第22話 そうこなくちゃな
青山さんの家の場所は記憶しているが、再び訪ねて行って大丈夫だろうかと悠治の頼みに返答しあぐねていると、
「謝礼の件、忘れてないよな?」
井口さんは、俺たちの都合など全く無視して自分の伝えたいことをいきなり、投げつけてきた。
謝礼というのは、以前青山さんの家を教えてもらった時のことを言っているのだろう。あの時、井口さんは具体的な謝礼については、考えておくと言っていた。あれ以来、何も言ってこなかったから、むしろ井口さんの方が忘れてしまっているのだと思っていた。
「もちろん、忘れてないよ。謝礼の内容が決まったの?」
「ま、まぁ……、うん……そんなところだ」
なんとなく目が泳いでいるように思える。
悠治はというと、忘れてしまっているのか、なんの話だ、と眉を寄せて顔だけで訴えている。
謝礼をするのは悠治ということになっているから、俺よりも悠治の方に大いに関係があることのはずだ。俺としては、どんな内容の謝礼だとしてもさほど影響はない。
「その……なんだ。あんたたち、楽器は弾けるか?」
いつもズケズケと物怖じせずにものを言う井口さんにしては、少し歯切れの悪い言い方だった。
「悠治、何か楽器できたっけ?」
訊くと悠治は首を横に振る。まだ謝礼がなんのことなのか完全には思い出せていないのか、言葉は発しない。自分に不利なことは忘れてしまっているのだ。都合のいい頭をしている。
「なら
「いや、ちょっと待ってよ。謝礼をするって言ったのは悠治で、俺じゃない」
「実際にアタシが青山さんの家に連れて行ったのは貫井だ」
「それはそうだけど……」
悠治の方に目をやると悠治は「あのことか」と呟いた。ようやく思い出したようだ。それならば、予定通り悠治が謝礼に応えてくれるだろうと思ったのだが、甘かった。
「そうそう、謝礼だったね。お前、ギターそれなりに弾けるようになったよな?」
まるで
「
まさか自分にまで火の粉が及ぶとは思っていなかったのか、悠治は自分の顔を指さして「俺も?」と目を丸くする。井口さんは当然だろとばかりに深く頷いて返した。
「まぁ、仕方ない。どんな謝礼でもするって言ったからな」
悠治は切り替えが早かった。謝礼をするのが嫌というわけではないらしい。せいぜい少しめんどくさいと思っている程度なのだろう。
「謝礼には応えるとして、ついでだからまたお願いを聞いてもらってもいいかな?」
そして、悠治は転んでもタダでは起きなかった。
「お願い? 話が違うじゃないか。それに、めんどくさいことはごめんだよ」
「大丈夫。結局、前と同じだから。俺も青山さんに会いたいから、また青山さんの家まで案内してよ。こいつが教えてくれないもんだからさ。井口の言葉を借りるなら、元々は俺が依頼したことだろ? なら俺にも教えてもらう権利がある」
眉を
教えてくれないというのは随分な言い草だ。俺はただ少し迷っていただけで、教えないつもりだったわけではない。
井口さんは腕を組んで考えていたが、比較的すぐに「それもそうだな」と言って悠治の要求を飲んだ。
「それなら、これから行くか?」
井口さんに言われた悠治は、「そうこなくちゃな」と返す。そして、カバンを雑に掴むと肩から下げて、いつでも行けるぞと意気込んだ。
井口さんと悠治が同時に俺を見る。
俺は、特に一緒に行く理由もないから断ろうかと思ったのだが、井口さんの謝礼の内容をまだ聞いていないことを思い出した。悠治と井口さんを二人きりにしてしまうと、俺の知らないところで俺にとって不利な謝礼に変えられてしまいそうだ。それに、〈ロックミュージック研究会〉に関することなら無関係を気取るわけにもいかない。
「俺も一緒に行くよ」
二人に向けて言うと、悠治はまた「そうこなくちゃな」と言って今度は親指を立てた。井口さんはその横で呆れたように一つ大きな息を吐いていた。
井口さんの求める謝礼がどんなものなのか想像できなかったが、有耶無耶なまま俺たちは青山さんの家に向かうことになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます