第6話 召喚獣と友人と

「わっ!」


 独り言にまさか返ってくるとは思わず、小さく悲鳴を上げた。ついでに尻餅もついた。


「え、今の鳥さん?」


『如何にも』


「喋れるの?」


『お主とは波長が合うようだから、直接お主の頭の中に語り掛けている』


 それって前世のSNSでよく見た謳い文句じゃあ……というツッコミをぐっと抑え、俺は赤い鳥をまじまじと見る。そして、回復魔法を掛けた時の男の低い声と同じだったことに気付く。蛇足だが、めちゃくちゃ良い声だ。


「さっきの声も鳥さんが?」


『如何にも』


「アドバイスしてくれてありがとう。お陰で鳥さんを助けることが出来たよ」


 言いながら、アドバイスしてくれた赤い鳥を、そのアドバイスで助けるって……と思うが、アドバイスしてくれたことにはお礼を言いたい。

 お陰で魔法が何となく掴めた気がしたからだ。


『お主、名は何と言う?』


 不思議そうな表情で赤い鳥は、金色の目で俺を見つめる。


「俺の名前はヴァーミリオン。ヴァーミリオン・エクリュ・カーディナル。鳥さんは?」


 フルネームで言った方がいい気がして、赤い鳥に言う。


『我はフェニックス』


 まさかの名前にびっくりする。この三週間、ヘリオトロープ公爵からカーディナル王国の国旗や象徴、歴史の最初の部分を教わったばかりだった。

 カーディナル王国の国旗にはフェニックスが描かれている。そして、王国と王家の象徴でもあり、この世界で最強の召喚獣と呼ばれている。フェニックスを召喚獣にしたのはカーディナル王国の初代国王くらいで、以降は誰もおらず、姿もほとんど見せないことから伝説の召喚獣と呼ばれている。ゲームの中でも名前は出てくるが、姿は出てこなかった。

 そのフェニックスが目の前にいて、思わず固まってしまう。

 そして、そこでふと疑問が浮かぶ。

 世界最強と謳われる召喚獣が何故、こんなにも大きな怪我をしていたのか?

 気になり、俺はそのまま素直に聞くことにした。


「……世界最強と謳われる召喚獣のフェニックスが何故、大きな怪我をしてたの?」


 俺のその質問にフェニックスは金色の目を細める。


『……お主、年齢は?』


「え、三歳だけど……」


 聞かれたことをそのまま答えると、フェニックスは更に目を細める。

 え、何? またやらかした?


『お主くらいの年齢ならば、我がフェニックスだと聞けば、世界最強や伝説の召喚獣の方に目が行くと思うのだが……』


「そうなんだけど、確かにびっくりしたけど、そっちより、大きな怪我の方が気になって……」


 両親や兄、城の人達の前だと疑問を隠して年齢相応に見せたかもしれないが、フェニックスには素の俺で答えたいと不思議とそう思った。

 その思いが伝わったのか、フェニックスは面白そうに目を細めて笑う。


『お主は身体年齢よりも精神が成熟しているようだな』


 あ、バレた。ドキッと心臓がちょっと悲鳴を上げる。へ、平常心、平常心……!


『先程のお主の質問だが、我はしばらくの間、探しモノのために時空を超えていてな。探しモノを見つけ、戻ろうとした際に邪魔モノと相対し、追い払い、無理矢理、時空の壁をすり抜けたことで怪我をしたのだ』


 堂々とした声音でフェニックスは正直に話してくれた。が、ちょっと内容、俺が知っちゃっていいヤツ?! っていうか時空って何?!

