純白の女帝と漆黒の騎士
ソフィーナ帝国からの依頼
人間の支配する領域にはいくつかの国家があります。
大陸の南西部に位置するフォンデール王国、北西に領土を持つハイネシアン帝国、中央南部と南東部に領地を持つソフィーナ帝国、そしてソフィーナ帝国の南にあるカーボ共和国。大陸の北東に浮かぶ小さな島国の東鸞王国は他の国との国交を制限しているようです。まったく交流が無いわけではないので、コタロウさんのような方が時々大陸に渡ってきます。さて、二つの帝国はさらにいくつかの国で構成されていたのですが、今は首都とその他という程度の区分けしか残っていない一つの大きな国となっています。配下の国の国王は地方領主という扱いになってしまいました。
そのうち、南のソフィーナ帝国は飛び地のような領地を持っています。特にフォンデール王国と隣接する小さな領地は、かつて小さな国があった場所ですが今では巨大な農園となっており、そこで収穫された農作物は広大なエルフの領域を避けるようにフォンデール王国の領土内を通ってソフィーナ帝国へ運ばれています。
そんなことになっているのは過去の色々な歴史によるものなので、疑問に思っても仕方のないことです。
というわけで、フォンデール王国とソフィーナ帝国は友好的な関係を築いているのです。あそこの農作物は半分以上がうちの国に輸入されていますからね。通行税を支払って長い距離を運ぶよりは近くの他国に売りつけた方がよほど効率がいいわけです。
とは言っても、農作物は大事な国民の生命線なので全てを他国に売るわけにはいきません。フォンデール王国にはこれまた大きな森(恵みの森)があるので、それを迂回するようにぐるっとフォンデール王国内を回り、南の海沿いからソフィーナ帝国に運ばれていました。その道中で王国の各地にいくらか販売しながら。
その輸送を担うのが商人ギルドに所属する
……これまでは。
「エスカ・ゴッドリープ殿、ソフィーナ帝国より冒険者ギルドに正式な依頼をしたいという申し出がありましたぞ」
私はフォンデール王国宰相クレメンス・フォン・アーデン=グナイスト卿にお会いしています。いつもの挨拶回りではなく、クレメンスさんから呼び出されてきました。
「あの旧ハイムリル領からソフィーナ帝国首都クレルージュへの直通ルートを開拓するんですか?」
旧ハイムリル領というのが例の飛び地です。あそこの領主だったハイムリル家はソフィーナ帝国に忠誠を誓っていたのですが、エルフ領ネーティアとのいざこざで居城を攻め滅ぼされてしまい、生き残った子孫は帝国護衛兵になっているそうです。
辛うじて代々皇帝から騎士の位を与えられているようですが、エルフに負けた領主が貴族の世界で敬われるはずもなく。基本的にその子供は平民の身分となり、帝国護衛兵としてある程度実績を積んだ後で初めて騎士の叙任を受けるということが繰り返されているようです。
まあそちらのお話は置いといて、ゴブスラ洞窟を攻略したことで旧ハイムリル領からクレルージュまで南下するルートの開拓が可能になったわけです。あそこを掃除した時から、こういう話が来ることは想像していました。
「さすが賢者殿は話が早いですなぁ」
その賢者っていうのやめてもらいたいんですが、さすがにパトロンでもあり国政のトップでもあるクレメンスさんに逆らうわけにもいきません。曖昧な笑みを返します。
「実は、開拓自体は帝国と王国の共同事業として行うのですが、それに付随してあちらの宰相から内々にお願いされまして」
んん? なんでしょう。内々に、ということは表沙汰にしたくない事情があるということです。カーボ共和国辺りが横槍を入れてきているのでしょうか?
「実は、ソフィーナ帝国皇帝、ソフィーナ・ヴァルブルガ・アマーリア・ヴィルヘルミーナ・フォン・クレルージュ様が自分の力で開拓したいとワガママを言っているようで」
皇帝陛下がワガママ……ですか。ええと、名前が長くて覚えられそうにありません。ソフィーナ様とお呼びすればよろしいでしょうか?
「もちろん周囲に反対されたのですが、その日の夜に警備を担当していた護衛兵に無理を言って共に城を出てしまったというのです」
「あらら、周りの人も大変ですね。ではギルドへの依頼はソフィーナ様を見つけ出すということでしょうか」
「いえ、あちらも彼女達の足取りは掴んでおりますよ。ですが、皇帝陛下のご機嫌を損ねてはいけないということで、気のすむまでやらせてあげようという方針のようです」
なるほど、本当に周りの人達はご苦労様です。それではギルドに何を依頼しようというのでしょうか?
「それでですな、彼女は自分の力で開拓をしたい。開拓をすると言えば冒険者」
あっ……嫌な予感がします。これはとても面倒なことを押し付けられる前兆です。
「ソフィーナ陛下は身分を隠して冒険者ギルドに登録するつもりのようです。お供に連れた護衛兵と一緒に」
「皇帝陛下の身の安全を冒険者ギルドが保証するということですか」
「簡単に言えばそういうことですな。ただし、彼女の正体を知っていることは本人には秘密ですぞ」
うっわ~……。
「恐らく数日中には冒険者ギルドに登録を希望してやってくることでしょう。上手く騙されたふりをして皇帝陛下を冒険者に仕立て上げてください。そして彼女の参加するチームが開拓を成功させるという筋書きです」
嫌です、とは言えず。私はこのとんでもなく厄介な依頼を引き受けてギルドに戻るのでした。
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