第36話

「あのね、青王様から王城でお菓子作りをするようにしてほしい、って言われたの。厨房の設備もちゃんと揃えるからって。瑠璃ちゃんはどうするのがいいと思う?」

この前青王様に言われたことにそろそろ返事をしないといけないだろうと思い、瑠璃の意見も聞いてみた。でも、瑠璃の答えはこうだったのだ。

「えっと、たぶん青王様は、穂香さんに生活の拠点ごと王城に移してほしいっていう思いも込めてそう言ったんだと思うんです。だから、穂香さんがどうするか決めるべきですよ」


私はこの家をとても気に入っている。仕事が終われば誰にも邪魔をされることなく、一人でのんびり自由に過ごせるから。

だけど、王城で青王様や茜様たちと一緒に過ごすことが、本当に楽しくて幸せな時間だということも知っている。

「厨房は王城のほうが広くて使いやすいと思うの。だけど...」

「穂香さん、どうしても決められないなら、一週間ぐらい王城で過ごしてみたらどうでしょう?やっぱりこっちのほうがいいと思ったらすぐに戻ってこられるんだし」

「そうね...しばらく空良そらが使ってた部屋で過ごしてみようかな...」

「はい。でも無理して空良様のお部屋を使わなくても、別のお部屋をすぐに用意しますよ?」

「ありがとう。だけど空良の部屋で大丈夫よ」

そこへ青王様が大きな籠を抱えてやってきた。

「穂香、できたよ!」

「うわぁすごい!おいしそう」

籠の中には紫と緑のぶどう、真っ赤ないちごとミニトマト。それからつやつやのさくらんぼが入っていた。

「今収穫してきたばかりだよ」

「ありがとうございます。食べてみても...」

「甘~い!おいしい!」

私が青王様と話している隙に、瑠璃がいちごとさくらんぼを頬張っている。

寿ひさは瑠璃からいちごを手渡され、ちょっと困惑している。食べてもいいのかと迷っているようだ。

「まったく瑠璃は...」

はぁ、と大きなため息をつく青王様の横で、今度は両手にぶどうを掴んでいる。

「あの青王様、まだ時間ありますか?」

「大丈夫だよ」

「それなら少し待っていてください」

私は果物を一粒ずつ味見したあと、ホワイトとビターのチョコレートを用意して、いちごと紫のぶどうを丁寧に薄くチョココーティングしていった。

「これ、食べてみてください」

ビターチョコでコーティングしたいちごを一口で頬張ると、青王様は「おいしい...」と目をまん丸にして驚いている。

青王様が育てた果物は本当に甘くてジューシーで、苦みのあるビターチョコととてもよく合う。

「すぐにもっと収穫してくるから、たくさん作って店に並べるといい」

「はい、ぜひそうさせてください」

青王様が京陽へ戻ると、瑠璃はいちご大福にすると言って求肥ぎゅうひあんを作り始めた。



「今日の夕食は王城で作るから、片付けが終わったらすぐに戻ってね」

「はい、わかりました!」

私はできあがったお菓子を抱えてふじへ向かった。

今日は私とほまれが藤の店番をする日だ。お菓子を並べていると誉が「あ、またいる」と店の外を見つめている。

男の子の姿をした鬼は、開店待ちのお客様に紛れて店の前をうろうろしていた。

私は初めてその鬼に遭遇した。瑠璃が言っていたとおり本当にうまく化けていて、よく見ないと妖だと見破るのは難しいと思う。

時間になったので警戒しながら開店したけれど、鬼は店の中には入ってこない。

「何が目的なのかしら...」

「うーん...でもいつ入ってくるかわからないので、穂香さんはなるべく店の奥にいてください」

「誉も気をつけてね」

「はい」とうなずき、いつも通りに接客をしていく。


それは一瞬の出来事だった。

店内にお客様がいなくなった瞬間鬼が店内に入ってきて、入り口の扉が勢いよく閉まったと同時に誉が倒れた。

「誉!!」

私はなんとか誉を抱き起こしたけれど、一人ではそれ以上動かすことができない。

「その狐は眠ってるだけだから大丈夫。それよりお姉ちゃん、僕にもチョコレートちょうだい」

鬼は見た目にたがわぬ子どもの声で話しかけてきた。

「こんなことしないで普通にお買い物に来てくれればいいのに」

「僕にお金を払えって言うの?まだ僕がだれだかわからないの?」

「え...?」

鬼...あっ、加悦かえつ

空良そらは子どもの頃、鬼にいじめられていた。理由はわからないけれどいつも目のかたきにしてくる子どもの鬼。空良を見つけると必ず追いかけ回してきて、追いつくと叩いたり突き飛ばしたりしてくる。でもなぜか神社に逃げ込むとそれ以上はついてこなかった。

「空良、やっと思い出してくれた?いつも追いかけっこして遊んであげてたのに、僕になにも言わず嫁入りなんかしちゃってさ。しかもいつの間にかいなくなったりして」

「加悦!あなたに遊んでもらってた覚えはないわ。あれはいじめって言うのよ」

「違う!あんなに仲良く遊んでたのに!」

あぁ、あれか...

好きな子の気を引きたいけどどうすればいいかわからなくていじめちゃうやつ。

「私は仲良くしてたつもりはない。お買い物をするんじゃなかったら出て行ってくれる?」

「なんでだよ!友達だと思ってたのに!空良のことが好きだったのに...」

「あんなことしたら嫌われるに決まってるでしょ。早く誉を起こして出て行って!」

私はあの頃の嫌だった気持ちを思いだして、つい大声を出してしまった。すると加悦は悔しそうな顔をして走って出て行ってしまった。

「ちょっと、待ちなさいよ!」

どうしよう。誉は眠ったままだ。

あれ?そういえばペンダントも懐中時計も光ったのに二人とも来てくれない。しかも警備の鬼たちまで。もしかして誰にもこの状況が伝わってないってこと?

とりあえず店を閉めて、誉を連れて王城へ戻ることにした。

「青王様、誉が!」

「穂香、なにがあった?落ち着いて説明して」

藤で起こったことをすべて話すと青王様は「なんだ、あいつだったのか」なんて言いながら誉を抱きかかえ頭に手をかざし何かをつぶやいた。すると誉はすぐに目を覚まし、キョロキョロとまわりを見回して驚いた顔をしている。

「誉、気分は悪くないか?」

「え?あ、はい、大丈夫です」

青王様が誉に加悦のことを話すと「そんなのただのいじめっ子じゃないですか!」と怒っている。

「でも、ペンダントは光ったのにどうして青王様に知らせが届かなかったんでしょう」

「加悦が得意とするのは変化の術と結界術。あいつが張る結界の力はとても強いんだ。だからペンダントの力が結界を越えられなかった。でもそのほかの力はとても弱い。誉にかけたのは瑠璃でも簡単に解ける程度の催眠術だ」

誉が無事だったのはよかった。だけど藤に張られた結界はどうなるんだろう。そう考えていたら「加悦は自分がいる場所にしか結界が張れないから、もう藤の結界は消えているよ」と教えてくれた。

「また来たらめんどくさいな...」

「まぁしばらくは姿を見せないと思うが、もし来ても今日のように追い払えばいい。穂香には手を出さないだろうから」


私たちが藤へ戻ると、外にはたくさんのお客様が待っていた。

その後二時間程度でお菓子は完売してしまったので、私たちは一度伏見へ戻り、スーパーで買い物をして王城へ向かった。

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