第29話 アタシには関係ない
バンドをやる旨を伝えると、
「特に理由はないけど、
ひよりのことは明かさずに、適当な理由を応えたが井口さんは特に疑うこともなかった。
結局、井口さんが素直に嬉しそうな様子を見せたのは、最初のほんの一瞬だけだった。
井口さんの後ですぐに悠治にも同様のことを伝えた。
悠治は、俺がバンドをやってもいいと伝えると、何か意味ありげな表情を浮かべながら「だと思ってたよ」と一言だけ言って、それ以上は何も言わなかった。もしかしたら、悠治には全て見透かされてるのかもしれない。
悠治は俺の話を聞くとすぐに、リュックからドラムのスティックを取り出して、ニヤリと笑って俺に見せてきた。最初から分かってたと言わんばかりだ。悔しいけど、おそらくは悠治の思っていたとおりになったのだから、何も言い返せない。
〈ロックミュージック研究会〉に加入した目的は、あくまでも噂の真相を暴くことであり、ひよりの声を元に戻すことだ、と悠治はことある毎に言っていた。それはもちろん本心だと思うし、嘘ではないと思うが、バンドを組むことになってからというもの、悠治が部室に顔を出す頻度は格段に増えていた。
それと比例するように、アオが部室に現れる頻度は減っていった。
「アオって子にはその後会ってるのか?」
バンド活動をすることになってしばらく経った頃、悠治は思い出したようにそんなことを口にした。井口さんはチラリと悠治の方に目をやったが、自分に向けられた質問じゃないと分かるとすぐに視線を戻す。
戻した視線の先には、抱きしめるように抱えた赤いベースがあった。
「前も言ったかもしれないけど、アオはさ、お前が来る日はどういうわけかここに来ないんだよ」
「ふ〜む……。俺、避けられてるってこと?」
悠治を避けるように、悠治のいない日にしかアオは部室に現れないと伝えてあった。
アオはこの世に存在しない説を唱える悠治だ。やっぱりそんな奴いないんじゃないか、と言い出してもおかしくないのだが、アオの話をするときはアオが存在することを前提に話をしてくれる。どんな突拍子もない都市伝説であっても、まずは信じることから始めるのを信条とする悠治らしいスタンスの取り方だ。
「井口さんは? 井口さんは、アオって子と会ったことないの?」
井口さんは、名残惜しそうに赤いベースを見つめていた。
「興味ないね。そんなことより、アタシらバンド組んでるんだよね? 真面目にやる気があるなら練習しなよ」
そういえば井口さんとアオがこの部室で鉢合わせたことがあっただろうか、と思い返す。
それほど多くはないが、何度かはあったような気がする。ただ、二人が直接会話をするようなことはなかったように思う。
井口さんは積極的に誰かと話をするようなタイプではないし、アオはアオでマイペースだから初対面の人間がいてもそれを気にかけるようなことをしない。挨拶くらいはしたことがあったような気もするが、定かではない。
「もちろん、練習はするよ。でも、俺としては〈ロックミュージック研究会〉の噂の真相も調査したいわけ。そこは理解した上でバンド活動をしてもらわないと困るよ」
悠治はドラムスティックを指で器用に回しながら飄々と言ってのけた。曲芸じみたことが得意なのか、ドラムはろくに叩けないくせにスティックを回すのはやけに上手かった。
「アタシには関係ない」
「関係ないことないよ」
素っ気なく応える井口さんに悠治は両手を広げてやや大袈裟に言った。
「だって、〈ロックミュージック研究会〉の噂の真相が分かって、ひよりちゃんの声が戻ったら、俺たちのバンドには完全無欠なボーカリストが加入することになるんだよ」
「おい、それは本当か!?」
そこで井口さんは初めて手元の赤いベースから視線を外した。その目はどういうわけか俺を見ている。
バンドを組むとなってから、一応各自で練習をしたり音を合わせたりはしていた。その中でどうにも解決できない課題が、ボーカルをどうするのか、ということだった。
悠治は二つのことを同時にはできないと言って早々にボーカルをやることから下りてしまった。ドラムがボーカルを務めるというのをあまり聞いたことがないこともあってか、井口さんも引き留めることはなかった。
そうなると、俺か井口さんのどちらかがボーカルを務めなければならないのだが、井口さんはあまり歌が上手くはなかった。いや、ハッキリ言って下手だった。本人もその自覚があるのか、初めからボーカルをやるつもりなんてなかったみたいだ。当然に俺がボーカルを務めるものだと思っていたらしい。
俺はバンドを組むことにだって抵抗があったのに、一番目立つであろうボーカルなんてやりたくはなかった。
バンドをやるのは謝礼のうちだから仕方ない。だが、ボーカルをやることまでは謝礼に含まれていない。そんな屁理屈で頑なに拒否をしている。
だから、悠治の言葉に井口さんが食いつくのは当たり前といえば当たり前の反応だった。
「分かんないけど、たぶん
悠治は無責任にそう言うと俺に向かってウインクをよこす。
確かにひよりは俺と音楽をやりたいと言っていたが、だからといって〈ロックミュージック研究会〉に入ってくれるとは限らない。ひよりは今でも軽音部の所属だ。
「そうか。なるほどな。
いつになく饒舌な井口さんは、勝手に納得して頷いている。
悠治に目をやると小さく立てた親指を俺に向けて微笑んでいた。
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