第2話 ある日のブライアンの自宅にて

 「ところでさ、何でそんなに書類が多いんだ?魔法師団の仕事って有事以外はせいぜい訓練くらいじゃないの?」


 ペリカの実を食べた妖精達がテーブルから離れて庭の木々の方に飛んでいくのを見ていたブライアンがマーサに顔を向けて聞いた。


「認識が甘いわね」


 そう言ってマーサが話すには魔法師団は北西の要塞は港町ラグーンなど各地に師団を派遣している。そこから定期的に報告が来ると同時に備品の購入に関する許可や人事査定などが国内から日々王都の師団本部に送られてくるらしい。


「それを1つ1つチェックして査定するだけでも大変なのよ。マシュー前師団長は全然忙しそうな素振りを見せなかったけど実際にやってみると日々の活動の多くは書類との格闘ね」


 一気にそう話すとテーブルに置かれた紅茶を口に運んだ。ブライアンは大変だなと言うしかない。


「その書類仕事が落ち着いたのでフィルの指導を仰ごうと思ってね」


 そう言ってブライアンの肩に乗っているフィルを見るマーサ。


『私はいいわよ』


「フィルは問題ないらしいぞ」


 紅茶を飲み終えたマーサがお願いしますとフィルに頭を下げて庭で魔法の鍛錬が始まった。ブライアンは庭の椅子に座ってフィルの通訳だ。


 マーサはここ2年の間真面目に鍛錬をしてきたこともあり転移の魔法は一度に5Kmまで伸び魔力も増えたので5Kmの転移を10回程できる様になっていた。


 彼女の転移の魔法を含む魔法の能力については周囲に隠していないので今ではグレースランドの国民の間では最高の魔法使いと言われている。実際はブライアンなのだが彼は出来るだけ目立つことを避けていたし自分が有名になりたいなんて考えもしていない。


 ただブライアンを知っている王城関係者と騎士団、魔法師団の中では彼がグレースランドと言わずこの大陸最強の魔法使いであるという認識でありマーサも当然そう思っている。


 普段はおちゃらけているフィルだが指導の時は真面目になる。今もマーサの魔法を見て、


『左手の魔力の流れが悪いわね。かなりロスしてるわよ。右手も完璧じゃないけど左手は全然だめね』


 とダメ出ししてからどうやるのかを説明している。ブライアンが通訳する言葉を真剣な表情で聞くと言われた通りの鍛錬をするマーサ。フィルが褒めると彼女の表情が緩む。


『そうそう今の感じ。さっきよりもずっと良くなってる』


『もうちょっと意識を強く持って』


 フィルのスパルタ指導が1時間程続いた後でフィルが言った。


『うん。最初の頃よりはずっとよくなっている。最後の方はロスもかなり少なくなってたよ』


「ありがとうございます」


 魔力を相当使ったのだろう。気だるい動作で頭を下げているマーサ。


『今日言ったことを続けたらロスは減るからね』


 こうやって定期的に魔法を指導しているのはブライアン以外だとマーサだけだ。フィルによるとマーサの魔力は素直で妖精が喜ぶ魔力の波長をしているからだという。わがままな女王様はマーサ以外に定期的に魔法を教える気はないらしい。


「フィルがいてくれたおかげで随分と成長できてるって実感してるの」


 鍛錬を終えたタイミングでリリィさんが新しい紅茶を持ってきてくれてそれを口に運んだマーサが言った。紅茶と一緒に新しいペリカの実を持ってきたので妖精達がテーブルに集まっている。フィルは指定席で両手で持った実にかぶりついていた。これを見るとマーサの疲れも取れる様だ。さっきの鍛錬中の表情とは全然違う穏やかで優しい表情になっていた。


『ブライアンはもう特別中の特別よ。私たち妖精から毎日の様に加護も貰えているからね。でもそれ以外だとマーサが1番なのは間違いないわね』


 ブライアン経由でその言葉を聞いてありがとうとお礼を言うマーサ。褒められて恥ずかしいのか話題を変えてきた。


「ところでブライアンは最近はどういう生活を送ってるの?」


「決まってないけど月の3分の1程の期間は田舎のジャスパーに帰ってる。あとはここ王都にいて午前中は地方に飛んで道を整備したり村を訪れて手伝いをしたり、地方でフィルと一緒に魔法の鍛錬をして午後はのんびり過ごしてるよ。以前とほとんど変わってないな」


 アヤックとの戦争に協力し国家への義理を果たしたブライアン。当初は田舎に引っ込むつもりだったが国王陛下に言われ、妖精達もここ王都の家が気に入ったみたいなので引き続き王都をメインにしている。辺境領のジャスパーで実家の近くかつ森の近くに一軒家を立てたブライアンはジャスパーと王都での二重生活をしている。転移の魔法があるので二重生活といっても苦労はない。


 戦争においてブライアンが見せつけた魔法の威力はサナンダジュ、キリヤートの両国には十分すぎる程に伝わっておりこの両国はグレースランドと事を構えることをしない方針が出ていた。


 表面的にはそうだが裏ではなんとかブライアンの情報を取れないか、またブライアンクラスの魔法使いが他にいるのではないかといった思惑が各国の間にありグレースランドへ間諜を送り込もうと日々画策していた。


 グレースランドも黙って見ていた訳ではない。情報部のアレックスは戦争終結時からこの事態を予想しており情報部の指示の下各要塞及び港湾都市ラグーンでは国境の警備を充実させていた。その結果多数の間諜が水際で逮捕されるという事態が今も続いていた。


「戦闘が終わっても人が死なない戦争ってのは毎日続いているんだな」


 マーサから説明を聞いたブライアンが言うと


『本当に人間って頭の悪い人が多いよね。せっかく戦争が終わったのだからもっと自分達の幸せを考えれば良いのに』


 とブライアンと同じ様に呆れている。


「ブライアンやフィルの言う通り。でも実際問題としてそう言う事が起こっている以上グレースランドとしても対抗措置は取らざるを得ないの」


 グレースランドにしてみたら迷惑な話だがかといって何もしない訳にはいかないというのは理解できる。


「いつまで経っても成長しないのが人間だよ」


『本当ね』


 またお邪魔するわねと言ってマーサが帰っていった。屋敷の門まで彼女を見送って家の庭に戻ってきたブライアン。庭の椅子に座ると肩に乗っているフィルが言った。


『見に行くつもりでしょ?フィルも行くからね』


「付き合いが長くなると考えていることが読まれるな」


『当然でしょ』


 フィルとブライアンはお互いに全てを言わなくでも分かる程に通じあえていた。


「すぐには行かないつもりだよ。行く前にはマーサやワッツに話をしないといけないからね。それとやるとすればまず王都、この街からだよ」

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