第8話『戦う覚悟』


 翌日は、本格的に攻略用の装備を整えるため、俺たちは『ビルスキルニルの輝く宮殿』に足を運んだ。

 全体が黄金色にきらめく成金趣味な外観で、大きさは学校の校舎ほどもある。

 それもそのはず。『ビルスキルニルの輝く宮殿』は、巨人ボスが出現するエリアだからだ。

「今回はガチのマジで危険だから、絶対に油断しないでね」

「本当か? いまいち信用ならないな。また我々を脅かそうという気じゃないだろうな」

「いや、脅かそうとしたことなんて一回もないけど……」

「任せてくださいよ、フミオさん! 俺の男気、バシッと見せてやりますよ!」

「おう、頼んだぞ。エーリカにいいとこ見せてやれよ」

「なっ……!」

「期待してるからね、クルト~?」

「や、やめてくださいよフミオさん! エーリカもあんま……お前、調子乗んなよ!」

 以前は距離感のつかめなかったクルトも、最近ではいじり方もわかってきた。

 最初は得体の知れない陽キャとしか思っていなかった二人も、蓋を開けてみれば可愛い後輩のように思えてくるようになった。

 彼らのような関係を、ミーナと築くことができたらいいなと思う。

 だが、どうすればそれが可能なのかを考えると、途端に思考が行き詰まる。

 恋愛にはゲームのように、確実な攻略法があるわけではない。

 やはり、リアルの人間関係が一番難しい。この世界に来なければ、わからなかったことだ。

 パリの凱旋門みたいな巨大な扉から宮殿に入ると、突然、雷が落ちたような轟音が鳴り響いた。

「誰だ? 吾輩の館に足を踏み入れる愚か者は」

 地鳴りのような低い声が、頭上から降ってくる。

 見上げると、誰もいなかったはずのそこには、身長十メートルはありそうな巨人が立っていた。

 白銀の獣毛で作られた帯を腰に巻き、一つ一つが巨岩のような筋肉が全身を覆っている。

 手には体格に見合った武骨な大剣を握っており、ヒゲを生やした顔面は怒りに満ちていた。

空鳴そらなりマグニ』巨人の業魔モーズで、見た目通りのパワーとリーチの長さが特徴だ。

 背後で扉が地響きとともに、ひとりでに閉じる。戦闘開始だ。

 大剣を逆さに握ったマグニが、その切っ先を床に突き刺す。

 凄まじい衝撃が走り、床がひび割れる。だが、本命はその次だ。

「ジャンプ!」

 俺が素早く合図した直後、割れた床の隙間から雷光がほとばしり、宮殿全体を揺らした。

 この攻撃は、マグニが必ず初手でぶっ放してくる大技だ。

 範囲の狭い最初の突き刺しを回避して安心していると、次のフィールド全体に届く電撃を食らって瀕死になる。いわゆる初見殺し系の攻撃だ。

 電撃は地面にしか攻撃判定がないので、その場で跳躍すれば避けられることさえ知っていれば、なんということもない。

「ミーナ! ホルガーさん! 足元! クルトとエーリカは援護!」

「「「「了解!」」」」

 全員が初撃をやり過ごしたのを見届けて、俺は事前の打ち合わせ通りのフォーメーションを形成する。

 経験豊富なミーナとホルガーは、一定のダメージを蓄積させるとダウン状態にできる足元を攻撃。

 クルトとエーリカは、遠距離からチクチクと魔法ルーンで『疲労』の状態異常値を蓄積し、スタミナを削っていく。

 そして、残る俺はひたすら『挑発』を使って、マグニのヘイトを集めるタンク役だ。

 一番リスクの大きい役回りだが、敵の行動を知り尽くしている俺にしか務まらない。

 巨体に見合わない高速でぶん回してくる大剣に、俺はひたすらパリィを決めていく。

 マグニはブレイク状態にさえすれば、バグでワンパンできるのだが、そこまで持っていくには正攻法しかないのが辛いところだ。

 ランドルフの配下の中でも、かなりの上位に位置するだけあって、強敵だ。

 攻撃もディレイや二段判定を持った、こちらの隙を突いてくるようなものが多い。

 挑むだけの理由がなければ、極力スルーしたい相手である。

「はああっ!」

 ミーナのアキレス腱への一撃で、ぐらりとマグニの体躯が揺らぎ、片膝を着いた。

 よし、ダウンだ。一定時間、通常時は手の届かない頭を殴り放題になる。

「クルト! エーリカ!」

 俺は二人に呼びかけ、頭に駆け寄る。

 ミーナとホルガーは、引き続き足を攻撃していてもらう手筈だ。

 距離の近かったエーリカが最初にマグニの頭を殴れる射程に入った。

 だが、次の瞬間マグニがギロリと彼女を睨んだ。

「小童が!」

 憤怒の咆哮を上げ、マグニが何も持っていない左手を振り上げる。

 その瞬間、時間の流れがゆっくりになったように感じた。

 ヤバい。なんだあの行動。見たことがない。ダウン時は絶対に反撃してこないはずなのに。

 様々な言い訳が脳裏をよぎる中、エーリカは見開いた目で、自身を叩き潰そうとする手のひらを見上げていた。

 クソ、間に合え――!

