第5話 ラグーン その2
「今までここで水際で止めたことはあるのですか?」
スティーブンによると漁船で岸壁に乗り付けて登ってこようとする者が年に数度いるらしい。
「大抵は夜にやってきます。そして絶壁の崖を登ることができずに落下して死亡するというのがほとんどです」
あの崖を登ってくる、しかも夜となるとまず不可能だろう。
「となるととりあえずは安心ですね」
「確かに密入国するのは簡単じゃないと思います。でも100%不可能とも言い切れない。ブライアン殿やマーサ魔法師団長の様に転移の魔法が使えるのであれば岸壁の下から上まで移動できますからね。なので我々は市内の警備はもちろんですがラグーン周辺についても巡回しています」
スティーブンの話を隣で聞いている副隊長のアンも頷いている。
大変な仕事だなと思っていると耳元で
『ただいま』
という声がしてフィルが左肩に乗って現れた。びっくりする2人。
「妖精族の女王のフィルです。私のパートナーでいつも助けて貰っているんですよ」
『フィルだよ、よろしく』
そう言って肩の上に立って優雅に一礼をする。前に座っているスティーブンとアンも思わず立ち上がって頭を下げた。
「遠目では何度か見ていたけどこんなに近くで見るのは初めて」
アンはフィルを見て興奮した口調で言った。隣のスティーブンも声こそ出さないが同じだろう。
「で、フィル、どうだった?」
『うん。大丈夫。この街は変な気配な何も無かった。いい街だよ』
そりゃよかったと言いながら今フィルが言った言葉を目の前に座っている2人に伝える。彼らは喜ぶと同時に、
「本当に妖精と会話をしているんですね。いや、聞いてはいましたがこうして実際に見ると驚きしかありません」
と驚いた表情でスティーブンが言った。
「話ができるのはフィルだけですけどね。ご苦労さん」
そう言って収納からペリカの実を渡すとありがとうと言って両手でそれを持って口に運んで美味しそうに食べ始めた。
「とりあえずは安心できそうですね。自分は王都の騎士団以外にも魔法師団、そして情報部から文書を預かってますのでこれから魔法師団と情報部に顔を出してきます」
「であればアンを同行させましょう。ちょうどうちからも情報部に渡す書類があるんですよ。魔法師団から情報部に行って貰って構いませんから」
「それは助かる。お手数かけますがよろしく」
そう言うと3人が立ち上がった。アンは隊長から書類を預かるとそのまま騎士団の建物の玄関に向かう。
「ワッツ師団長によろしくお伝えください」
そう言ってスティーブンが建物の中に消えていくとブライアンとアンは騎士団の建物を出てその直ぐ近くにある魔法師団の建物に入った。
「こんにちは。ローラ隊長いる?」
「あっ、アン副隊長、こんにちは。いらっしゃいます」
「王都からきたブライアンさんと一緒なのって言ってくれるかしら?」
ブライアンという名前を聞いてその場にいた魔法師団の連中全員がこちらを見た。そして肩に乗っている妖精を見ると本当だと言いながら皆頭を下げてくる。下げている相手はブライアンなのかそれとも妖精のフィルなのか。多分フィルだろう。
受付をした魔法使いの女性も直ぐに2階に上がっていった。
目の前にいる魔法師団の兵士の対応を見たアンが言った。
「ここでもブライアンさんは有名みたいですね」
「そうみたいだね、でもたぶん有名なのは肩に乗っているフィルだと思うよ」
そう言うとフィルがあんた分かってるじゃないと言った感じでブライアンの肩をトントンと叩いた。
すぐに階段を早足で降りる音がしてローブを着ている女性が現れた。
「ようこそラグーン魔法師団へ。ここの隊長をしていますローラです。こちらにどうぞ。アンも来るでしょ?」
ここでも2階ではなく1階の奥にある応接に案内される。やりとりを聞いている限りだと隊長のローラと騎士のアンとは仲が良さそうだ」
応接に入ると直ぐに1人の男性の魔法使いが入ってきたラリーという副隊長らしい。
4人が応接セットに腰掛ける。フィルは肩に乗って足をぶらぶらとさせていた。
「改めましてブライアンです。一応国王陛下直属の魔法使いという事になっています。そして肩に乗っているのが妖精のフィル。妖精族の女王様です」
『フィルだよ、よろしく』
優雅に一礼したフィルにペリカの実を上げるブライアン。その実を食べ始めたたのを見たブライアンが前に座っている3人に顔を向けるとこの街に来た理由を説明しマーサから預かってきた文書をローズ隊長に渡す。
「ありがとうございます」
受け取ったローラが内容を読むと隣のラリーに文書を手渡した。
「騎士団の事務所でも言いましたがフィルと妖精たちがこの街を見てくれました。幸いに邪な気配はなさそうです」
その言葉を聞いて安堵の表情になるローラとラリー。
「ブライアン殿と妖精の活躍を知らない者は魔法師団と騎士団の中にはおりません。魔法師団のマーサ師団長がよく言ってます。私の魔法なんてブライアンに比べたら赤子レベルよと」
『その通りね。マーサは頑張ってるけどまだまだね。でもブライアンを除けばマーサは今大陸で1番の魔法使いだというのは変わらないね』
フィルが言った言葉を3人に伝えるとなるほどやっぱりマーサ師団長は凄いんだといった表情になりそしてそのマーサよりもずっと凄い魔法使いが目の前に座っているのだと再認識する。
「マーサは師団長になっても時間を見つけては王都でフィルから魔法の指導を受けてるんですよ。フィルに言わせると筋が良いらしい。そうだよな? フィル」
『んぐ。そ、そうそう。彼女は筋がいいわよ、ゲホッ』
実が喉に詰まったらしい。ブライアンがゲホゲホしているフィルの背中をトントンと叩くのを3人が見ていた。
「マーサから聞いてはいましたが本当にブライアン殿と妖精の女王様とは仲が良いんですね」
「長い付き合いだからね。それと殿はいらないですよ。ブライアンで結構。敬語も不要です。こっちが年下だし気を遣われるのは好きじゃないんです。ワッツやマーサとも普段はいつもお互いタメ口ですし。こっちは全然気にしませんので大丈夫ですよ」
わかりましたと言った3人。タメ口になると場の雰囲気がぐっと緩んでリラックスした感じになる。
「私とローラは同じ年なの。所属する師団は別だけど入団以来ずっと仲が良いのよ」
「そうそう。だからラグーンにアンが来ると聞いた時は嬉しかったもの」
「僕は彼女ら2人より2つ下になるんですよ。ラグーンには早めに来ました。ここは人気がある勤務地で希望が多いのもあって任期は3年。3年で半分を入れ替える様にしています。これは騎士団も同じ」
なるほど。そういえば以前来た時にもスミスだっけが言ってたなこの街は赴任地としては任期があるって。確かに魚は美味いし王都ほど偉い人が多いわけじゃない。生活するには良い街なんだろう。
ひとしきり話をしたところでブライアンが言った。
「情報部にも顔を出す様にと言われているんだけど前回は情報部に行っていないので場所がわからないんだよね」
「それなら私とアンで案内しましょう。向こうで打ち合わせもできるし」
ラリーとは建物の前で分かれてアンとローラの3人で通りに出た。
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