第4話 ラグーン
翌日朝からいなくなったフィル達はお昼をすぎて夕刻前に自宅の庭に戻ってきた。フィルの姿を見つけたリリィさんが庭のテーブルの上にペリカの実が入っている皿を置くと40体の妖精達が一斉に集まってきた。もちろん真っ先に飛んできたのはフィルだ。
ブライアンはフィルが自分が言い出すまでは黙って妖精達が美味しそうに実を食べるのを見ていた。
『早く終わったよ。王都は大丈夫。変な気配は何もなかった』
ペリカの実を2つ食べてようやく落ち着いたフィルが言った。
「そうか。それはよかった。ほらっこっちに顔を向けて」
口の周りをタオルで拭いてやるとフィルの顔がにやけてくる。妖精が間違えることは無いと信じているブライアン。フィルの口の周りを拭くとテーブルの周りに集まっている妖精達に向かって
「1日仕事をしてくれてありがとう」
とお礼を言った。それが嬉しいのか背中の羽根をパタパタとさせてブライアンの周りを飛び回る妖精達。
『皆ブライアンの役に立つ事ができて嬉しいのよ』
「そうか。じゃあ仕事をした後だから好きなだけ食べてよ」
フィル以外の妖精とは話はできないが彼らの仕草を見ていると嬉しがったり楽しんでいるのがわかる。今はブライアンにお礼を言われて喜んでいる妖精達。
お皿に盛られたペリカの実を掴んでは口に運び、両手で持ってどうぞと差し出してくる。その度にありがとうと言って妖精が渡してくれた実を食べるブライアン。
王都の自宅の庭では時間がゆっくりと流れていた。
フィルら妖精達の仕事の結果をマーサとワッツに報告したブライアン。犯罪者はともかく王都には間諜が入ってきていないと聞いて2人が安堵の表情になる。
「王都は一安心。今の警備体制を続けていけばいいだろう。犯罪者については王都守備隊に連絡済みだ。彼らに任せておけば大丈夫だ」
ブライアンの自宅の庭の椅子に座っているワッツが言った。隣のマーサは妖精に囲まれながら紅茶を飲んでいる。ご満悦の表情だ。
「次はどうするんだい?港町ラグーンか?」
マーサが自分の世界から戻ってこないのでワッツが聞いてきた。
「ラグーンに行って、そのあとは西のキリヤートとの国境の2箇所の検問所の予定。それだけ見ればとりあえずは大丈夫だろう?」
問題ないなというワッツ。その頃になってようやくマーサも妖精に囲まれていた世界から現実世界に戻ってきた。ワッツが苦笑しながらマーサに話をする。
「ここに来るとこうなっちゃうのよね。もうね、妖精に囲まれるなんて天国にいるみたいよ」
そう言い訳してから真面目な表情になった。
「その3箇所を見てもらえれば大丈夫だと思う。鉱山は騎士団もいるしそもそもあそこで働く人達は厳しい審査を通った人達なのよ」
「じゃあ問題ないな」
他国から見るとグレースランドは間諜を送り込むのが難しいと言われている。周囲をほぼ崖に囲まれており地形的に簡単に国境を越えて来られない。ただそうは言っても隙あらばと間諜を送り込もうとしている。サナンダジュやアヤックだけではなく隣国のキリヤートもグレースランドに人を送りこもうと画策していた。
表面的には友好関係にあるとは言っても実態はそれぞれの国の思惑があり他国の実情を知ることが自分たちの政策にも影響することを知っている。一方でグレースランドもキリヤートとサナンダジュには間諜を、それも結構な数の間諜を送り込んでいた。
彼らから持ち込まれる情報がグレースランドの対外政策の方針決定の際に大きな影響があるのはここにいる3人は知っている。そして他国から集まってくる情報を集中的に管理している情報部、そのトップであるアレックスは情報収集と同時に自国内で他国の間諜の動きがないか常に目を光らせていた。
「ブライアンが妖精と一緒に国内をあちこち移動して間諜がいるかどうかを調べているという話は情報部のアレックスにも話がいっているの」
「そりゃそうだろう。情報部のトップだし当然だろう」
「ブライアンと妖精によろしく言っておいてくれと頼まれている。相変わらず多忙でなかなかここには来られないが彼もここブライアンの自宅にはいつも来たいと言ってるからなな」