 あ、そうか、知ったことを俺が周りの大人にもし言っても、年齢が三歳な訳だし、「殿下、面白い夢でも見たのですね」で済むよね。

 落ち着きを取り戻した俺は、フェニックスに聞いてみる。


「何か大変だったみたいだけど、探しモノは見つかったんだよね?」


『ああ』


「それで、フェニックスが倒れたところには何もなかったけど、ちゃんと持ってる?」


 大きな木の下にはフェニックスが倒れていたところには確かに何もなかった。落ちていれば気付いただろうし。

 そう思って聞いたのだが、フェニックスは突拍子もない言葉を発した。


『問題ない。探しモノは目の前にいるからな』


 ……え?

 思考が停止し、フェニックスの綺麗な身体を呆然と見つめる。


『探しモノはお主だ、ヴァーミリオン』


「……俺?」


 今の年齢のことをすっ飛ばして、本当に素の俺のまま鸚鵡返しする。


『やっと見つけたのだ。我に相応しい主を』


「え、えぇーーっ!!」


 思わず、声を上げる。

 いやいやいや、俺が主っておかしくない?!

 ゲームのヴァーミリオンの召喚獣はライオンというか獅子だったはず!

 俺があわあわしていると、フェニックスは笑う。


『お主が驚いているのは、ゲームのお主の召喚獣は獅子だったと言いたいのだろう?』


 あわあわしていた俺はピタリと動きを止め、フェニックスを見る。

 彼は何を知っている?

 何か少しでも情報が分からないかと、俺はフェニックスを見据える。


『我はお主の前世を知っている。本来なら寿命を全うするはずだったのにお主は十九歳で命を落としている』


「……どうして知っている?」


 何が言いたい? 本来の寿命って何だ?


『お主が十九歳で命を落としたのは呪いだ。その呪いはこの世界から発している』


「はい……?」


『この世界はゲームの世界ではない。ゲームと同じ内容の世界なだけだ。お主を呪った者は本来のヴァーミリオンの魂を欲している』


「……本来??」


『お主の魂だ。本来、お主はこの世界でヴァーミリオンとして生まれるはずだったが、この世界の女神の助けで前世の世界で生まれた。そのことを恨んだ者が前世のお前をこの世界に戻らせるために呪った。その呪いの影響なのだが、お主の前世は不自由な身体ではなかったか?』


 頭が大混乱。確かに、前世では少しでも動けば身体が疲れ、動けなくなった。病院でも原因不明と言われ、十代後半ではほとんどベッドの上だった。あれが、呪いというのか?


「……情報が多すぎて頭が追いつかない……。でも、ちょっと待ってくれ。今、俺はそのヴァーミリオンとして生まれてるのは……」


『そうだな。今のお主なら問題ないと女神が戻したのだろう』


「それはマズイのでは……」


 その呪いの相手がやって来ても、今の俺は打つ手がない。

 そう思っていたことが顔に出ていたのか、フェニックスはにやりと笑う。


『そこで我だ。我はお主を探しに前世の世界に行ったのだが、既にお主は命を落としていた。お主の魂を追うと、この世界に戻っているのを知り、召喚獣として守護するために無理矢理戻ってきた。守護するためとは言ったが、お主と話し、お主をとても気に入った。我は心の底からお主と共にありたいと思っている』


 めちゃくちゃイケメンなフェニックスの告白に、俺はくらっとした。めちゃくちゃ良い声だし、惚れてまうやろ。


「あ、じゃあ、俺と友達になってくれる? 王子だし、城って大人の人達ばがりだし、まだ同じ歳くらいの子達と会ったことなくて……」


 メイドや騎士は皆、話しても肯定的なことが多い……というか、微笑ましそうにされるので、なかなか本心が言えない。結構、それがストレスになることを前世を思い出してから痛感した。

 フェニックスは俺の前世を知っているなら、余計に色々話をしたいし、彼の話もたくさん聞きたい。

 目をきらきら輝かせているだろう俺はフェニックスを期待を込めてじっと見つめる。


『……召喚獣だが、我を友とお主は呼ぶのか?』


「うん。メイドや騎士達もいるけど、主従関係はいまいち実感が湧かなくて。君は俺の前世を知っているし、何となく、俺の考えていることが君に筒抜けのような気もするし、友達ならお互い助け合えていいかなって」