 そのとき、俺の脳裏に過去の映像がよぎった。


「クルト、昔は弱虫だったんです。いつも村のガキ大将にいじめられてて、それを私が助けてあげてて。まあ、そのガキ大将もわたしに惚れてたので、扱いやすかったんですよね」

 はぐれ村にいた頃、クルトが皆より早く寝たあとで、エーリカは懐かしむようにそう語っていたのを思い出す。

「も、十二歳くらいのときだったかな。わたし、人より『診断書カルテ』の数字――ステータスって言うんでしたっけ? が高かったので騎士団に入ることになってたんですけど、クルトも入るって言い出したんです。『いつまでも、女に守られてるまんまでたまるかよ』って。それで、毎日村の近くで小鬼ゴブリン退治をして強くなって……いつの間にか、私よりステータスも上になっちゃって。今では守ってもらうことの方が多くなっちゃいました」

 ふ、とエーリカが笑みをこぼす。

 そのとき、歳下のはずの彼女が、やけに大人びて見えた。

「でも、まあ、悪い気はしないですよね――」

 

「エーリカァアアア――!」

 だが、俺が助けに入るより先に、クルトの絶叫が響く。

 疾風のごとくフィールドを突っ切ったクルトが、前方にダイブしてエーリカとマグニの間に割って入った。

 そして、パリィ。

 耳をつんざく快音。間一髪で、マグニの手のひらが弾かれる。

「ぐうう……!」

 クルトのパリィを食らい、マグニはブレイク状態に陥った。

 チャンスだ。

「うおおおお――!」

 俺はマグニの膝から胴体へ駆け上がると、空中で『閃輝・雷霆』を発動した。

 宙を蹴り、稲妻のごとくマグニの顔面目掛けて殺到する。

 しかし、攻撃がヒットする瞬間に、俺はさらに『瓢風・六連星』を使用する。

 直撃。

 マグニの額にめり込んだ剣が、ものすごい勢いで振動し始めるのを、俺は全力で押さえつけた。

「がああああ――!」

 剣が振動し続けている間、マグニのHPがゴリゴリとおろし器ですりおろしているかのような速度で減少していく。

 見る間にHPゲージがゼロになったマグニは、断末魔の雄叫びを上げながら消滅していった。

 これが、『閃輝せんき雷霆らいてい』と『瓢風・六連星』を組み合わせることで発動する『チェーンソーバグ』だ。

 巨大な当たり判定を持つマグニのような巨人系エネミーは、単発ヒット技と連続ヒット技を特定のタイミングで重複使用すると、なぜか攻撃モーションをしていなくても武器の攻撃判定が有効になる。

