狂信者たち

うちやまだあつろう

狂信者たち

 第三次大戦はAIの開発戦争だった。現在までの戦史を膨大な知識として経験したAIは、人類の頭脳と理解の限界を超えた戦略、戦術を吐き出し、人類はそれを実行に移した。中には耳を疑いたくなるような命令もあったが、それは大抵の場合最善手であった。自国の開発した電子頭脳を、どれだけ信仰していたかが勝敗を分けたと言っても過言ではない。

 結果、世界は徹底的な崩壊をした。



 戦前、「スーツ」といえば黒の背広を連想するものだったが、今の時代「スーツ」といえば「放射線防護スーツ」を指す。オレンジ色の、ファッション性の欠片もない、ボテボテしたスーツだ。


 第三次大戦から三十年ほど経った今でも、核兵器の影響は色濃く残っている。


「お弁当、入れときましたから」

「おう。あ、会議の資料忘れた。机の上のやつ」

「もう」


 朝の妻は機嫌が悪い。バタバタとわざとらしく足音を立てて書斎から資料を取ってくると、背負った鉛製のカバンに突っ込んだ。


「はい、いってらっしゃい」

「いってきます」


 スーツを閉めると、私はエアロックルームを抜けて外へ出た。草木の死滅した、灰色の街へ。


 戦前も環境破壊が問題になっていたらしいが、今はその比ではない。しかし直ちに人類が滅ぶことはなく、尚も人類は束の間の安定とも呼び難い安定に浸っている。慣れとは恐ろしいものだ。

 ただ気軽に外出できないと、ストレスが溜まっていく。室内でできる娯楽といえばラジオやテレビ、その他色々とあるが、それだけでは相殺できないほどの鬱憤が溜まっていた。

 人々はより「直接的な」娯楽を求めていた。


 ある日、私が帰ると、妻はいつになく上機嫌だった。どうしたんだ、と聞くまでもなく、彼女は机に置かれたヘルメットのような装置を見せた。


「これ、見たことある?」


 私は頷いた。新たな娯楽機器らしく、毎日コマーシャルが喧しい。なんでも、頭に取り付けることで、人間の精神を心地のいい電子空間へ解放するだとか。

 胡散臭いと鼻で笑っていたが、妻はそうではなかったらしい。


「これ、凄いのよ。頭に付けるだけで、世界中の色んな人と心地良さを共有できるの」

「はぁ」

「言語を超えて、精神を直接的に人と交わるの。凄いでしょ?」


 奇妙な言葉遣いに若干首を傾げながら、私はスーツを脱ぐ。

 整理すると、頭に装着することで、人工知能の作り出した仮想空間へ接続でき、そこでは多くの人とテレパシーのような会話ができるらしい。そこでは感情を隠すことはできず、一方で相手の感情を直接受信できるようだった。

 人からの敵意で気が狂うのではないか、と性悪説を唱える私が尋ねると、彼女は首を横に振った。


「違うわ。そこでは皆穏やかな気分で居られるの。AIが作り出した仮想空間は、穏やかで落ち着いていて、みんなでそれを共有できるの」


 敵意を消すような機能があるのだろう。仕組みはよく分からないが、電子頭脳が世界を制してからは「仕組み」というものについて疑問に思うことも減ってきた。


「程々にしておけよ」

「あなたもやってみなさいよ」

「やめとくよ。風呂はいってくる」


 なんとなく抵抗を感じた私は、そう言ってスーツを片付けに行った。



 変化はまもなく現れた。

 例のヘルメットを付けた妻を横目に、私はスーツに袖を通す。


「行ってくるよ」

「はーい」


 妻は機嫌よく答えた。それから、何か思い出したよう「あっ」と言って手を叩く。


「あれ、あのー…………」

「弁当?」

「それ。そこに置いてあるから」


 確かに机の上に弁当が置いてあった。私はカバンにしまいながら妻に言う。


「…………それ、程々にしておけよ」

「分かってるわ。帰ったら、あなたもやってみなさいよ。凄いわよ、凄く」

「はぁ」


 私はスーツを閉めると、エアロックルームを抜けて外へ出た。「いってらっしゃい」の言葉はなかった。


 最近、妻がおかしい。「あれ」だとか「それ」だとかが増えたし、何か感想を尋ねると「凄い」か「あんまりね」しか言わなくなった。歳のせいかともおもったが、やはり仮想空間でのテレパシーじみたコミュニケーションが影響しているような気がしてならない。

 それを妻に言うと、彼女は鼻で笑った。


「問題ある? 暮らしていけてるじゃない」

「今はね。でもその内………………」

「大丈夫よ。AIが管理してるのよ? 間違えるわけないじゃない」


 私は思わず聞いた。


「AIは神か何かか?」


 すると彼女は相変わらず笑ったまま答えた。


「少なくとも、それに近いわ。人間よりもね」


 人間よりも神に近い存在。本当にそうだろうか。

 確かに判断は最善であることが多い。だが、その判断の全てを委ねてしまってもいいのだろうか。ただ信仰するだけで、いつか取り返しのつかないことになることは無いのだろうか。

 しかし妻は、何を言っても装置の使用をやめる気は無さそうだった。今や、全世界で流行っている。それが安全性の証明だ、とでも言わんばかりに、彼女は自慢気に言った。



 それは前触れもなく起こった。

 世界各国で示し合わせたかのように、まったくの同時刻に集団自殺が発生したのだ。老若男女問わず、最年少は六歳の少年が、果ては国の首脳が、様々な方法で命を絶った。その数は恐ろしいことに、世界総人口の半数以上だった。

 彼らに共通していたのは一点のみ。例のヘルメットを常用していたことであった。


 原因は、環境管理AIが使用者全員に対して、自殺志願者の思考を投影したことだった。当然、開発会社には責任が問われたが、責任者は一人残らず死を選んていた。彼らもまた装置を使用していたのだ。

 責任の所在が不明瞭なまま、事実が明らかになっていく。

 開発者が人工知能に出した指示は、「より良い世界に繋がる新体験を」という曖昧なものだった。その曖昧さが、様々な解釈を産み、結果として高性能電子頭脳は「集団自殺」という答えを弾き出したのだ。


 私は妻の葬儀を終えて、ぼんやりとした気分で家にいた。椅子に座りながら、静まり返った家の空気に包まれる。

 視線の先にはボロボロに壊れたヘルメット型の装置があった。


 果たして、人が半分以下に減った地球からは、やがて争いが無くなった。無くさざるを得なかった、というのが正確か。人はもう、互いに争う余裕すら無くなったのである。

 地球という星が持つ自浄作用を害する者はいなくなった。放射線量は相変わらずだが、それに適応した植物が大地に根を張っていた。人口に反比例して、緑が次第に増えていった。


 半壊した人間社会は、緩やかな崩壊を辿っている。地球はより良い世界になったのか。地球の自然は少しずつ蘇りつつある。しかし、そこで暮らす人類を待つのは死のみであった。

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