第21話 不可解な洞窟

 レオンハルトの決意とアルカナ山への往復の経験は正しく報われた。途中の集落で一晩を過ごす事となったが、集落には温かく迎えられて三人はさほど体力を失うこともなく夜を越え、そこから更に進んで無事に洞窟の入り口に辿り着いた。

 それは不思議な光景だった。緩やかな傾斜の広い丘のふもとに、熟練の大工でも不可能と思う程の見事な直線で構成された空洞が口を開けている。その壁面は金属のようにも陶器のようにも思える不思議な材質で覆われている。全体としてのっぺりした印象を与えるが、入り口近くには大きく裂け目ができ、そこから金属の筒のような物の破片や、名状しがたい材質の紐が引きちぎられたように顔をのぞかせていた。レオンハルトは未知への恐怖にやや足をすくませながら、ルーチェが語った洞窟や重力水の情報を思い返した。



「重力水が発見された洞窟は、たぶん古代の建物の一部だったんじゃないかってお祖父ちゃんは言ってた」

「建物?人工物なのか?」

「うん。前に話したっけ、重力水は誰かが作った物じゃないかって」

「なんとなく覚えてる。確かいつぞやの鐙を受け取った時の話だったかな」

「その時の発明品というのは失敗作だったんだろう?今話題に挙げる意味が有るのか?」

「アレン、嫌な事思い出させないで。その時に話に出したってだけで関係は無いよ。ともかく、お祖父ちゃんは重力水を作ったのと同じとんでもない技術が洞窟…というか、その元になった建物を作ったって考えてる」

「ディル殿の考えであれば信用しても良さそうだな」

「さっきから何なのよ!大事な話なんだから茶々入れないで!」


 話の腰を折られたルーチェだけでなくレオンハルトも眉をひそめる。


「アレン、確かに良くないぞ。この任務の重要性は判っている筈だ。…ひょっとして疲れて苛立っているのか?」

「も、申し訳ありません、若。失礼しました、先を急ぎましょう」

「いいや、一旦休憩を取ろう。大事な話というからにはルーチェも腰を落ち着けた方が良いと思う」


 先の旅でニールフェルトに教えられた徒歩の従者への気遣いに加え、慣れない馬の上でずっと揺られているルーチェの体調も気になり、レオンハルトは小休止を挟むことにした。脇から抱えるようにしてチュルクの背中からアレンの腕へとルーチェを移すと、子ども扱いされた事にちょっと機嫌を損ねたらしいルーチェは口をとがらせている。

 こんな時だからこそ、いつものルーチェらしい振る舞いに安心したレオンハルトも慣れた様子で地上に降り立つと、荷物から水と途中の集落で村民が持たせてくれた、アイク島に古来から自生していた小ぶりの柑橘類を出して二人に手渡す。嬉しそうにかじり付いたルーチェの眉尻が今度は情けなそうに下がる。


「何これ、酸っぱい」

「好意でいただいた物に文句をつけては駄目だ。…とはいえ確かにこれはちょっとな。そのまま食べる為の品種ではないんだろう」


 横目で見たアレンは表情を変えるまいと努めているようだが、やはり酸味に閉口しているようだ。


「でも疲れを忘れるにはちょうどいいかもしれない。それよりルーチェ、話の続きを聞かせてくれないか」


 レオンハルトが促すと、酸っぱい果物を水で飲み下したルーチェが再び説明を始める。


「洞窟はその大昔に造られた建物の一部なんじゃないかってお祖父ちゃんが。信じられない話だけど、ひょっとしたら元の大きさはこの島より大きかったかもしれないって考えてるみたい」

「それはさすがに胡散臭い話だな。そもそもなんで一部だと?」

「あたしもどこまで本当か判らないまま聞いてたけど、洞窟の内側はどこにも継ぎ目のないのっぺりした通路みたいなんだって。でも所どころにひび割れたあとが有ったり、そもそも入り口が何かがちぎれた風になってるらしいの。重力水じゃなくて洞窟そのものの話はハインリヒ様から伺ったりした事無いの?」