 武器を敵に触れさせているだけでダメージが稼げるさまが、チェーンソーで切り刻んでいるようだからというのが、バグの名前の由来だ。

 ブレイク時にしか使えないバグだが、巨人系エネミーはこれ一本で全員倒せてしまうので、当然ながらこのバグもすぐに修正された。

「平気か、エーリカ」

「う、うん……」

「ったく。ヒヤヒヤさせんなよ」

「その、ありがとね、クルト」

「へっ、なんてことねえよ」

 いつも通り、つっけんどんな態度をとるクルトと、いつもと違ってしおらしいエーリカ。

 よく見ると、ふたりとも顔が赤くなっている。

 甘酸っぱいな、と思いつつ、同時に今さらながら肝が冷えた。

 もし、クルトも俺も間に合っていなかったら、エーリカは今ごろ床の染みになっていただろう。

 いくら打ち合わせをしても、『アスガルド』とこの世界の細かな差異は見抜けない。

 そして、その小さな違いが、実戦では命取りになる。

 俺の間違った知識のせいで人が死ぬくらいなら、いっそ――。

「フミオ。どうだ、手に入ったのか?」

「あ、ちょっと待って」

 ミーナの声で我に返ると、俺はメニュー画面を開き、装備の確認をした。

 想定通り、装備一覧にはマグニが使っていた大剣『星慄ほしふるえるダインスレイヴ』が収められている。

 俺はこれを手に入れるために、今回マグニを討伐したのだ。

 あまりにもサイズが大きすぎるので、もしかするとこの世界では手に入らないんじゃないかと心配していたが、杞憂に終わってくれてよかった。

 ミーナが横合いから俺のメニュー画面を覗き込んでくる。

 ふわりと石鹸の香りが漂ってきたが、努めて無視した。

「あった。じゃあこれをこうして……」

 言いながら、俺は装備強化画面を操作し、『星慄ほしふるえるダインスレイヴ』を道中で手に入れた『瀟洒な双剣』の強化素材にした。

「お、おい! いいのか!? それではせっかく手に入れた武器が……!」

「いや、これでいいんだ」

 俺は『星慄ほしふるえるダインスレイヴ』を素材にした『瀟洒な双剣』を最大まで強化し『瀟洒な双剣+9』にレベルアップさせる。

「ほら、『瀟洒な双剣』のステータスを見てみて。『ダインスレイヴ』よりずっと高いでしょ」

「……本当だ。なぜだ? 双剣は、どんなに強化しても、無強化の大剣に攻撃力が劣るはずなのに」

 不思議そうにミーナが目をぱちくりさせる。

星慄ほしふるえるダインスレイヴ』を強化素材にした双剣系の武器は、そのステータスを継承することができるのだ。

 これぞ通称『星を継ぐものバグ』である。

 大剣のような両手の装備スロットを消費する武器は、その分攻撃力が高く設定されているが、装備するだけでも相応の筋力ステータスが要求されるし、筋力があっても動きは鈍重でパリィもしづらい。

 しかし、この『星を継ぐものバグ』を使えば、大剣の攻撃力はそのままで、同じ両手持ち武器でも取り回しのいい双剣を持つことができてしまうのだ。

 ランドルフの分身対策として、強力な双剣は必ず一セット用意しておきたかった。

「この『星継ぐ』双剣、できれば全員に持ってもらいたいんだけど……」

 だが、マグニもボスとしての格が高いせいなのか、『泉』に戻っても再出現はしなかった。

「残念だな」

「や、俺あいつはもう一回で十分ッス……」

「わたしも……」

 出てこないものは仕方ない。

 皆には当分ヒュンドルのドロップ装備で我慢してもらうとしよう。

 ランドルフなら、『聖銀のタリスマン』と『獣縛りの鉄鎖グレイプニル』それに『星継ぐ』双剣があれば、なんとかなる。


 ◆ ◆ ◆


 その日の夜、村の広場にはキャンプファイヤーのような大掛かりな焚き火が設置され、その周りで村人たちが酒盛りに興じていた。

 なんでも、今日は昼間に春の豊作祈願の祭りが催されていたらしい。 

 これから育てる種を蒔く前に、大地の神に祈りと贈り物を捧げる。そして、夜になったら、ささやかな宴会を開く。

 現代日本のように、屋台が出たり、有名人がゲストとして来ていたりはしない。

 それでも、美味そうに酒の入ったビンを傾ける大人や、彼らの間を駆け回る子どもたちのはしゃぎっぷりを見ていると、俺も心が躍るような気がした。

「宴に間に合ってよかった。私も、この祭りには愛着がある。なにせ、子どもでも大人と同じ時間まで起きていられるからな。秋の収穫祭と並んで、一年で一番楽しみにしていた日だ」

