第70話 女公爵、応戦者になる
(えっ?一体何が起こったの?)
私は全く状況を呑み込めなかった。それに加えて私のハレの舞台で2人して何やってんの、という気持ちもある。
「なっ、なぜ人が、こ、これには訳が」
バモガンは慌てふためく。
「ラハンシド殿下殺害の容疑で、バモガンを拘束しろ!」
野太い男の声で何とか頭が再起動する。バモガンを筋骨隆々の男達が囲んでいる。あれは王家からの代表団だ。ここにいる殆どの者が一張羅で着飾っているのに対し、ロングケープ一枚の姿なので直ぐに分かる。正確に言えばサンダルとビキニパンツも着用しているが……
中央の人間、特に貴族にとって、最高の美とはおのれの鍛え上げられた肉体の事だ。それを隠すこと自体が自分の肉体に自信が持てないといっている様なもので、恥ずかしい事なのである。本来ならもっと露出の多い肩から垂れるタイプのマントを着用するか、全くしない事もあるのだが、一応ウィストリア公爵家に配慮している。
私もこれ以上の配慮は求めない。なにせ、そんな事をしたら、私が中央に行った時には、この男性と同じ格好に、武骨な重い宝飾品と薄い半透明のロングケーブ纏うだけの格好でいなければならなくなる。中央貴族の女性はそういう格好なのだ
「ええい、こうなれば……なぜだ!なぜ変化しない!」
思考が脇道に逸れていたが、バモガンの叫び声で再び現実に戻される。どうやら化け物に変化できないらしい。封印具か何か使っているのだろう。そうでなければ幾ら屈強と言えども代表団ごときに捕えられるものではない。
(あれ?じゃあ、使節団は最初からバモガンをとらえる気でいた?)
私は疑いの目を使節団に向ける。バモガンを捕まえた代表団の護衛は、幾ら中央出身と言ってもいささか高い。全てレベル10越えだ。
代表団の長が私に近づいてくる。
「ラハンシド殿下は結婚の義を行ったとは言え、まだ初夜を迎えていない以上、籍は王家にあります。遺体は回収させていただきます。殿下を殺したと思われるバモガンの身柄も、このまま引き渡していただきましょう。女公爵閣下におかれては、就任直後とは言え、これは明らかに失態。また、バモガンは女公爵閣下の義理とはいえ父。何らかの責を問われることは覚悟していた入ておかれた方がよろしいかと」
なるほど、この茶番は私を貶めるためのものらしい。
「そちらの言い分は分かりました。ですが、被害者はまだ初夜を迎えてはいないとはいえ、婚姻をあげた私の夫。殺害したのは父とはいえ、王家の肝いりで婿入りした血のつながりの無い者。更にこのハレの舞台に水を差した責はとっていただけるのでしょうね」
法律の概念が前世程発展していないこの世界では、どの時点で完全に夫婦になるかは曖昧だ。というか特に明確になっていないというのを今知った。普通は結婚後はすんなり初夜を迎えるものだからだ。そう言えばどこかで、復讐の為に夫婦なり初夜の時に夫を殺した女性の話があった様な気がしないでもない。その物語は実際行為を行っていないから偽装結婚で、主人公の女性は恋人と結ばれてハッピーエンドだったような……
私が心の中でそんな事を考えている間、私が反論すると思っていなかったのか、代表団の長は暫く面食らった顔をしていた。だが、真顔になると私を睨みつける。
「女公爵閣下のご言い分は、我が王にお伝えしましょう。この様な事が起きた以上我々は失礼させていただきます。殿下の遺体とバモガンの身柄を運ばなければなりませんからな」
そう言って代表団は踵を返して去って行った。
私はひな壇の椅子に座り直し、ざわざわと騒いでいる貴族たちに声を掛ける。
「皆様。本日は私の為にお集まりいただいたというのに、大変ご不快な思いをさせてしまい申し訳ございませんでした。この埋め合わせは必ず致します。申し訳ございませんが今日のところはお帰りいただきたく存じます」
私の言葉に何とか冷静さを取り戻した貴族たちは、1人、また1人と帰っていく、そして広間には私と近衛兵を兼任する騎士団の者しかいなくなった。私は家令を呼ぶと命令する。
「申し訳ないけれど、後の予定はすべてキャンセルして頂戴。ふるまわれる予定だった料理は良ければ城の皆で食べて。それから……」
「お嬢様、いえ、女公爵閣下。後の事はこのウォルターにお任せください。今はごゆるりとお休みになっれるのが先決かと」
恭しく頭を下げながら、家令が私を気遣い、後の事を引き受けてくれる。
「そう。では、その言葉に甘えるわ。よろしくお願いね」
私は席を立ち、そのまま別邸と足を運ぶ。私を貶めるために王家が何か策略を巡らせたらしい。どうやら王家は母に続いて私を罠に嵌めるらしい。だが私は母とは違う。敵が戦争を仕掛けてきた場合?よろしい、ならば戦争だ。
もちろん兵力差は歴然だ。だが防衛に徹すれば少なくとも一戦は勝てるだけの戦力は整ったし、場合によっては禁断の現代兵器無双も辞さない。88㎜榴弾砲は敵を数百人単位で消し去ってくれるだろう。
もっともそんな事をしたあかつきには、次は敵も同じようなものを作り出すだろう。何せこの世界では、高レベルの魔法使いや錬金術師なら、細かい構造は分からなくとも魔法で似たような物を作れてしまうのだ。そうなれば後は際限のない軍拡競争だ。前世より理性の無いこの世界は、あっという間に最終戦争に突入し世界は滅びるに違いない。流石にそれは避けたいので、私は武器に関しては現状のものを使用している。
それはそれとして、恐らく王家の者は気付いていない。この城には至る所に私の目があり耳があることを。そして、それを後から私が見ることが出来ることを。今回は私に直接害が及ぶものでも、城に努めるものに害が及ぶものでもなかったので、偶然見過ごされたにすぎない。
これを知っていて、策謀を巡らせたのなら大したものだが、代表団の長が私の反論に面食らった事から推測してそこまで考えているようには見えなかった。もちろん代表団が何も知らなかった可能性もあるが、長ぐらいは全容を把握してなければ、不測の事態には対応できない。対応できなかったからこそ、あんな顔をした可能性もあるが、それはそれでどうなのって感じだ。
私は地下室へ降りていく。既にホムンクルス達はそろっている。
「さて皆、一体何が起きたか答えを探しましょうか?」
私達はそろって監視室へと向かった。
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