「いいや、父上は功績を無闇に誇る事になるとお考えなのだろう。あまり私にはお話しにならなかった」

「そうなんだ。いずれ新しい重力水が必要になるだろうから、騎士の皆さんにはいろいろと知っておいて欲しいんだけどな」

「それは今回の件を通じて私が話していくんだろうな」

「期待してるね。それでその失われた残りの部分がどこに有るのかも全くわからないんだ。海に沈んだのかもしれない」

「海の底か。以前言っていた漁師や船大工に聞きたい話というのもそれか?」


 旅から戻ってきた日に頼まれた事をレオンハルトが思い出して聞いてみると、ルーチェは首を横に振る。


「それはまた別。それに海に沈んじゃったらさすがに重力水も溶けちゃうと思う」

「何の話です、若?」

「ああ、以前研究に役立てたいから色んな職業の民人に話を聞きたいが、自分では軽んじられてしまうから後ろ盾になって欲しいと言われてね」

「それを承知なさったのですか、若」


 アレンの目が三角になったのを見てレオンハルトはたじろぐ。どうやらレオンハルトはアレンを怒らせたようなのだが、レオンハルトは直前の自分の言動を振り返っても何がアレンの気にさわったのか判らない。まさか無視して会話を続けるわけにもいかず、仕方なく率直に尋ねる事にした。直観だがあまり悩んでいる所を見せると更なる怒りを買うような気がした。


「アレン、何か気にかかる事が有るのか?ルーチェではどうにもならないことだから手を貸そうと約束しただけなのだけど」

「だけ、ではありません若。そうやって何もかも望みのままにしているからこの小娘がつけあがるのです。常々申し上げておりますが若はこの小娘にお甘い」

「それは軽率だったかもしれないが、ルーチェはこの島すべての人の生活を思って日々研究しているのだ。それに手を貸すことは平民の生活を向上させる騎士の本分に適う事だと思う」

「騎士の面目という物が有ります。影ながら手を貸すというならともかく、平民同士の対話ににらみを利かせるなどまるで若が小娘の従者のようではありませんか!」

「ああ、体面という事にはあまり気を払っていなかったのは謝る。謝るから今はルーチェの話の続きを聞こう」

「この場限りの事には致しませんよ。良い機会ですので旦那様にも申し上げて、カシウス家全体で話し合う機会を設けさせていただきます」


 日頃の鬱憤うっぷんを晴らすかのように気炎をあげていたアレンも、レオンハルトの表情からその場限りの話に済ますつもりがない事を読み取ると矛先を納める。今話すべき話題ではないという抑制も働いたのだろう。アレンが落ち着いたのを見て、レオンハルトはルーチェに話の先を促した。


「その話、あたしの今後にも関わってきそうなんだけど…続けるね。お祖父ちゃんが重力水を手に入れた時、洞窟の隅々まで調べた訳じゃないんだ。一緒に来てくださった騎士の方々の疲労や怪我もあるから、研究に十分な重力水を手に入れた所で引き返したそうよ。中は多分ずっとまっすぐの通路に等間隔で左右に突き出した通路。左右の通路はちょっと行ったらすぐ行き止まりで、どうやって開閉するのか判らない扉だと思うって言ってた」

「思う、とは?」

「ほとんどの扉はきちんと閉まってたけど、中には扉が壊れて先の部屋に入れる通路も有ったの。どの部屋も中には寝床と本棚の残骸や机らしい物が置かれていたって」

「そういえば明かりはどうなっているんだい?ランタンは用意してあるけれど、節約できるならそうしたい」

「日差しが入り込む最初の数歩を超えると後は真っ暗だったって。でも油がどれくらい必要なのかはさっぱり」


 ルーチェは気障きざな仕草で肩をすくめて見せる。重力水に関する話題という事で、大人ぶって振る舞っているのだろうが、普段すぐに子供っぽい仕草を見せるルーチェには似合わないな、と話題にそぐわない思考がレオンハルトの脳裏に浮かぶ。気付かれたら怒られるだろうから、おくびにも出さずに話を続ける。


「その事なら父上が知恵を授けてくださった。魔物についてはディル、実際にはルーチェだったけど、に尋ねよ。恐らくさほどの警戒をする必要は無い。洞窟について説明を受ければわかる事だが、道なりに進めば十分な油を用意しているとのことだった」

「そうね、魔物については必要以上に警戒する必要は無いし、神殿の人を追いかけるなら真ん中の通路をまっすぐ進めば良いってことね。ハインリヒ様の仰る通りだと思う」

「神殿騎士団には正面から相対すると決めたのだから身を隠す必要はないという事だね。それにしても魔物を恐れなくても良いというのはどういう事だろう?それが理由で今まで重力水を新たに手にする事ができずに居たのに」

「魔物が出現する時は必ず予兆が有るからよ。これについては私も研究で経験しているから実体験を話せるわ」


 そこまではディルの覚え書きにちらちらと視線を落としながら話していたルーチェは、ここからは自分の独壇場どくだんじょうだと胸を張った。

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