 宴会の輪を遠巻きに眺めるミーナの瞳には、焚き火の橙色が映っている。

 かつての祭りの記憶が、彼女の脳内を巡っているのだろう。

 二人して小ぶりな丘の斜面に腰掛けながら、羊肉の串焼きを頬張った。

「祭りか……」

「フミオの故郷――ニホンにも祭りはあったのか?」

「うん、あったよ。覚えてるのは夏の祭りかな。母さんと一緒に行ったら学校の同級生と出くわしてさ。からかわれたのが恥ずかしくて、途中で帰っちゃったけどね」

「? 母親と祭りに出ることの何が恥ずかしいのだ。ごく普通のことではないか。それより、ガッコウとはなんだ? 学び舎のことか?」

「えーっと……まあ、学校は学び舎でいいんだけど」

 さて、なんと説明したものか。

 俺は大雑把に話すことにした。

「日本の若者にとっての祭りっていうのは、親からお小遣いをもらって、食べ物やおもちゃを売ってる屋台で買い物をして歩くことを言うんだ」

「なんだ、けしからんな。親の金で遊び歩くだと? まるで貴族の放蕩息子ではないか。それとも、フミオの周りの人間が特別裕福だっただけか?」 

「いや、全然裕福なんかじゃなかったよ。普通の家の生まれだよ、俺は」

「そうか……庶民の生まれなのに、そんな贅沢な暮らしができるのか、ニホンという国は」

「別に、贅沢ってほどでもないよ。ここの祭りと同じ、年に数回の楽しみって感じ」

「それでも十分だ。フミオ、お前はもっとご両親に感謝するべきだぞ。連れ立って歩くのを恥じるなど、とんでもない話だ。むしろ誇るべきだ」 

「うーむ……」

 耳の痛いことを言われ、俺は口ごもる。

 言えない。俺は日本では引きこもりのクソニートで、親の金でゲーム三昧して過ごしていたなんて。

 ……夏祭り、か。

 あれは確か、中二のときだったか。

 学校でいじめられ、半引きこもりになりかけていた俺を母さんが心配して、祭りに連れ出してくれたんだっけか。

 陽キャに母親同伴で祭りに来ていたことを嘲られた俺は、さんざんに母さんのことを罵って、一人で走って家に帰ったのだ。

 

『ふみくん。お母さん、バカでごめんね……お母さんと一緒なんて、中学生なら嫌だよね。思春期だもんね。わかってあげられなくて、ごめんね……』

 

 自室に閉じこもっていた俺に、母さんが扉の向こうから、すすり泣きながら謝ってきたときは、消えてしまいたいほど惨めだった。

 本当にみっともない。何がみっともないって、俺はちゃんと謝れていない。

 いつもそうだ。何度も母さんにひどいことを言って傷つけてきたのに、母さんの優しさに甘えて、俺の機嫌が治ったら全部なかったことにしてきた。

 もし、日本に帰ることができたら、帰る方法があったとしたら、そのときに謝ろう。今までの愚行を全てまとめて謝罪して、心を入れ替えよう。

 仮に、そんな日が来るとしたらの話だが。

 物思いにふけっていると、視線を感じた。

 横を見ると、ミーナがじっと俺の顔を見つめていた。

 俺はつい、古典的なセリフを口にしてしまった。

「……俺の顔、なんかついてる?」

「いや、なにやら思い詰めているようだったからな。フミオは考えていることがすぐ表情に出るからわかりやすい」

 いたずらっぽい微笑を浮かべるミーナに、俺はふと何もかもを打ち明けてしまいたい衝動に駆られた。

 彼女なら、俺がずっと胸のうちに秘めている秘密を、受け入れてくれるような気がした。

 笑われるかもしれない。正気を疑われるかもしれない。

 それでも、ミーナに隠し事はしたくないと思った。

 俺は思い切って口を開く。

「……もし、俺がさ。別の世界から来たって言ったら、信じる?」

「む? まあ、そうでもおかしくないとは思うが……」

「ええっ! 信じるの!?」

「なに、嘘なのか?」

「本当だけど! 普通、疑うでしょ!」

「フミオの不可解なほどの知識量を鑑みれば、常世の住人ではないと判断しても不思議はないと思うが」

「あー……まあ、確かに。でもほら、あれはそういう加護の効果であって」

「フミオの加護は『泉』の場所や他人のステータスを把握する効果だろう? なのに、当然のように業魔モーズの行動を全て見切ったり、討伐後に落とす武具のことまで知り尽くしているなんて、明らかにおかしいではないか」

「なるほど……」

 言われてみれば、そんな設定で通していたっけか。

 やっぱりとっさに嘘をつくのはいかんな。自分で忘れてすぐボロが出る。

 俺は照れ隠しに頬をかきながら、冷めかけの羊肉をかじる。

「それでも、よく信じてくれたね。俺なら頭おかしくなったのかと思うけど」

「恩人の言葉を疑うものか。フミオは私を何度も救ってくれた。それだけで信じるに値する」

 全幅の信頼がこもった言葉に、俺は胸が熱くなる。

 しかし、同時に腹の底がずんと重くなるのを感じた。

 今までの戦い、血に飢えた獣戦やグルニズゥ戦、ブラスフェミー戦などでは、俺はミーナやクルトたちを守ることができていた。

 でも、ランドルフ戦においてその保証はできない。

 俺は、もう知ってしまった。

 この世界の人々は、俺と同じ、血肉の通った人間だということを。

 大切な仲間を失う恐怖を。

 ことにマグニ戦では、かなり危ない場面を経験している。俺の手では、エーリカを助けられなかったかもしれなかった。

 呪詛のような言葉が、口をついた。

「……重いんだよ」

「え?」

「期待とか信頼とか、俺には重すぎる。俺はそんな大層な人間じゃないんだ。元の世界では、引きこもりの穀潰しだったんだ! そんなやつが皆を守る? 世界を救う? 冗談じゃない、できっこない……! 俺には、皆の命なんて背負いきれない……」