 にっこり笑ってみると、フェニックスは唖然とした顔で俺を見ていた。

 すると、フェニックスは声を出して笑った。何だか嬉しそうだ。


『……なれば、我はお主の召喚獣であり、友であろう』


「ありがとう! これから宜しく」


 俺は嬉しくて、にっこり笑って握手のつもりでフェニックスの羽根に触れた。フェニックスも意図を汲み取ってくれて、右の羽根を動かす。

 そこで、俺はふと疑問を口にした。


「そういえば、フェニックスの名前は?」


『名はない。何なら付けてくれても構わぬ』


 あっさり答えられ、しかも、名前を付けてくれと返された。

 え、名前付けていいの……?


『お主なら良い名を付けてくれると思っている』


 ちょっと照れのような声音でフェニックスは俺に告げる。若干、目が輝いているように見える。

 期待されてる……!


「え、え? ちょっと待って!」


 じっとフェニックスの綺麗な紅色の身体を見つめ、俺は名前を考える。

 身体を見つめ、ふと俺の髪と同じ色だなぁと先程思っていたことを思い出す。

 そこで閃いた名前を声に出してみる。


「紅(クレナイ)っていうのはどう? さっき俺の考えていることが君に筒抜けのような気もするって言ったように、俺も君の考えていることが何となく分かるというか、お互いが自分の分身みたいに感じてて、俺の髪と君の身体の色が同じ紅色だから……どうかな……?」


 だんだんしどろもどろになり、俺はもじもじと左右の人差し指を絡ませながら提案してみる。


『紅か。気に入った。我は今から紅だ。宜しく、ヴァーミリオン』


 満足してくれたようで、フェニックス――紅は大きく頷いてくれた。


「気に入ってくれて良かった。改めて宜しく、紅! あ、じゃあ、俺のこともヴァーミリオンじゃなくてヴァルって呼んでよ」


『……ふむ、愛称か。ヴァルは他の者も呼ぶだろう?』


「え、うん、そうだけど」


『我もお主の名を特別な名で呼びたい。例えば、リオンと呼んでも良いか?』


 ヴァーミリオンでヴァルではなく、リオン。今まで呼ばれたことがない名だ。

 特別な名というのが何だか嬉しく感じた。


「もちろん! あ、でも、その名前、もう一人、大切な人にも呼ばせてもいい……?」


 多分、紅なら気付いている気がするけど、それでも言わずにはいられない。


『……彼女か。彼女であれば問題ない』


 あ、やっぱり分かるんですね。思春期の男子の、母親に見つかっちゃった気分になってちょっと恥ずかしいよ。


『……ふむ。もし、人前に我が現れる時はヴァルと呼ぼう。その方が何かと都合が良いだろう』


 俺の何かを察したのか、紅はこう言ってくれた。

 そして、先程の紅の話で気になった俺にとっては重要なことを聞いてみた。


「あ、さっき、紅が、この世界はゲームと同じ内容の世界って言ってたけど、これから起きることやゲームに出て来る人達は同じなんだよね?」


 もし違うのであれば、色々考え直さないといけない。


『ああ、その通りだ。だから、リオンが防ぎたいことはもちろん、準備や努力次第で防げるものもある』


 紅がそう言ってくれたことで、俺のやる気が満ちる。今から頑張れば、何とかなるかもしれない。両親やヘリオトロープ公爵達。そして、ウィステリアちゃん。

 やる気の俺を見て、紅は更に嬉しいことを言ってくれた。


『本来、召喚獣は喚ばれるまで現れることが出来ない。であれば、リオンの友であることが出来ない。よって、我はこのままこの姿でリオンの側に留まろう』


「ありがとう、紅!」


 嬉しくて、紅に抱き着いた。

 かけがえのない友人が出来て、俺は紅と寝る時間まで他愛もない話をするのだった。

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