第37話

「青王様、戻りました。これから芋煮いもにを作りましょう。お手伝いしてくださいね」

「おかえり。すぐに準備してくる!」

うれしそうな顔で走っていく青王様を見送り、私は離れに移動し茜様に声をかけた。

「穂香ちゃ~ん!わざわざ呼びに来てくれたの?今日は何を作るの?」

「芋煮というお料理を作ります。青王様も準備万端で待ってると思うので早く厨房にいきましょう」

茜様の手を握り懐中時計に声をかけ厨房に移動すると、目の前には見慣れない姿の青王様が立っていた。

襟元えりもとがレースと刺繍ししゅうで装飾された、なんともかわいらしい割烹着かっぽうぎを着ている。

「これ、いいだろう。穂香と母上のぶんもあるから早く着てみて」

手渡された割烹着は、刺繍の柄がみんな少しずつ違う。

「まぁ!ふふふ、青王にこんな趣味があったなんて」

青王様は「や...やっと戻ってきた幸せな時間なんだ。揃いの割烹着ぐらいあってもいいじゃないか」と耳を真っ赤にしている。

青王様に一緒に料理をするのが幸せな時間だと思ってもらえているなら、私も幸せだ。

「ありがとうございます。それじゃあさっそく作りましょう」

青王様にはこんにゃくを一口大にちぎってもらい、茜様には長ネギを斜めに厚めに切ってもらう。私はそのあいだに里芋を洗い布巾ふきんに並べておく。

「次は里芋の皮をむこう」と包丁を握った青王様。

「濡れていると滑りやすいので、よく乾いたものからお願いします」と言うと、それを聞いていたほまれが、狐火を照らして乾かしてくれた。

「誉、ありがとう。そうだ、瑠璃ちゃんたちのお手伝いにいってくれる?」

「わかりました」

私は青王様に少し抜けると声をかけ、誉を Lupinus へ送っていった。誉と寿ひさは自分の力ではこちらと人間の世界を行き来できないのだ。


三人で里芋の皮をむき、特大鍋に水を張り里芋とこんにゃくを入れる。

煮立ったら酒と砂糖を入れて灰汁あくを取り、醤油を入れて里芋が柔らかくなるまで煮る。

長ネギ、牛肉、それと舞茸をほぐしながら入れてもう一度灰汁を取って味を整え、牛肉に火が通ったらできあがり。牛肉や長ネギを煮過ぎないのがコツらしい。


「おぉ!これだよ、山形で食べた芋煮は。ありがとう、穂香」

「ただいま~。うわぁいいにおい!」

ちょうどできあがり、味見をしているところへ瑠璃たちが戻ってきた。

茜様が白様を呼びにいっているあいだに、芋煮と炊きたてご飯を準備する。


「いただきま~す!」

「うわぁこれおいしい!お肉やわらか~い」

みんな、見たこともない料理に興味津々でさっそくお椀に口をつけると、ほっこり幸せそうな笑顔を見せた。

「知らない料理を作るのって結構大変なのよ。それでもこんなにおいしく作れるなんて、穂香ちゃんが料理上手でよかったわね、青王」

「あ、ああ...」

「青王様ったら照れちゃって。顔が真っ赤ですよ~」

「こら、瑠璃!」


穂香は子どもの頃、あたたかいご飯は食べさせてもらっていたけど、こんなふうに賑やかで楽しく食卓を囲んだことがなかった。

だから今、こうしてみんなでわいわいと食事をできることがとても幸せだと実感している。

「やっぱりこっちに来ようかな...」

「ん?穂香、どうした?」

「あ、いえ...えっと私、王城の厨房でお菓子作りしようと思います。それと、ここに引っ越してきてもいいですか?」

みんなが驚いた顔で私のほうを見つめている。

「あ、すみません。無理にとは言わないので...」

「穂香!いいのか?本当に来てくれるのかい?」

「穂香ちゃん、無理してない?」

「私、ここに来たいです。お願いします!」

青王様は真っ赤な顔をしてプルプル震え、茜様は「そう言ってもらえてうれしいわ」と目頭を押さえている。白様も笑顔で迎え入れてくれてホッとしたら、勝手に涙が流れてしまった。