 思いの丈を吐き出した勢いのまま、かねがね考えていたアイデアを、ここで披露することにした。

「ランドルフとは、俺一人で戦う。そうすれば、誰も死なせずに済む。死ぬとしても、俺だけだ。俺のせいで誰かを死なせるのはまっぴらだけど、俺が死ぬだけなら、誰も気にしな――」

「フミオ」

 底冷えのする声ですごまれ、俺は驚いて言葉を止めた。

 俺をにらむミーナの顔は、間違いなく、今まで見た中で最高に激怒していた。

 この剣幕は、ブラスフェミーと対峙したときに匹敵するのではないだろうか。

 それくらい、今の彼女の気迫には、鬼気迫るものがあった。

「私が死んだら、フミオは悲しんでくれるか?」

「あ、当たり前だ。それが嫌だから、俺は一人で戦うって言ったんだ」

「なら、フミオが死ねば私が悲しむということも、わかるな?」

「…………」

「元の世界で、フミオがどんな生活をしていたのかは知らない。周囲の人間にどう評価されていたかも知らない。そんなことはどうでもいい《・・・・・・・・・・・・》。私はフミオを評価している。能力だけではなく人格もだ。困っている者を見過ごせない善性を持っている。失いたくない人間だと思う。だから――二度と、自分は死んでもいい人間などと口にするな。それは、お・・を信じる私への侮辱だと思え」

「……ごめん」

 強い語気で叱られ、俺は自分の幼稚さに恥じ入った。

 今まで、俺を想う人の気持ちなんて、想像したこともなかった。

 俺のわがままを何もかも受け入れてくれる母さんとしか、人間関係を築いてこなかったツケだ。

 うつむいて落ち込んでいると、ミーナにぎゅっと抱きしめられた。

 質実剛健な印象の少女なのに、身体はふわりと柔らかく、薄い布越しに熱いほどの体温が伝わってくる。

 俺は頭の中が真っ白になった。

「ミ、ミーナ!? なにを……」

「不思議だな。戦いのときは歴戦の戦士のごとく頼もしいのに、私生活になると、まるで子どものようにいたいけで愛おしい。わかりやすいようで掴みどころがない。私は――お前をもっと知りたい。知れば知るほどそう思う」

 信じられないほど近いところから、ミーナのささやき声が聞こえる。

 そして、ミーナは俺から離れると、真正面からこちらを見据えて言った。

「安心しろ。お前の重荷は私が背負う。周りの者は、お前を含めて私が守る。だから、お前は私を守ってくれればそれでいい。ほら、楽になっただろう? 守られてばかりの私ではない。これでも騎士団の長なのでな。守る方が得意なのだ」

 はにかむ彼女の笑顔を見たとき、心臓に稲妻が落ちたような心地がした。

 とんでもない殺し文句だ。完全に殺されたと思った。物理的にではなく精神的に。

 今のはずるい。反則だ。とても惚れずにはいられない《・・・・・・・・・・・・・》

 いや、俺はもう、とっくにミーナにイカれてた。

 ずっとそれに、気づいていなかっただけの話。

 なんて間抜け。なんて無様。

 俺は自分の恋心にすら無自覚なほどの鈍間とんまだったのだ。

 ほんの一、二ヶ月前のこと。『アスガルド』にログインしたときのことを思い出す。


 ――『戦う覚悟はできたか?』

 

 ああ――ようやく、できたみたいだ。

 戦う覚悟ってやつが。

 

 俺はほとんど無意識に、ミーナを抱き寄せていた。

 驚きにビクッと肩を震わせるミーナだったが、嫌がりはしなかった。

「わかった。俺が、お前を守る。絶対に、一生かけても、お前を守ってみせる」

 空っぽだった心に火が宿る。彼女を守る。それが、俺のやりたいことだ。

 気の利いた言い回しを思いつかない自分が憎かったが、仕方ない。

 返事をする代わりに、ミーナは俺を抱き締め返した。

 それで、答えはわかった。

 俺たちは無言で見つめ合った。

 ミーナの目は潤んでいて、信じられないほどまつ毛が長かった。

 視界いっぱいに広がるミーナは、この世で一番可愛い女の子に見えた。

 ミーナがまぶたを閉じる音さえ聞こえた気がした。

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