第49話 公爵令嬢、聖者(偽)になる
ドラゴンの死骸をロジーレ副魔術師団長に収納してもらった後、改めて私は話し始める。騎士達は私を前に片膝をたて、跪いた姿勢を取っている。
「義父のやり口は身に染みたでしょう?今回は何とかなりましたが、何時までも誤魔化せるものでもありません。それでも騎士の誓いを神聖視し、命を粗末にするつもりですか?騎士の誓いとは命を無駄にするものではなく、命を賭けても何かを為すために有るのでは無いのでしょうか?」
私の言葉を騎士達は静かに聞いている。そしてしばらく言葉を発しなかった。心の中で葛藤しているのだろう。本来ならあのマジックアイテムを使ったと言う事は、死よりも私への忠誠を取ったと言う事になるのだが、あの状況では渡したキザラート騎士団長の独断だったと思われる。
「あのアイテムを渡した時に、使った時は私に忠誠を誓うように言いましたが訂正します。私の手助けをしてもらえませんか?もちろんできる範囲で構いません」
私は助け舟を出す。いや思考の逃げ道といった方が良いだろうか。どんな時でも完全に逃げ道を防いではいけない。部下を叱るときの基本だ。
「失礼ながら、お嬢様にこの様な力があることを存じ上げておりませんでした。その上で申し上げたいのですが、何故に私共の力を必要とされるのでしょうか。お嬢様の力があれば私共の力は必要ないと思われますが」
キザラートが姿勢はそのままに顔だけを上げて私に問いかける。
「戦闘という意味ではそうですね。見ての通り私はあなた方より強いです。ですが、私の身体は一つです。ここまで旅をしてきて公爵領をどう感じましたか?私は周辺部の復興に力を注いできました。ですが、それは私一人の力でなしたことではありません。数多くの私の考えに賛同する同志によるものです。ですが、それは公爵領の主要部分には及んでいません。何故なら豊かになっても公爵代行である義父がその分を奪うからです。その力の一端を担っているのは残念ながらあなた方騎士団です。身に覚えがあるのではないですか?」
暴動の鎮圧、徴税人を含め役人たちの護衛、納められる税金の護送、治安維持の名の下力を見せつけるための巡回、なにがしかの形でかかわっていない騎士はいないはずだ。
しばしの沈黙の後、副騎士団長であるジフロネットが顔を上げ口を開く。
「申し訳ありません団長。私は騎士団を退団し、セシリア様に仕えたいと思います。もう哀れなご令嬢を運ぶような仕事はしたくありません」
ジフロネットが言い終わるとほぼ同時に今度は参謀長のヨデルナが顔を上げて言う。
「申し訳ありません。私もです」
「私も老い先短い命、有意義に使いとうございます」
「私も恩があるのは公爵家の先祖。言うなればその血こそ大事。どこぞの馬の骨とも分からぬものには恩はありません」
「私も常々考えておりました。今の公爵領のありようを見て公爵代行に従うのが正しいのかどうか。ご令嬢が復興した村々を見て確信しました。否であると」
ルーシェズ魔術師団長、ロジーレ副魔術師団長、レルニート魔術師参謀長が次々と頭を上げ私に賛同する声を上げる。嬉しいがちょっと待ってほしい。退団してもらっては困るのだ。
「ちょっ、おまえら、俺が悩んでる間に次々と……」
キザラート騎士団長が恨めし気に他の者を見た後、バツが悪そうに立ち上がり、気をつけの姿勢をとる。
「えーと、その、何と言いますか。マジックアイテムを使用した段階で、私は死を覚悟しておりました。というより死んだと思ったのです。使用していなければここにいる全員死んでいたでしょう。命が助かったその時から、私は貴方様にお仕えしようと考えてました。そして、ここにいる全員が実は同じ考えだったこと嬉しく思っております」
キザラート騎士団長に向かって、皆が一斉に私の目を憚らずジト目を向ける。それが分かっているのか、団長の額から一筋の汗が流れ落ちる。
「有難うございます。皆様。ですが、先ほどももしました通り皆様が今の地位を捨てることはありません。出来ることからやっていきましょう。他の人達もそれぞれ力を合わせてここまで来たのです。その地位でしかできない事もあります。何よりも、義父の手の者が騎士団の上層部に座ることは好ましくありません。良いでしょうか?」
「「はっ!」」
全員が立ち上がり敬礼をする。どうやらうまく味方になってくれたようだ。後ほんの少しでもキザラート騎士団長がアイテムを使うのを躊躇っていたら、ここにいる者は全員死んでいただろう。騎士団長の決断に敬意を払いたい。
「ではまた領都で会いましょう」
そう言って私は地下室へと戻る。地下室へ戻ると、早速テッセラが聞いてくる。
「どうだった?」
私はにっこり笑い両手を挙げる。テッセラも私の意図が分かり両手を挙げ、ハイタッチをする。
「思った以上の結果だったわ。結構危なかったみたいだけど。結果オーライよね」
「よかったわね」
テッセラも一緒に喜んでくれる。ようやく騎士団と魔術師団への足がかりが出来たのだ。その日は嬉しさのあまり少し興奮し、眠るのが夜遅くなってしまったほどだった。
数日後、私は雷竜デニュゼストの元を尋ねた。
「こちらの要望に応えてくれてありがとう。計画はこれ以上ないほどうまくいったわ。これはお礼よ」
そう言って私はデニュゼストに雷のブレスのタリスマンを差し出す。その名の通り雷のブレスが増すものだ。竜変化をした時に雷のブレスの威力が+10%上がるが、私はまず使わない。しかしデニュゼストにとっては喉から手が出るほど欲しいものだろう。
「おお、こんなに良いものを。そなたに礼を……申し訳ありません。貴方様に、礼?いや、御礼を申し上げ奉ります?……」
「いや、前にも言ったけど、無理にへりくだる必要は無いから。侮ったような言動をとらない限り、咎めたりしないわ」
そう、私とデニュゼストは協力関係にある。領内のアンデットと協力しているのに、知性のあるドラゴンと協力できないはずがないのだ。
「じかし、思ったよりレベルが高くて少し驚いたわ。貴方少し危なかったんじゃない?」
倒したドラゴンのレベルが40、デニュゼストが45。場合によっては1対1でも倒される可能性があったはずだ。
「それを言われると面目ない。テッセラ殿に負けて以降、不穏分子が勢いづいてな。困っておったところに、そなたが提案がきて、正に渡りに船だったな」
不穏分子とはこの領域の警備を担当するリーダーだった。団長たちがユエナ平原に入ったら、かなりの確率で遭遇する者達だ。情報をリークしていれば更にその確率は上がる。私はそのリーダーを殺し、部隊を痛めつけたわけだ。
「おかげであれ以降、この領域も平穏を取り戻した。儂からも心ばかりの品を渡そう」
そう言ってくれたのは雷竜の逆鱗、ただの鱗ではない逆鱗である。かなりレアな素材だ。
「もちろん儂のものではないが、そこそこの強さを持ったものの鱗だ。希少価値は有ろう」
どうやって取ったかを問うというのは、野暮というものだ。
「ありがとう」
私は礼を言ってこの地を去った。
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