが、いったい誰が付けたのか。光源氏と言えば眉目秀麗で一見すると誉め言葉だ。しかし、光源氏は女関係にだらしない。僕は生きてきたこの16年、一度だって彼女がいたことがないのだから清廉潔白な身だというのに。

「行くよ」

 確かこの不名誉なあだ名がついたときに古典の授業で源氏物語を習っていた気がする。暇なやつがいるものだ。

 天木君は僕の話を聞くことなく、僕の分の鞄まで持って教室を出てしまった。

「僕は部活に参加した記憶はないけど」

部活に参加した覚えはないが、部活動申請書類を作成し、部活(部員が二人しかいないから正確には同好会)を作ったかと思うと僕を部員にしていた。

そんなことを思いながら鞄を取り戻すため、仕方なく追いかけるしかなかった。

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