第44話

翌日、鉄鼠てっそ白沢はくたくたちに王城の厨房に集まってもらっていた。

茜様と青王様にお手伝いをお願いして、チョコレートができるまでの工程をみんなに見てもらおうと思ったのだ。

「みんなが丁寧に発酵と乾燥をしてくれるお陰で、こうやってチョコレートが作れるの。いつもありがとう」

「ぼくたちいつもおいしいチョコレート食べさせてもらってるし、穂香のお手伝いするの楽しいよ」

「そうだよ。これからも穂香さんのためにいっぱいお手伝いするよ」

みんな、どんどん変化していくカカオ豆を楽しそうに興味津々で眺めている。


コンチングを始めると、

「この工程は十時間以上かかるの。終わるのは今夜十時頃の予定ね」

「そんなに時間かかるんだね。ねぇ、終わる頃にまた来てもいい?」

「そうだ穂香ちゃん、できたてのチョコレートの試食をさせてもらえないかしら」


できたてを試食かぁ...

茜様の願いを聞きいろいろと考えていたら、ふといいことを思いついた。

「わかりました。試食できるように準備しますから今夜またここに集合してくださいね」

みんなそれぞれに戻っていき、青王様と瑠璃だけが残っている。

「青王様、あとでいちごを収穫してきてください。瑠璃ちゃんは六センチぐらいのタルトカップを焼いてくれる?」

なにをするかは後ほど...と言うことで、まずは開店の準備に取りかかることにした。


今日は藤のほうが大盛況だった。昼過ぎにはほまれたちだけでは回せなくなり、急遽瑠璃が手伝いにいき Lupinus は青王様と茜様がお手伝いをしてくれてなんとか乗り切った。

瑠璃がタルトカップを焼き始めると、青王様はいちごの収穫をしにバタバタと菜園へ向かった。


約束通り鉄鼠たちが集まってきた頃、ちょうどコンチングが終了した。

コンチェからチョコレートを取り出すと、妖たちは「とろとろだね~」「甘くておいしそうな匂いがするね」と目を輝かせている。

「穂香ちゃん、おまたせ~!チョコレートはできた?」と、茜様と白様もやって来た。

「できましたよ。これから試食の準備をしますね」

瑠璃にタルトカップといちごを配ってもらっている間に、私はチョコレートのテンパリングをした。

できあがったチョコレートをそれぞれのタルトカップに入れていくと、みんなから「おぉ~!」と歓声が上がった。

「まずはいちごをチョコレートにつけて食べてみてください。しばらくするとチョコレートが固まってくるので、最後はタルトごと食べてくださいね」

「やったぁ、いただきまーす」

まずはチョコレートだけ舐めてみる者、甘い香りに酔いしれている者、あっという間にいちごだけを食べきって「おかわり!」と言っている者など、それぞれに楽しんでいるところへ、青王様が「これも食べ頃だと思う」とバナナを持ってやってきた。

「ありがとうございます。さっそくカットしますね」

一口大にカットしたバナナと追加のチョコレートを配っていくと、みんな更に嬉しそうな笑顔を見せた。

「穂香ちゃん、こんなに豪華な試食を準備してくれてありがとう!本当に幸せだわぁ~」

「できたてとろとろのチョコレートも、さくさくのタルトもおいしかった!」「また食べさせてね~」と戻っていく鉄鼠たちを見送り、茜様と白様、それに瑠璃も戻ったあと、青王様とお話をすることにした。


