第68話 公爵令嬢、女公爵になる

 7月の半ばを過ぎても、特に何も起こらなかった。そして私は今は結婚式の準備に振り回されている。デビュタントの時も衣装の採寸から始まり、付けるアクセサリー、宝飾品類等段違いだ。正確に言えば衣装なんかはほとんどできているのだが、もうそろそろ終わりといえ、まだ成長期。ミリ単位で調整するのだ。

 さらに今回は女公爵への就任式も同時に行われる。一緒にしなくてもと思わなくもないが、じゃあ別々にやるとなるとそれはそれで面倒臭い。

 私は疲れた体を引きずるようにして、地下の共用スペースまで行き、ソファーに腰を下ろす。股を大きく開き、腕をソファーの後ろに回し、だらしなく座った姿は、若い女性、それも高位の貴族の息女とは思えないものだろう。


「疲れたわ。私の疲労ゲージはもう0よ」


「生きているし、3分の1以上は残っているけどね」


 そう答えたのはテッセラだ。テッセラはダンジョン攻略が基本的に終わったので、最近は地下室で事務処理をしていることが多い。私がやってきたときは話し相手にもなってくれる、できた娘だ。


「それじゃあ、その内死ぬわ」


 私は十分に休んでも、疲労ゲージはせいぜい半分ちょっとしか回復しないのだ。そして回復する手段は休むしか今のところない。


「はあ。仕方ないわね。明日は私が影武者をやってあげる」


「さっすが。私はそう言ってくれると信じてたわ」


 私は姿勢を正しテッセラを褒める。


「それぐらいは元々その為に造られたんだから良いけど、結婚式や就任式は流石に任せないわよね」


「まあ、それは本人が出ないと、何が起こるか分からないからね」


 これから先は未知の部分が多い。未知というより何処かどう分岐するか分からないと言った方が良いだろうか。何せストーリーを進めるはずの主人公がいないのだから。


「ちなみに、あの屑王子と本当に結婚するの?」


「まあね。最初はむかついたけど、考えてみればこちらを見下していたからこそのセリフだったし。最初に上下関係を分からせてやれば、結構どうにかなりそうな気がするのよ。前世でもコネ入社のはねっかえりの新入社員はいたし、立場を利用して迫ってくる取引先のセクハラオヤジなんかよりましなんじゃないかしら。贅沢言ってたら今の世界はアッという間に行き遅れだしね」


「それもそうね。また、ひれ伏せさせて、ヒールで頭を踏むの?」


 テッセラはちょっと考えて言う。


「あの魔法は使うけど、頭までは踏まないわよ。バモガンの時はちょっと特別よ」


 あの魔法は使う条件は厳しいし面倒だが、相手の自尊心を折るには最適な魔法だ。仮に同じ魔法を使えたとしても私には効かないし、逆にその魔法の難易度を知ったら余計に私に恐れを抱くだろう。


「屑王子よりバモガンをどうするかが問題なのよね。死刑は確定だけど、ただ殺すだけじゃ生易しいし、かと言ってしらふの状態で残忍な刑は行うのはちょっとねぇ」


「アンデットには、けっこう酷いことやってたみたいだけど……」


「アンデッドにはね。ホラーは良いけどスプラッターは苦手なのよ」


 テッセラにはその辺りが分からないようだ。まあ恐怖というものが無いので仕方がない。


 

 そんなこんなで、時には愚痴を言い、時にはホムンクルス達に影武者になってもらい、ゆっくり休むなんてことをやっていると、アッと今に結婚式の日が来てしまった。

 結婚式なんて出席した事しかない。友人としてや上司としてスピーチも何度もやったけれど、自分がやるとなるとこんなに緊張するものだとは思わなかった。

 ネズミーランドのパレードのような感じで領都の大通りを進み、街を一周する。正に気分はシンデレラ。流石に横にいる王子様もわざわざこんな場面で私に向かって暴言は吐かない。仏頂面で民衆を馬鹿にしているのがまるわかりなのはいただけないが、顔だけは良いので何とかなっているだろう。

 そして教会まで進む。教会に着いた後はごく一般的なキリスト教を模した結婚式だ。礼拝堂の中は親しい、もしくは重要な貴族たちしかいない。そこで神の前で愛を誓いあい、指輪を交換し、キスをする。一瞬デビュタントの時を思い出し嫌悪感が出るが、それを押し殺す。

 私が我慢したからか、それとも王子が意外に黙っていたせいか、結婚式はスムーズに終わった。

 ほっとする間もなく今度は就任式だ。今度は私一人の式である。普通の貴族は王国の使者の元、王国に忠誠を誓うがウィステリア家だけは変わっている。私は今度は城の中にある礼拝堂の中に入り、神の像の前に行き、騎士のように片膝をついて誓う。


「私はこのウィステリア領を守り、発展させ、それをもって王国に寄与することを誓います」


 そう誓うのはウィステリアの発展。王国はその次なのだ。そして王国に従うようで、その実、王家に対しては忠誠を誓ってない。それはウィステリア家の成立の経緯を考えたら当たり前の事だが、中には不敬だと思う者も居る。だが千年以上続く伝統がその声を黙らせている。

 そして、大広間の雛壇にある豪華な椅子に座れば式は終わりである。椅子に座った後、上位貴族からお祝いの挨拶をしてくる。本来なら夫になったラハンシドと義父のバモガンが最初にあいさつに来るのが筋というものだが、来ないので先に進ませる。ウィストリア公爵家に縁の有る高位の貴族たちは、義父や夫になる王家の者と私の微妙な関係を、何となく察しているので、最初は戸惑ったものの式は進んでいく。

 そして最後の者の挨拶が終わり、これから舞踏会に移ろうという時だった。広間に甲高い悲鳴が聞こえる。それは広間に隣接している、控室の方からした。近くの者が扉を開けそのまま固まっている。次々に人が押し寄せるが同じように固まっている。

 私は人をかき分け、控室の中を見る。そこには血を大量に流して倒れている夫と血の付いた剣を携えた義父が立っていた。私は他の者と同じように状況が呑み込めず固まった。

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