「いつでも来てくれって伝えておいてくれよ。歓迎するって」
そのアレックスからも文書を預かっているという。必要があれば現地の情報部員に見せればよいとの伝言と共に3通の文書を預かったブライアン。
数日後肩にフィルを乗せたブライアンはラグーンの街にいた。
フィルは街の中に入ると行ってくると言って姿を消した。
「この視察はフィル頼みなんだよな」
1人になったブライアンはまずはラグーンの騎士団の建物を訪れた。建物に入ると1人の騎士がブライアンに気がついて何か用ですかと言って近づいてきた。
「王都からやってきた魔法使いのブライアンと言います。スティーブン隊長はいらっしゃいますか?」
そう言って1通の封印されている文書を目の前の騎士に渡した。差出人は騎士団団長のワッツになっている。その文書を受け取る前に魔法使い、ブライアンと聞いて騎士の態度が変わった。
「お待ちください」
そう言った騎士が建物の2階に駆け上がっていった。2年以上ぶりのラグーン、当時の騎士団のウィリアム隊長やスミス副隊長はすでにこの地では勤務をしていない。それでも騎士や魔法師団の兵士の中ではブライアンの名前を知らない者はいない。国王陛下直属の魔法使いでサナンダジュの戦闘では1人で万を越える兵士を魔法一撃で倒したという。アヤックとサナンダジュの戦闘の話はほとんど広まっていないがキリヤートとサナンダジュの戦闘における彼の活躍は有名だ。
2階に上がったと思ったらすぐに呼びに行った騎士そしてその後ろにもう1人の騎士が階段を降りてきてブライアンの目の前に立つと綺麗な敬礼をする。
「このラグーンの騎士団の隊長をしていますスティーブンです。遠路ご苦労様です。こちらにどうぞ」
ブライアンは2階に上がるのかと思っていたら1階の奥にある応接室に案内された。来客用のソファが置かれていた。2人が部屋に入るとすぐにノックがされて女性騎士が部屋に入ってきてジュースを3つテーブルの上に置くとそのままスティーブンの隣に立つ。
「副隊長のアンです。よろしくお願いします」
2人に向かって改めて自己紹介をするブライアン。彼の自己紹介が終わると騎士が言った。
「このラグーンの騎士団の隊長をしていますスティーブンです。ラグーンに来て10ヶ月が過ぎました。こちらのアンは1年以上前に赴任しております。どうぞお座りください」
座るとまずはワッツから預かってきている文書をスティーブンに手渡す。彼はその場で開封すると手紙を読み、それから隣に座っているアンに文書を渡した。
「間諜がいるかどうか国内を回っておられるのですか」
「国内を回ると言ってもこの街とあとは西にある2箇所の国境の検問所ですよ。妖精のフィルがいるのでまぁ彼女達に任せてますけどね」
そう言ってそのフィルは今は姿を消してラグーンの街中を空から調べているところだと説明をする。
「情報部のアレックスによるとアヤックとサナンダジュの戦闘が落ち着いたこともあり大きな戦争はしばらく起きないがその代わりに間諜の動きが激しくなるだろうというのでお手伝いをさせて貰ってます」
淡々と話をするブライアンだが、聞いているスティーブンとアンの2人は王都時代にブライアンの活躍は聞いていたし実際にその魔法も何度か見ている。
「王都でブライアン殿が転移の魔法で王城を訪ねられた時に何度かその魔法を見させて貰っていたのです。それであのサナンダジュとの戦闘。騎士団と魔法師団の中でブライアン殿と妖精の事を知らない者はおりません」
アンが言うとそのあとをスティーブンが続ける。
「アンの言う通りです。その妖精達が空から見てくれるというのであればこちらも安心です。もちろん騎士団も魔法師団や情報部と連携して外から入ってくる怪しい人物はチェックしていますが正直100%防げているのかが確認できなくて」
確かにその通りだ。水際で厳しい監視をしているとは言ってもそれが100%成功しているかどうかの確認が取れない。現地にいる兵士たちの気苦労は大変だろう。
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