第42話

私は茜様とお話をするため、自室から離れへ向かった。

「茜様、お願いがあるのですが...」

「あら、なになに?穂香ちゃんのお願いならなんでも聞いちゃうわよ~」

「あの、茜様にチョコレート作りのお手伝いをお願いしたいんです。王城の厨房も使え...」

「えっ!毎日お手伝いしていいの?うれしいわ~。あ、でも青王がヤキモチ焼くかしら?穂香を独り占めするな!とか言って怒ったりして。でもいいわ。わたしはなにをすればいいの?さぁ、今からお手伝いするわよ~。そうだ!割烹着かっぽうぎ持っていかなきゃ...」

いきなりテンションの上がった茜様は私の話をさえぎり、腕を組んだり頬杖をついたりしながら勢いよくしゃべり続けた。

「茜様、落ち着いてください。とりあえず厨房にいきましょう」

「わかったわ、先に向かってて。わたしはちょっと準備してからいくわね」

「わかりました」

私は懐中時計を手に取ったものの、やっぱり歩いていこうと思い外へ出ると、目の前の風景にちょっとした違和感を感じた。

「あれ...?あ、泉が!」

いつもは泉の底にある石の色まではっきりわかるほど無色透明な水が、今は少し緑がかって見える。とくに濁っているわけではない。だけど、今まで色が付くことなんて一度もなかった。

「あら穂香ちゃん、先にいってよかったのに」

「茜様!泉の水が!青王様になにかあったんじゃ...」

泉をのぞき込んだ茜様は「あらあら」と言いつつとても落ち着いている。

「青王がどこにいるか知ってる?」

「私が部屋を出るときは、まだお部屋にいらっしゃったと思います」

「それなら青王の部屋に移動しましょう。大丈夫よ。たいしたことないわ」

そう言われても不安は消えず、わずかに震える手で懐中時計を握りしめ青王様のお部屋の前まで移動した。

ドンドンとドアをたたき「青王、入るわよ」と声をかけ、返事を待たずにドアを開けて入っていく。私も茜様の後ろからついていくと、布団の上で毛布に包まった青王様がひょこっと顔を出した。

「青王、あなたそんなに妖力減らして何してるの?」

「ちょっと、あれこれ考えすぎて...」

話しについていけずその場でおろおろしている私に、茜様が振り向きニコッと笑いかけて「穂香ちゃん、青王に妖力を分けてあげてくれる?」と言ってきた。

「えっと...」

「ほら青王、早く手を出して」

青王様がもぞもぞと手を伸ばすと、茜様がその手をガシッと掴み私の手を握らせた。

「早く受け取りなさい」

茜様がそう言うと、私は身体中にふわっとした暖かさを感じた。

すると青王様がガバッと起き上がり「穂香、すまない!」と頭を下げた。

「あの、ちょっとなにが起きているのかわからなくて...」

「あのね、たぶん青王はね、結婚のことを考えたり~、隣の部屋にいる穂香ちゃんのことが気になったりして~」

「は、母上!白状するから...」

なにかもごもごと言い淀む青王様は、真っ赤な顔をしていて目も泳いでいる。

「穂香はここへ来てからちゃんと休めているか気になって、夜中に何度も部屋の前までいったり...あ!決してドアを開けたりはしていない!断じて!それから...」

「それから、何?早く言っちゃいなさい」

茜様、完全に子どもを叱る母親の顔になってる...

「穂香と、結婚や、その...子どもについて話をしたいと思っているのに、なかなか言い出せなくて...」

「それで、一人で悶々もんもんと考え続けて睡眠不足で妖力まで弱まってしまった、ということね。まったく、なにやってるの?あなたはこの国の王なのよ。しっかりしなさい!」

「面目ない。穂香、今夜少し話す時間をもらえないだろうか」

「はい、大丈夫ですよ」

その後、青王様は泉に妖力を注ぎ、水は無事に無色透明に戻った。


「青王様は少し休んでいてくださいね。私たちは厨房にいますから、なにかあったら声をかけてください」

「穂香のおかげでもう大丈夫だから、わたしにも手伝わせてほしい」

「それでは...トマトを収穫してきてください」

「わかった、いってくるよ!」

茜様は、うれしそうに走っていく青王様を目で追い「はぁ~」と大きなため息をついた。

「まったく、泉の水は元に戻ったけど体内の妖力はまだ戻りきっていないはずよ。また動けなくなっても知らないんだから」

茜様はだいぶ呆れているようだけど、私はチクッと胸が痛んだ。青王様が妖力を弱らせたのは、私が結婚の話をうやむやにしていることも原因だと思ったから...

