その魔法使いは左肩に妖精を乗せている
花屋敷
第1章
第1話 出会い
ブライアン・ホスマー。16歳
地方の貴族であるホフマー家の次男坊だ。貴族と言っても男爵で自分の領地も所有していない。
辺境領主から任命され辺境領の中心都市から3日程街道を西に進んだ先にあるジャスパーという人口数万人が住む街を治めている国内に数多くいる泡沫貴族の一つに過ぎない。
ブライアンには5歳年上のジャックという兄がいる。兄が家を継ぐことが決まっているのでブライアンは貴族とは思えない程自由に暮らしていた。この国の貴族のしきたりで17歳で成人の儀を受けると大人と見なされ、家を継がないブライアンは家を出ていく事が決まっている。これは跡継ぎでごたごたする揉め事を避けるために後継者となった子供以外は家を出なければならないという決まり事があるからだ。
これは前国王の時代に定められた法律でこれは貴族であればその爵位に関係なく皆守らなければならないと定められている。彼はどうせ家を出るのならと好きなことして過ごしていた。
兄のジャックは17歳の時に成人の儀を受けた際に父親のワーゲン・ホフマーより次期当主に任命されており今は父親の仕事を手伝いながら領主の仕事を覚えているところだ。
ブライアンと兄のジャックとは小さい時からずっと仲が良く、兄が次の当主になるのについても当然何の不満もなかった。ブライアン自身は貴族の跡継ぎよりも自分の魔法を鍛えて国中を回るのが夢だ。ホスマー家は代々魔法を使える者が多く今の家族も全員魔法が使えるがその中でもブライアンが一番魔法の威力が強く、魔力も多かった。
その魔法で国中を周って困った人を助けるというのがブライアンの夢だ。
自分ではこの夢を叶えるためにも次男で良かったと思っている。
この日もブライアンはジャスパーの郊外にある森の中で魔法の鍛錬をしていた。風の魔法で木の幹に傷をつけたり土魔法で作った小さな土の塊を飛ばしてみたりと杖の先から様々な種類の魔法を撃っていた。
「おっ、鹿だ」
鍛錬していた場所、木々の間から奥に鹿を見つけたブライアン。森の中を慎重に歩いて鹿に近づいていく。今夜は鹿肉だと思いながらも警戒心の強い鹿にあまり近づくと逃げられてしまうのでゆっくり近づいていく。魔法を撃とうとしたタイミングで鹿がその場から移動して森の奥に進んでいったので後をつけていった。鹿は森の中を右へ左へと歩き、止まっては進み、止まっては進みを繰り返して森の奥に進んでいったかと思うと突然走り出してしまった。
「まじかぁ」
せっかく追いかけてタイミングを計っていたところ最後に駆けだされてはブライアンにはどうしようもない。
張りつめていた緊張を解くとその場で大きく伸びをし、周囲を見て初めて気が付いた
「それでここはどこだ?」
追いかけている間は気が付かなかったがかなり森の奥までやってきた様だ。木々は深くどっちが街の方向か見当もつかない。
「ああ、これはやっちまったか」
暫く周囲を見ていたブライアン。陽はまだ木々の上に見えておりすぐに周囲が暗くなる様な時間ではないがこのままだと日が暮れるまでに街に戻れるという確証がない。
「それにしても腹が減ってきたな」
普段から泰然自若というかマイペースというか、とにかく少々の事では動じないブライアンは迷子になって森の出口を探すにしてもまずは腹ごしらえだと周囲を見るが生憎木の実がなっている木が見えない。よしっと一声だすと木の実を探すべく森の中を再びウロウロと歩き出した。
「木の実がないのは想定外だ」
しばらく歩いても見つからない。一休みするかと森の中にある大木の根元に腰を下ろしたブライアン。
これからどうするかと思案していると突然目の前に白く浮かんでいるものが姿を現した。
「なんだ?」
びっくりしながらよく見ると近くで浮いているソレは全身が30センチほどの全長で全身は薄く青みがかった白色、背中に羽を付けてバタバタと動かして浮いている。じっと見ているとその浮いているソレの背後に同じ形をしたものがいきなり20体程姿を現した。その20体がすべて小さな両手に小さな果実の実を持っている。小さなと言ってもそれは
ブライアンが一口で食べられるサイズで小さいという意味で浮いている彼らが持つと結構な大きさに見える。
