第4話『バグを教える』

 グルニズゥを倒した夜。

 はぐれ村で焚き火を囲みながらで夕食をとっていると、ミーナがおずおずと頼んできた。


「フミオ。貴殿のその、敵の攻撃を弾く技について、よければ我々に教授してもらいたいのだが……」


「ああ、あれはパリィって言って、誰でもできる簡単な技だよ。今度教える」


「かたじけない。それと、他にも面妖な技をいくつも使っていたが、あれらはどこで覚えたものなのだ?」


「どこでって、普通にメニュー画面からだけど」


「めにゅー画面?」


「あれ、開けない? 人差し指をこう……クイってやると出るんだけど。ほら」


「……無理だ。魔法ルーンには心得がない」


「いや、これは魔法ルーンじゃなくて……なんていうんだろう」


「魔術師のやることは学のない私には分からん。他のことを教えてくれ。

 あの背中を駆け上がって頭部を殴りつける技。あれを覚えたい。士気高揚に役立ちそうな派手な技だ」


「フミオさん! 何なんスかそれ、自分も覚えたいッス! なんかかっこよさそうじゃないッスか!」


「あー……はいはい、了解」


 少年の騎士、茶色の短髪をしたクルトに迫られ、俺はたじたじとなる。

 幼馴染の恋人(恐らく)がいることといい、初対面の俺に馴れ馴れしくしてくることといい、とにかく相容れない男なのだが、逆にクルトの方は素直に俺を慕っているようだった。


 正直、やりづらい。


「自分もあのパキーン! って攻撃弾くやつとか使えるようになりたいんスよ! 男はやっぱ、女守れるくらい強くならなきゃじゃないッスか!」


「ねえねえクルト、その『女』ってわたしのことだったりする?」


 蠱惑的な笑みを浮かべて、黒髪ショートの少女エーリカがクルトの顔を覗き込む。


「は、はあ!? ちげーし! んなわけねーだろ! お前みたいなちんちくりん、誰が相手にするかよ!」


「誰がちんちくりんよ! アンタなんて十二歳になるまでおねしょしてたくせに!」


「バカ、言うなよそういうこと人前で! ほんとお前バカだな、バカ!」


「何よ、おねしょ! おねしょおねしょ! パンツびしょびしょ!」


 低レベルな言い争いを繰り広げる二人に、俺は呆れてため息をつく。

 しかし、その光景を微笑ましげに見つめるミーナの横顔は、聖母のような慈愛に満ちていた。


 うん、やっぱりミーナたんはマイ天使。

 閑話休題。


 彼女たちは『アスガルド』のゲーム的な部分――パリィや武技レギンには何の知識もないようだった。


 ステータスについては、常に視界の片隅に表示されているらしく、経験値オーズの使い道はもっぱらステータス上げだけのようだった。


 魔法ルーン一般的テンプレなファンタジーでいうところの魔法まほうとして理解されているようだが、それも限られた才能のある人間だけが覚えられる技術という認識だった。


 つまり、ミーナたちに武技レギン魔法ルーンを教えれば、相当な戦力強化につながるというわけだ。

 ……よし、明日から彼らを徹底的に鍛え上げるとしよう。

 

 ◆ ◆ ◆


 翌日。

小鬼ゴブリンのねぐら』にやって来た俺たちは、小鬼ゴブリンを練習台にパリィの訓練を行っていた。

 先日、壊滅したはずの小鬼ゴブリンのコロニーはあっさり復活していて、小鬼ゴブリンの繁殖力の高さを実感する。


「はああ!」


 キイン!


