第17話

突然、飛び出してきたライラにエドワルドは警戒するようにユスティアを抱きしめた。

「あら、ライラじゃない」

ユスティアは現れたのがライラとわかり、抱きしめるエドワルドの腕を安心させるように軽く叩いた。

「大丈夫?」「えぇ、ありがとう」そんな風に親し気に交わされるやり取りに嫉妬全開でユスティアを睨み付けるも、エドワルドがライラに顔を向けると可愛らしい笑顔を浮かべた。

「突然飛び出してはお客様に失礼よ」

呆れたように注意すると、ライラは大きな緑色の目に一瞬にして涙を浮かべ、悲しそうに両手で口元を押さえた。

そして、突然のように三文芝居が始まったのだった。


「ごめんなさい、お姉さま!私、お姉さまに会いたくて会いたくて・・・でも、お姉さまは私に会ってくれなくて・・・

寂しくて・・・こうしてお姉さまが出てこられるのを待っていたの・・・」


―――お姉さま、と連呼するライラに、これまで一度も呼ばれた事のない呼び名にユスティアは気持ち悪そうに腕をさすった。


まるで悲劇のヒロインの様にポロポロと涙をこぼす様は、贔屓目がなくても庇護欲を掻き立てる。

彼女の本性を知らない人は、コロッと騙されるのだろう。

学園でもこの手を使って、かなり引っ掻き回してきたようだから。


「お姉さまが私の事を嫌っているのはわかってます。でも私は学園で生まれ変わったの。

だからもう、無視するような意地悪はしないで!二人しかいない姉妹なのだから、仲良くしたいだけなの・・・・」


きらきらと涙に濡れるその瞳は、姉に訴えているはずなのに、隣のエドワルドしか見ていない。

何ら変わらないライラにユスティアは、思わず安堵してしまう。


だって、善人になっていたらこれからの事に罪悪感を感じてしまうもの・・・私が・・・


エドワルドの美貌も気に入ったのだろうが、きっとユスティアと親しげな彼を奪おうとしているのが手に取る様にわかり、安堵と失望に思わずため息をついてしまった。

そんなユスティアの溜息にもおびえるかのようにわざと身体をびくつかせ、すがる様にエドワルドを見上げている。

私を見て!と言わんばかりのライラを丸っと無視したエドワルドは、ユスティアをエスコートし目の前を通り過ぎ階段を降りようとした。


え?なに?無視?こんなに可愛い私を無視するの?噓でしょ?


この手で何人もの男を手玉に取ってきたライラは、エドワルドの反応にただ衝撃を受け、何故?が頭の中で繰り返されていた。

そして出た結論が、ユスティアの所為・・・だった。

きっと自分の悪口を彼に吹き込んでいるのだと。


「待って!お姉さま!・・・・私を無視するなんて、酷いっ!!」


そう言ってわっと泣き崩れるライラに、ユスティアは冷たく一言。


「今、それ必要?」

「・・・・・え?」

「見ての通り、私にはお客様がみえていたの。そのお客様の前で、その失態をわざわざお見せしなきゃいけないのかしら?」

まるで虫けらでも見る様な眼差しで見下ろしてくるユスティアは、傾国並みの美貌も相まってかその冷たさが際立っていた。

流石のライラも「やりすぎたか」と身体を震わせる。

「あなたが学園で何を学び、どこが矯正されたのか今一つわからないけれど、幼い子供でもこんな我儘は言わないと思うわ。しかも、わざとお客様がいる目の前でね」

恥ずかしさと悔しさに、ライラの頬にカッと朱が走る。

「確か今日は、後継者教育の日よね?またさぼってきたのかしら?」

「さ、さぼったなんて人聞きの悪い!お姉さまはいつもそうやって私を悪者扱いするのよね!私は仲良くしたいと思っているのに・・・」

「悪者扱い?そうね、あなたを悪人だと思っているのは私ではなく、学園でのあなたの同級生と呼ばれる人達でしょうね」


―――な・・何でそっちに話が飛ぶわけ?


学園で何をしてきたのか思いっきり自覚がある為、ぎくりと震える。

当然、ユスティアに・・・というより、侯爵家にライラの行動すべてが報告されていた。

あの学園では、ごまかしも忖度も通用しない。ありのまま報告される。

そんな事など知らないライラは、家族がすべてを知っているなどと夢にも思わず、またもハラハラと涙をこぼした。


「酷い・・・・私をいじめて、そんなに楽しいの?お姉さま・・・」

絶妙な角度でエドワルドを見上げるライラに、ユスティアの声は呆れも嫌悪も通り越し、哀れさを滲ませていた。

「妄想もそこまでいけば、ある意味才能かしらね。そう言うのは部屋に戻って、誰にも迷惑かけないよう一人でやる事をお勧めするわ」

「っなにを・・・!」

未だ食いつこうとするライラに、ユスティアはまるで冷気をも発しているのではという眼差しでライラを見下ろした。


「これ以上、この家の恥を晒すのはおやめなさい。あなたは次期侯爵なのですから」


ぴしゃりと言い放つと、二人はようやく玄関へと向かうのだった。

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