「青王様が戻ってきたら、もう一度妖力を渡しますね」

「無理しなくていいのよ。穂香ちゃんはなにも悪くないんだからね。でも青王の気持ちもわかるのよね。空良妃を亡くしたとき、ずいぶん落ち込んでいたから。その記憶が蘇ってきて、穂香ちゃんまで離れていってしまったら、って考えてしまうから怖くてしかたないのよ」

「そうですか...今夜、青王様とこれからのことをしっかりお話してみますね」

茜様は「青王のこと、よろしくね」と微笑み「さあ、早くチョコレート作りましょう」と厨房へ向かった。


「穂香、トマト持ってきたよ。それと、ちょっと前に収穫しておいたバナナもしっかり熟して食べ頃だった」

「バナナの木なんてありましたっけ?」

「カカオの森の中に温室を作ったんだ。もうすぐマンゴーも収穫できる」

「いつの間に...」

青王様は「褒めて」とでも言いたげな瞳でこちらを見つめてくる。

「ありがとうございます。青王様が育てた果物はおいしいですからね」

上機嫌の青王様は「割烹着持ってくる!」と言って厨房を出ていった。


「茜様、今日はハイカカオチョコとトマトジャムのボンボンショコラ、それと、せっかくなのでバナナクリームのボンボンショコラを作ろうと思います。まずはバナナクリームを作りましょう」

茜様にバナナを潰してもらっている間に、ほかの材料を準備する。

少しつぶつぶが残るぐらいまで潰したバナナに、砂糖、レモン汁、コーンスターチを入れてよく混ぜ、牛乳を少しずつ加えながらさらによく混ぜる。

これを火にかけ、とろみがつくまで焦げないように混ぜながら加熱する。

そこへ割烹着に三角巾姿の青王様が戻って来た。

「わたしはなにをすればいい?」

「青王様はトマトの湯むきをお願いします。でもその前に私の妖力を受け取ってください。また動けなくなったらお手伝いできなくなっちゃいますからね」

そう言って手を差し出すと、ちょっと困ったような顔をしながら「ありがとう」と言って私の手をそっと握った。

身体がふわっとあたたかくなるのを感じると、青王様の顔色が良くなったように見える。やっぱりまだ妖力が足りなかったのだろう。

そうしている間に、バナナクリームがちょうどいい感じになっている。バターとバニラエッセンスを加えてバターが溶けるまで混ぜたら、あとは冷ますだけ。それは茜様にお願いして、私はトマトジャムのほうへ。

湯むきをしたトマトを刻み砂糖を加えて火にかけ、とろみがつくまでゆっくり煮詰める。青王様には焦げないように混ぜているようお願いして、茜様と私はハイカカオチョコを作り始めた。


「これはこの前と同じね。さあ、どんどん固めるからね~」

やる気満々の茜様は、チョコを型に流す作業が間に合わないほどのスピードで、どんどんと固めていく。


青王様に任せていたトマトジャムもできあがり、今度はみんなでボンボンショコラを作る。青王様と私が作ったものを茜様が固めていく。

もうずっとこうしてやってきたような見事な連携で、想定よりずいぶん早く作業が終わった。

「ありがとうございました。紅茶を淹れたので、できたてのボンボンショコラを食べて休憩してください。もうすぐ瑠璃ちゃんがケーキを作りに来ると思うので、私はその準備をしますね」

「わたしたちにできることはもうないの?」

「今日はもう大丈夫です。でも、明日ちょっとやりたいことがあるので、その時はまたお手伝いしてくださいね」

「わかったわ」と言ってトマトジャムのボンボンショコラを口に放り込む茜様。

その隣でバナナクリームのボンボンショコラを頬張る青王様。

そして、一度顔を見合わせた二人は、同時に私のほうへ向き直り「おいしい!」と声を揃えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る