 ミーナに飛びかかった小鬼ゴブリンの剣が、ミーナにパリィされた。


 体勢が崩れた小鬼ゴブリンに、ミーナが『燕返し』を入れてとどめを刺す。


「すごいなミーナ。もうパリィできるようになったなんて」


「あくまでこれは練習だ。実戦で使えなければ意味がない」


 そう謙遜してみせるミーナだったが、ちょっと自慢げに口元をほころばせていた。


 ほかの騎士団員たちも、あっさりとパリィを習得したため、俺は彼らに『小鬼ゴブリンホイホイ』を教えることにした。


 俺は皆に『小妖精のベール』を使用するよう指示すると、例の小部屋に向かった。


 頭にたんこぶのできていた『小鬼王女ゴブリンプリンセス』をまたぶん殴ってから肩に担ぐと、ミーナが不思議そうに尋ねてくる。


「? 倒すのではないのか?」


「それより、もっとたくさん経験値オーズを手に入れる方法があるんだ」


「ほう。ぜひ知りたいな」


 興味津々といった様子で瞳を輝かせるミーナ。

 と、『小鬼王女ゴブリンプリンセス』がさらわれたことに気がついた小鬼ゴブリンたちが騒ぎ出した。


「なるほど。こやつらと戦闘すればよいのだな?」


「いや、ここでは戦わない」


「ここでは……?」


 納得のいっていない様子のミーナたちを連れ、俺は『泉』まで引き返す。


「皆は『泉』の中にいて。そこならダメージを喰らわないから。あと、こいつも持ってて」


「いったい、なにをするつもりなのだ?」


「まあ見ててって」


小鬼王女ゴブリンプリンセス』をミーナに預けると、俺は『炎上バグ』を使用した。

 突如として発火した俺に、ミーナたちがどよめく。


「フミオ!?」


「心配いらない! 熱くないから!」


「そ、そうなのか……?」


 そこへ、『小鬼王女ゴブリンプリンセス』奪還に燃える小鬼ゴブリンたちがのこのことやって来て、物理的に燃えていった。


「なっ……! それは魔法ルーンか!?」


「す、すげえ! 小鬼ゴブリンがあんなに簡単に!」


「どういうことなんですか、フミオさん!」


 期待以上の驚きっぷりを見せてくれる彼らに気をよくしながら、俺は『炎上バグ』の概要について解説した。


「――って感じで、何もしなくても勝手に小鬼ゴブリンを倒せるんだ」


「とんでもない技だ……どれほど修行すれば、そのようなことができるようになる?」


「簡単だよ。やり方さえ知っていれば」


 さっそく、ミーナに『炎上バグ』を実践してもらうことにした。


「ち……『治癒神ちゆしんの波動』『炎身』」


 恐る恐るといった感じで技名を唱えるミーナ。

 俺と違って、メニュー画面を開けない彼女たちに、武技レギン魔法ルーンが覚えられるのか不安だったが、これだけで発動できるようだった。

 ミーナの身体がボッと炎に包まれる。


「うわっ!」


「落ち着いて、ミーナ! 熱くないでしょ?」


「確かにそうだが……気味が悪いな」


 率直な感想を漏らすミーナ。

 ミーナの攻撃範囲に入った小鬼ゴブリンたちが死んでいくさまを、彼女は気の毒そうに眺めていた。


「……なんだか、世の理を乱しているような気がしてくるな」


「気にしなくていいよ。相手は業魔モーズなんだから」


「まあ、それもそうなのだが、不憫だ」


 ブサイクな面をしているとはいえ、小鬼ゴブリンたちも命がけで『小鬼王女ゴブリンプリンセス』を奪い返しにきているのだ。


 俺も、そんな彼らの騎士道精神に、感じ入るものがないわけではない。

 別に、感じ入ったところで容赦はしないが。


 ひとしきり、リポップしなくなるまで小鬼ゴブリンを狩り尽くしたあと、俺はミーナに経験値オーズの残量を確認するよう促した。


「っ……! あれだけのことで、こんなに……!」


「すごいでしょ?」


「ああ……信じられない。私のこれまでの鍛錬はいったいなんだったのだ」


 今まで、血のにじむような思いをして経験値オーズを稼いできただろうに、今度は俺のほうが不憫になった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 ――一ヶ月後。