一番前にいる1体が小さな果実の実を持っている両手を差し出してきた。食べろと言ってるのか。まぁ腹は減ってるしとそれを貰って口に運ぶぶライン。
「美味い!」
思わず声を出すとその背後にいたものも順に近づいてきては手に持っている果実の実を差し出してきた。全て平らげると立ち上がり
「うん。美味しかった。ありがとう」
『そう。よかったわ』
突然頭の中に声がした。びっくりして周りを見ても見えるのは木々と目の前で浮いている20体ほどの生き物だけだ。
「えっと今話しかけてきたのは君かな?」
『そう。私。妖精族よ』
「妖精族?」
小さい頃に読んだ本に出てきた妖精。普段は森に棲んでいるが人間の目では見ることができないと。
「妖精は目に見えないって聞いてたけどしっかり目の前にいるよな」
『普段は姿を見せないわよ』
「じゃあどうして」
『今から説明してあげる』
浮いている集団の先頭、ブライアンに一番近い場所で浮いている妖精が話始めた。
『妖精は普段この森の奥で生活しているの。それは森の中には魔力が沢山あるからなの。魔力はここにある木や草も持っている。それを体内に吸収して生きているのよ。もちろん妖精だから人から隠れるのなんて朝飯前よ』
「朝飯前ってよくそんな言葉知ってるな」
『妖精だからね』
良くわからないがそこを突っ込んでいると話が進まないのでなるほどとうなずくブライアン。目の前に浮いている妖精は羽根をパタパタとさせながら空中で停止している。
『ところで魔力には波長が有るって知ってる?』
それは知ってるぞと大きくうなずく。
『その魔力って個人差があって2つと同じ魔力は無いと言われているの』
それも知ってるぞ。そうだなと相槌を入れる。
『ところがね、稀に、本当にごく稀に自分の魔力の波長と全く同じ波長を持っている人がいるの。人って言ってるのは便宜上の言い方よ。奇跡に近いレベルなんだけど自分の魔力と寸分狂いのない魔力を持っている人がいるの』
そこまで聞いて何となくわかってきたブライアン。
「つまり俺の魔力と全く同じ魔力を持っている妖精がいたってこと?」
『そう。それが私。妖精族の女王様よ』
そう言ってどうだ凄いだろうと言わんばかりに浮いたままどや顔をする。
「ほう、えらいんだな」
『何よ、その棒読みは。女王よ。女王様よ』
「分かったよ、女王様。だから話を続けてくれ」
言われてそうだったわと再び女王が話始めた。女王様曰く、姿を隠して森の中で遊んでいると私と同じ波長の人がいると感じてびっくりして近づいてきたのだという。
『魔力の波長が全く一緒。これがどういう事かというと凄い事なのよ!』
女王様とは思えないな。感情丸出しだ。ブライアンが黙っていると女王様が話を続ける。
『私と貴方の魔力の波長が全く一緒だということは。貴方の身体の周りに漂っている魔力を私がそのまま体内に取り込めるの。しかも同じ魔力ということで取り込める魔力の量がとんでもなく増えるのよ』
「増えるとどうなるんだい?」
『私自身が大量に魔力を取り込んで今度はその魔力を他の妖精達に分け与えることが出来る様になる。そうなると妖精族はずっとこの森に住み続けなくてもよくなるの』
女王様によれば森の中には魔力が多いがそれでも波長が異なるせいで沢山取り込んでやっと普通に生活ができる程度だったらしい。それがブライアンの魔力をそのまま取り込めることによって自分の魔力量も増えしかも他の妖精達にも魔力を分け与える事が出来る様になるという。
『それだけじゃないの。貴方にとってもメリットがあるのよ。私の魔力も貴方が使える様になるの。つまり貴方も魔力量が増え、そして魔法の威力も今までよりずっと増大するの』
魔力量が増えて魔法の威力が増すのはブライアンにとっても有りがたい。
「この森に住み続ける必要がなくなったって言ったよな。森を出ていくつもりなのかい?」
『もちろんよ。妖精だって外の世界を見てみたいって思っているし。それに貴方を森の出口まで案内する必要があるでしょ?出口まで案内したらそのままついていくわよ』
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