「山梨までの電車を調べてみたんですけど、京都からだと六時間以上かかるみたいなんです。さすがにそれは大変なので懐中時計で移動しましょう」

「そうか。せっかくだから列車で移動して旅気分を味わいたかったんだけどね」

私だって青王様と旅行をしたいと思う。でも往復だけで半日以上かかるのはやっぱり大変だろう。

「あっ、それなら途中の駅まで懐中時計で移動して、そこから電車に乗るのはどうでしょう?」

「なるほど、ではそうしよう」

懐中時計を使えば日帰りができる。でも青王様が一泊しようと言っていたので、とりあえず宿の情報もいくつか調べておいた。

「あの、やっぱり宿泊したいですよね?」

「それはもちろん。穂香と泊まりがけで出かける機会はあまりないからね。なんなら二泊でも三泊でも...」

「ええと...それでは二泊で」

「穂香、ありがとう!」とすごい勢いで抱きついてきた青王様。尻尾をぶんぶん振っている大型犬に飛びかかられた気分だ。

「ちょっと、あの、落ち着いてください!」

「あ、すまない。だめだな、どうにも気持ちが抑えられない」

私は「深呼吸してください」と青王様の背中をさすりながら、プリントしておいた宿の情報を見せた。

その中から、二人の意見が一致した宿を予約すると、青王様はカレンダーを見ながらソワソワし始めた。

「青王様...お出かけは来週ですよ?」

「わかっているんだが、なんと言うか、落ち着かなくてね」

「きっと眠れない...」とつぶやいている青王様をなんとかなだめて部屋に帰らせ、私は厨房へ向かった。


「瑠璃ちゃん、片付けさせちゃってごめんね」

「いえ、大丈夫ですよ。お話は終わりましたか?」

「ええ、出かける日程も決めたから瑠璃ちゃんにも伝えておくわね」

瑠璃に詳細を伝えると、お休みの告知をする貼り紙も作ってくれた。明日から店頭とレジ前に貼っておいてくれると言う。



いつも通りの日常を過ごし、やっと迎えたお出かけの日。

庭でお供え用の花を摘み、忘れ物がないかチェックしているところへ青王様がやってきた。

「準備はできたかい?」

「はい。ではいきましょうか」

まずは懐中時計で小淵沢こぶちざわという駅までいき、小海線こうみせんに乗って清里きよさとまで向かい、そこからお墓のある場所まではタクシーに乗る。

私は目的地まで懐中時計を使って移動すればいいと思うけど、青王様は時間をかけても電車やバスに乗り、景色を楽しみたいらしい。


小淵沢はとても綺麗な駅で、展望台もあり八ヶ岳や南アルプスが見渡せる。

「気持ちいいですね。晴れてよかった」

「そうだね。ついのんびりしてしまうね」

私たちは時間を忘れて景色を堪能し、発車時間ギリギリで小海線に飛び乗った。

清里駅からタクシーでお墓の近くまでいくと、そこは自然に囲まれた長閑のどかでおだやかな時間が流れる場所だった。

「お父さんたちはこんなに気持ちのいい場所で眠っていたんですね。今日、来ることができてよかったです」

「うん。ではしっかり挨拶をしなくては」

二人でお墓の周りを掃除し、お花を供えてお線香に火を点けようとしたところに、突然瑠璃が現れた。その隣には白様と茜様も。

「え?なんで...」

「穂香ちゃんたちがお墓参りにいくって聞いたから、わたしたちにもご挨拶させてほしくて。大切なお嬢さんを、これからはわたしたちの家族として迎えるんだから」

「わたしたちみんなで穂香さんを守ると、ご両親とも約束するからね」

「茜様...白様も、ありがとうございます」

改めて、みんなで手を合わせていると、またあの声が聞こえた。


『この人たちはあなたをずっと大切にしてくれるわ。おめでとう穂香。幸せになるのよ』


これってお母さんの声だったんだ。当時の私はまだ幼かったから、両親の声も顔もはっきり覚えていない。ただなんとなく懐かしい感じがするな、と思っていたぐらいで。


「お母さん、大丈夫だよ。ちゃんと幸せになるからね」

ずっと見守っていてくれたんだって思ったら、涙が止まらなくなってしまった。

青王様は私が落ち着くまで、ずっと頭をなで、背中をさすっていてくれた。


いつの間にか青王様と二人きりになっていた。

「白様たちは帰ってしまったんですね」

「ああ。ゆっくりしておいでと言っていたよ」

「帰ったらちゃんとお礼しないといけませんね」

青王様は「うん」と微笑みながらもう一度頭をなでてくれた。



その後、清泉寮せいせんりょうという施設でミルクが濃厚なソフトクリームを食べたり、みんなへのお土産を選んだり、広い空をのんびり眺めたりして過ごした。


宿へ着き、まずはお風呂に入ることにした。

「わたしは大浴場にいってくるけど、穂香はどうする?」

「私は内風呂でのんびりさせてもらいますね」

「わかった。戻ったら居間でテレビでも見ているから、ゆっくり入っておいで」

青王様はすぐに部屋を出ていった。きっと私がのんびりできるように気を遣ってくれているんだろうな...


お風呂の後はお待ちかねの夕食だ。

仲居さんが次々と運んできてくれるおいしそうな料理で、居間のテーブルはいっぱいになった。

箸で簡単に切れるほど柔らかい甲州ワインビーフのステーキや、甘いカボチャが入った味噌煮込みほうとうを堪能した。


食休みがてら宿の外へ出ると、空にはたくさんの星が輝いていた。

「綺麗ですね。静かだし、本当に癒やされますね」

「そうだね。これからもたまにはこうして旅行に出かけよう。さあ、そろそろ戻ろうか」


部屋に戻ると、居間の真ん中に二組の布団がぴったりとくっつけて敷いてあった。

二人で顔を見合わせしばらくの沈黙が流れる。

「これでは穂香も落ち着かないだろう。わたしは小型の龍の姿になって眠るから安心していいよ」

なんだか申し訳ないような気もするけど、二人並んで布団に入っても緊張で眠れないだろうからお言葉に甘えることにした。

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