 ミーナたちは一日『ゴブリンホイホイ』をしても上げられるステータスがなくなるほど強くなっていた。


 これだけステータスを高めれば、そのへんの雑魚に遅れを取ることはなくなるだろう。


「本当にフミオには世話になっているな。感謝感激だ」


「これでやっとランドルフを倒しに行けるッスね、団長!」


「ああ、必ずや同胞たちの無念を晴らし、民草に平和をもたらそう」


「フミオさんが居てくださるとなれば百人力ですね!」


 ある晩、焚き火を囲みながらミーナたちがそんな話をしているのを、俺は苦笑いしながら聞いていた。


 なにやら、勝手に戦力に数えられているようだが、そんなつもりは毛頭ない。

 確かに、頼られるのは嬉しい。人のために尽くすのは尊いことだ。


 だが、それでもなるべくリスクは避けたい。戦いはしたくない。

 ましてや、ランドルフのような強敵に挑むなど、もってのほかだ。

 俺がミーナたちを特訓したのは、俺の代わりに戦ってもらうためだ。


 後方でふんぞり返って、安全に立ち回るためには、前線で身体を張る人材が必要になる。

 役割分担といえば聞こえはいいが、俺はミーナたちを盾として育てているようなものだ。


 最優先事項は、俺の命。そこだけは譲れない。

 ヤコブたちのために飛び出したのは、グルニズゥが弱めのボスだと知っていたからだ。


 もしあれがランドルフだったら、俺はさっさととんずらこいていただろう。

 俺は卑怯で冷酷な男。だからこそ生き残れるのだ。


「ところで、フミオはなぜ旅をしている? どこか目指す場所でもあるのか?」


「えーっと……」


 突然、話の水を向けられ、俺は言い淀んだ。

 そうだった。俺は旅人という設定で通していたんだった。

 俺はとっさに思いつきを口にした。


「お、俺は日本って国に行きたいんだ。ものすごく遠いところにある」


「ニホン、か。聞いたことがないな。どんな国なんだ?」 


「何百メートルもある高い建物がいくつもあって、離れた人間同士でも会話できる機械を皆持ってるんだ」


「本当にそんな国があるのか? にわかには信じがたいが……しかしフミオが言うなら実在するのだろうな。私もぜひ行ってみたいものだ」


 もちろん嘘だった。俺は日本に戻りたくなんかない。

 バグや武技レギン魔法ルーンを使ってやりたい放題できる、この世界の方がずっといい。


 俺が生きるべき世界は、ここなのだ。

 今度は、俺の方から質問してみた。


「ミーナはどうして騎士になったんだ?」


「私か? 私は……」


 話し始める前に、ミーナは薪を火にくべた。

 パチパチと火花が弾け、火の勢いが増す。

 その様子を見つめるミーナは、何かを思い出しているようだった。


「……父が、ランドルフに殺されたんだ。他にも、奴に肉親を奪われた者を何人も見てきた。私はその仇を討ちたい。だから騎士の道を選んだ」


「…………」


 これは俺も知らなかったことだった。

『アスガルド』の設定資料集には、そこまで細かい情報は載っていなかった。

 ミーナが焚き火を囲む面々を目で見回す。


「ここにいる皆も、父の部下だった者たちだ。私が父の座を受け継ぎ、スクルド騎士団の団長となった。至らぬ点ばかりだが、よくついてきてくれている」


「そんなことないッスよ、団長。俺たち皆、団長のことも尊敬してます。いつも一番槍を持っていっちまうから、たまには手柄を残しておいてほしいッスけどね!」


「フ、なら私より速く走れるようになることだな」


 ミーナの冗談に、騎士たちがどっと笑い声を上げた。

 同じ戦場を駆けた者同士だけが共有する、特有の空気感。

 これが、戦友という奴か。


 この歳になるまで、ろくに友達の一人もできなかった俺からすると、彼らの関係はとても得難いものに思えた。

 それが妬ましくて、俺はつい嫌味めいたことを尋ねてしまう。


「ミーナはさ、もっと自由に生きてみたいって思ったこと、ない?」


「自由に、とは?」


「実力があるんだからさ、騎士なんて面倒な仕事せずに、どこか安全な場所に引きこもって、のんびり暮らしたいとか」


「……面倒、か」


 言い過ぎた、と思ったときにはもう遅かった。

 騎士たちの目がさっと険しくなる。

 彼らの誇りを侮辱してしまったのだ。


「フミオ殿。いくら貴殿でも、それは団長に失礼では……」


「いい。確かに騎士とは面倒ごとの多い仕事だ。名前も知らない民のために、命を賭けて業魔モーズどもと戦い、得られるのは僅かな給金と名誉だけ。近頃ではそれもなくなってしまった」


「?」


 なくなった? どういうことだろう。

 だが、それを聞き返す前にミーナは話の続きを始めてしまった。


「まず、大前提として、アスガルドの地に安全が保証された場所などない。

 どこにいようと、生きるために戦わねばならないのは同じだ。だが、戦いを最小限に抑えることは可能だろう。

 フミオのように知識があれば、あるいは危険のない戦いだけをして生きていくこともできるかもしれない」


 しかし、とミーナは厳かに言う。


「父は正しく生きた。力を持つ者として生まれ、その責務を全うして死んだ。

 私はそんな父を尊敬しているし、そうなりたいと思う」


「……辛くないの? そんな人生。俺なら自分が楽するためなら、こだわりなんて捨てるけどな」


「パンと水だけでは人は生きていけない。生きがいがないといけないんだ。『私はこのために生きている』と胸を張れる何かがなければ……その通り、人生なんて辛いだけかもな」


 理屈ではない、ということか。

 俺は素直に謝った。


「……ごめん」


「構わない。人には人の生き方というものがある。私は否定しない。さて、そろそろ寝よう。夜も遅い」


 そう言って、ミーナが今晩の焚き火番を買って出たので、俺はありがたく休ませてもらうことにした。

 ベッドと呼べるかも怪しいござに寝そべり、俺は真っ暗な空を見上げた。


 ミーナの言葉を、理解はできたが、共感はできなかった。

 自分の命よりも大事にしたいと思えるものなんて、俺にはないからだ。


 俺は自分の人生の薄っぺらさに吐き気がした。

 俺なんて、まるで空っぽだ。中に詰まっているのはゲームの知識だけだ。


 なくしたところで、何も惜しくなんてないものばかりだ。

 けれど、もし、ミーナの言う『生きがい』を見つけることができれば。

 空っぽの俺に、中身と呼べるものが吹き込まれるのかもしれない。


◆ ◆ ◆


 読者の皆様へ

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます!感謝感激の至りです!

 ここで、作者からのお願いです。

 おもしろい、続きがみたいと思われた方はブックマーク、評価をおねがいします。

 おもしろくないと思われた方も、面倒でしょうが評価での意思表示をしてくれたら嬉しいです。

 おもんないけど読めたから☆ひとつ。

 まあ頑張ってるから☆ふたつ。

 そんなつけかたでもかまいません。

 今後の執筆の糧にしていきます。

 作者としては反応が見えないのが一番ツライので

 何卒よろしくお願いします!

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