【完結】聖女の私は悪役令嬢として断罪されたので、婚約者とヒロインを泣きながらボコボコにしてお兄様のもとへ逃げることにした

新川ねこ

第1話 悪意の黒いモヤ

「すぐ男に媚を売って、あなたみたいな人がいると学園の風紀が乱れますわ」


 侯爵令嬢イリスは友人数人と共に男爵令嬢シャルロットを取り囲んで問い詰めた。


「イリス様……そんなつもりはございません!」


 シャルロットは必死に弁明している。


「うるさい!! よりにもよってわたくしの婚約者に擦り寄るなんて!」


 イリスはそう言うと、シャルロットの肩を軽く押した。

 小柄なシャルロットはバランスを崩してその場に尻もちをついてしまった。


 周りには数十人の生徒がいたが、その様子を見て止めようとする者は誰もいなかった。


「この学園から出ていきなさい! すぐにいなくなりなさい!」


 イリスの声は学園の中庭いっぱいに響いた。

 その様子を見ている野次馬の目には、怒っているイリスよりも、小柄なシャルロットが震えながらも必死に耐えている『可愛そうなシャルロット』の姿が印象的に映っていた。


 イリスの婚約者である公爵令息ルイは学園のヒーローである。

 その学園一の爵位だけではなく、端正な顔立ちに学園一の魔力まであった。

 誰に対しても分け隔てなく気さくに優しさを振りまくルイは誰からも慕われていた。


 そんなルイのことを、イリスは心の底から愛している。

 幼い頃に両親が決めた婚約だったが、その婚約に感謝しない日はなかった。


 心の底から愛している婚約者。その婚約者が日に日にシャルロットと仲良くなるという事実をイリスは許せなかった。


 二人を見ていると吐き気がするほど苦しくなった。


 イリスが何よりも許せないのは、シャルロットがルイを奪おうと計画していることを知っているからだ。これは勘違いや思い込みではなかった。イリスは知っていたのだ。


 シャルロットは学園ではもっとも身分が低い貴族である。それなのに、それゆえに、彼女は自分の武器を最大限に利用して今の地位を確立していた。小柄で可愛くて純粋なシャルロット。男なら誰もが守ってあげたくなるシャルロット。教師からも生徒からも好かれているシャルロット。


 そのシャルロットの悪意をイリスだけが知っている。


 イリスには家族しか知らない秘密があった。その秘密とは、彼女が実は聖女であり、人の悪意や憎悪が黒いモヤのように見え、時には相手が考えている悪事の内容がぼんやりと伝わってくるというものだった。


 人の悪意を視覚情報として捉えることが出来る。その特技があることでイリスは小さな頃から苦労していた。人とはそういう生き物だと割り切れる年齢になるまで、人と話すことが怖くなっていた。

 この力が悪用されたり、最悪の場合に命を狙われるかもしれない。そのため、イリスの家族はこの聖女の力を隠すことに決めたのだった。


 そんなイリスの目にシャルロットは真っ黒に映っていた。

 小柄で可愛くて純粋なシャルロット。イリスの目には誰よりも黒いモヤに包まれた、まさに怪物にしか映らなかった。イリスは一目見た瞬間からシャルロットと距離を置くことを決めていた、シャルロットの「私はすべての物を手に入れてやる、まずは公爵の権力を私のものに」という黒い想いが伝わってくるその時まで。

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