「それならさっそく厨房の準備をしないと。それと、穂香の部屋はどうしようか。やっぱりわたしの部屋と隣同士がいいかな。なんなら一緒の部屋でも...」

「ちょっと青王様、落ち着いてください。とりあえずお食事しましょう」

あらためて食事を始めると、誉も寿も青王様もたくさんおかわりしてくれた。

それでも、たっぷり作った芋煮は鍋にまだ半分ほど残っている。

「茜様、冷蔵庫に入れたいので少し冷ましていただけますか?」

「ええ、ちょっと離れていてね」

茜様が、凍らないように調整しながら手をかざすと、鍋はあっという間に冷めてしまった。

「これは明日リメイクをして夕食にいただきましょう」

「なににリメイクするの?こっそり教えてよ~」

「カレーにしたらおいしいかなと思って。いつものトマトのカレーとは全然違う味で、新鮮に感じるんじゃないかな...と」

「おいしそうね!おなかいっぱいだけど今すぐにでも食べたいわ」

楽しそうにしている茜様を見ていると、私も明るい気持ちになってくる。

「二人とも、なんだか楽しそうだね」

「あっ、青王様。茜様とお話するのはとても楽しいですよ」

「ふーん...」

あれ?なんかいじけちゃったかな?

「青王様、これからちょっと Lupinus へ一緒にいってもらえますか?」

「もちろん!」

茜様に挨拶をしてすぐに Lupinus へ戻ると、青王様は突然ギュッと抱きしめてきた。

「穂香、今日はありがとう。王城へ来ると言ってもらえてとてもうれしかった。もうぜったいに離さない。なにがあっても穂香を守ると約束するよ」

「ありがとうございます。私も青王様から離れません」

これでもかと言うほど私の頭をなで回した青王様は「加悦かえつの結界に負けないように強化しよう」と、私の胸元にあるペンダントを握りしめなにかをつぶやく。すると、ペンダントが青王様の手の中で強い光を放ち、その光は私の体を包み込んだ。

「これでよし」


その後お茶を飲みながら王城の厨房に用意してほしいものや引っ越しの時期についてなどを話し合った。

私は持ち物が少なく、家と王城をほんの数回往復すればすべての荷物を移動させることができるだろう。引っ越しは数時間で完了すると伝えた瞬間、青王様が目をキラキラ輝かせ「それなら今から引っ越して、それで明日にでも結婚しよう!」と手を握ってきて、私は心底驚き絶句した。

「あの...私はまだまだチョコレートを作りたいです。仕事に専念したいんです。だから結婚のお話は...」

「結婚しても今と同じように仕事をすればいい。むしろ、ふじは王妃が営む菓子店だと話題になって、ますます繁盛するんじゃないか?」

「でも、青王様のお手伝いをすることが王妃の勤めだと思うので」

「京陽国民を笑顔にするのが穂香の仕事だよ。でも穂香の助けが必要なときには声をかけるから、その時は王妃としてわたしの力になってもらえたらうれしい」

今この場で決められるような話ではないので、少し考える時間がほしいと伝えると、青王様は残っていたお茶を飲み干し「いい返事がもらえるとうれしい」と、私の頬に手をあてそっと口づけをして王城へ戻っていった。


空良もやりたいことを自由にやらせてもらっていた。白王様が危険だと判断したことは止められたけれど、おきてなど特になんの縛りもなくのびのびと過ごしていた。

それはこれからも変わらないだろう。

「もう迷ってないで青王様と結婚してもいいのかな...」

ベッドの中でそう思ったとき、いつかも聞いた脳内に直接語りかけるような声が響いた。

『大丈夫。あの人のそばにいれば、あなたはずっと幸せでいられるから』

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