第33話 コミュ障で陰キャでぼっち

「詳しく話してよ」


 急かすように言ったリサさんは、俺たちよりもずっと興味津々に見えた。もちろん、俺も千冬ちふゆさんの言ったことには興味があった。


「私って、コミュ障で陰キャでぼっちだったじゃないですか?」


「えっ? う、うん……まぁ……。改めて直球で訊かれるとハッキリ肯定するのが申し訳なくなるけど、そのとおりだね」


 千冬さんは『だった』と過去形で言ったが、今もややその傾向があるように思う。


「だから当然というかなんというか、友達なんていなかったし、DTMだけが友達だったんですけど……」


「でぃーてぃーえむって……?」


 悠治ゆうじが訊ねると、千冬さんは律儀に悠治の方に体を向けた。


「DTMっていうのは、デスクトップミュージックの略で、簡単にいうとパソコンで音楽を作ること」


「それが友達だったんですか?」


「それは比喩で、まぁ、要するに友達がいなかったってことだよ」


 まぁまぁ失礼なことを言われたと思うが、千冬さんは変わらず淡々としている。


「それで? あんたの体験ってのはなんなの?」


 リサさんが焦れたように千冬さんを急かす。


「それまでも、ずっとコミュ障陰キャのぼっちのままじゃいけないとは思ってたんですけど、どこか諦めてたんです。でも、ロミ研の会長になったころから、本気でなんとかしなきゃって、ある種の強迫観念に近いものに変わったんですよね」


「なるほど。でも、それって別に不思議なことでは無いですよね。高校生って、中学までよりも将来のことを具体的に考えるようになる時期ですし、そういえマインドの変化は割と誰にでもあることなんじゃないかと思うんですけど」


 悠治は自分の顎を摘みながら千冬さんを覗き込むように見ていた。千冬さんはそれを真っ直ぐな受け止めて、「それはそうね」と涼やかに応える。


「でも、わざわざ体験として知ってるかもしれないだなんて言うくらいだから、それだけじゃないんですよね?」


「うん。パソコンで音楽を作るのがDTMだって言ったでしょ? DTMはね、あらゆる音を打ち込みで作ることができるの。ボーカルですら打ち込めるんだよ。どういうことか分かる?」


「ちょっと分かりません」


 千冬さんの話が、どこに向かおうとしているのか分からなかった。

 

 やや困惑気味に千冬さんの方を見ていると、目が合った。その瞬間、千冬さんは優しく微笑む。千冬さんの表情が動いたのを初めて見た。


「ごめん。なんの話だって顔だね。私はね、作曲が趣味だったんだけど、本当に友達がいなかったから、誰かに楽器を弾いてもらったり、歌を歌ってもらうように頼んだりできなかったの。私は楽器が弾けないし、歌は下手だしね。それで、私が使ってたのが歌声合成ソフトなんだ。ボーカロイドって言った方が分かりやすいかな?」


 歌声合成ソフトと言われてもピンとこないが、ボーカロイドなら知っている。まるで人間のように歌うAIが搭載されたソフトだったと思う。


「何がすごいって、千冬はその歌声合成ソフトを自作しちゃったんだよね。いやはや、陰キャが極まりすぎてるよ」


「えっ……? ボーカロイドって作れるんですか?」


 思わず口にすると千冬さんはまた笑った。


「ずいぶん昔に同じことを言われたよ。作れちゃったんだよね。その歌声合成ソフト、『月華つきか』って言うんだけど、その月華にある日突然バグが起こったの」


「バグ……ですか?」


「うん。今でこそボーカロイドにもAIが搭載されたりで、ほとんど人間と遜色ない声で歌うようになったと思うけど、私が君たちくらいの時は全然。人間の方でちゃんとパラメータを操作してあげないと機械まるだしの声になっちゃうの。それがいいって人もいたし、今もいると思うけど、私はそれが嫌だった。友達がいなかったから、月華には人間と同じように歌って欲しかった」


 千冬さんの思いは切実なものだったようだ。その頃のことを思い出しているのか、表情がかげる。


「どんなにパラメータをいじっても納得いく風にはできなかったの。悔しくて悔しくて堪らなかったんだけど、ちょうどそれと同じくらいのタイミングで私は〈ロックミュージック研究会〉に入ることになったんだよね。半ば強制みたいな形だったけど」


 言いながら千冬さんは今度は苦笑いを溢す。


「その辺は君たちが聞きたい話とは直接関係ないから割愛するけど、結局私は自分から望んでロミ研の会長になったの。そんな時、月華が突然おかしくなったんだよね」


「おかしく……ですか?」


「うん。いくらパラメータをいじっても歌声が変わらなくなっちゃったんだよね。何をどうやってもダメ。全くいうことを聞かなくなっちゃった」


 ボーカロイドというものを詳しくは知らないから、それがどれくらいおかしなことなのかは分からない。けれど、製作者である千冬さんが対処できなかったのだから、異常なことなのだろう。


「こう聞くと、最悪じゃんって思うかもしれないけど、そんなことなかったんだよ。私がパラメータをいじってる時よりもずっと人間らしく歌うようになったからね」


「そんなことってあるんですか?」


「通常はありえない。そもそもパラメータが勝手に動くこと自体ありえないことだから。そのありえないことが、実際に起こったんだよね。でもね、それだけじゃないんだよ」


 千冬さんは勿体無いつけるようにそこで言葉を切った。俺も悠治も、そして井口さんまでもが千冬さんに釘付けになっていた。


「月華がね、私に語りかけてきたの」


 千冬さんは何か大切な秘密を打ち明けるように言った。

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