第9話 公爵令嬢、創造主になる

 私は地下室へと転移した。かなり時間が経った気がするが、実はまだ昼の3時にもなっていない。ただ、1食抜いただけだというのに、ものすごく腹が減っている。


(街に出た時に買っておけばよかったかな)


 そう思うも、考えてみたら街で食べれる食事は酷いもので、残飯よりまし、といったものだ。まともな食事は、まともな料理人が雇えて、まともな食材を手に入れることが出来る、金持ちか貴族しか食べることはできない。この辺りも実権を手に入れたら改革しようと思う。何はともあれ3時のおやつを幾つか、ドッペルゲンガーに隠して持って来てもらうことにし、私はホムンクルスの製作に取り掛かる。


 先ずはヘルハウンドの解体だ。ちょっと身構えて取り出したのだが、思ったほど臭くは無かった。この地下空間に悪臭が充満すると、ちょっとドキドキしていただけに嬉しい誤算だ。

 丁寧に血抜きをし、肉を切り始める。このあたりの知識は技能レベルによるものが大きいが、前世の知識で役に立つところもある。体の構造自体は犬とそう変わらないし、一応魚なら捌いた経験も有る。後は本でかじったサバイバル知識だが、これも意外と馬鹿に出来ない。

 サイズがサイズだけに、全身血まみれになりながらも、必要な分だけの骨、肉、心臓を切り出す。結構立派な魔石も手に入れたが、今回は使わない。

 疲労ゲージはまだ半分以上残っている。ヘルハウンドとの戦闘は精神的には堪えたが、結果だけ見ればノーダメージの完勝だ。そんなものかも知れない。

 流石に汗と血にまみれた状態は、ちょっと気持ちが悪いので、私は洗浄魔法で汗と血糊をきれいに落とす。


 SF映画でよく見る横型の培養ケースのような物に、複数の薬草で作った薬液を満たし、そこに水銀、銀、金、ミスリル、オリハルコン等の材料を入れ、容器の表面に描かれた魔法陣に魔力を込めていく。ちなみに流石にこの容器は売っていなかったので自作だ。入れた材料が程よく混ざったところで、今度はヘルハウンドの素材と私の髪の毛を一房入れる。暫くすると心臓が人間の大きさと同じになり、脈打ち始める。それが合図のように血管が広がり始め、骨ができ、その周りを筋肉が覆っていく。一度眩しく光ると、そこに私そっくりの少女が現れた。取りあえず外見は成功だ。

 ホムンクルスは、ぱちりと眼を開くと私を見つめる。私がケースの蓋を開けると、彼女はゆっくりと起き上がった。勿論素っ裸であり、薬液に濡れた体はまだ少女だというのに、女の私から見ても妙に色っぽい……そう思うと自画自賛の様で何とも言えない気持ちになるが……


「そんなにじっと見なくても良いじゃない。流石にちょっと恥ずかしいわ」


 そんなセリフを吐きつつ、少しも恥ずかしそうなそぶりを見せず、ホムンクルスは堂々とした素振りでケースから足を出し、外にでる。


「ごめんなさいね。あんまり綺麗だったものだから」


 ホムンクルス相手に、私は何を言ってるんだろうか。


「それは自慢?私はあなたのそっくりさんなのに。まあ、確かに自分でも可愛いなとは思うけど」


 ホムンクルスはそう言って、とろけるような笑顔でニッコリ笑う。


「あ、あなたちょっと性格が悪いんじゃない?」


 私は慌ててそう答える。


「そうかしら?基本的な性格は貴方と同じはずだけど……強いて違いを言えば恐怖心が無いのと、貴方に絶対服従するって事ぐらいじゃないかしら。心配しなくても貴方が創造主だもの、死ねと言われれば躊躇いもなく命を絶つわ。そう造られたんだもの」


 恐怖心が無いのは、私がそう望んだからだ。恐怖心はオリジナルである私が持っておけば十分なもので、ホムンクルスには必要ないと思ったためだ。その影響か、心なしか私より仕草が堂々としている気がする。もっと言うとこの世界のお嬢様っぽい。

 念のためステータスを見てみる。確かに強いが、私ほどじゃない。でも何となく私より強者のオーラを出している気がする。


「タオルと服が欲しいんだけど……影武者にしたいんでしょう?」


「そうね。ちょっと待って」


 私は慌てて収納魔法を使い、ドレスと下着一式、タオルを取り出す。そして、タオルで丁寧にホムンクルスの身体を拭くと、下着とドレスを着せる。面倒臭いことにこのドレスは一人ではちゃんと着れないのだ。しかしここには私とホムンクルスしかいないため、自然と私が着せることになる……ん?


「あなた、魔法に関しては私と同じくらい使えるんだから、魔法で服ぐらい作れるんじゃないの?急いで入れ替わる訳じゃないんだから、シンプルなドレスで十分なんだし」


「勿論作れるわよ。でも、服は着せてもらうのが当然じゃないの?」


 ホムンクルスは悪びれもなくそう答える。正論だ。この世界の常識で考えれば、彼女の方が正しい。釈然としないけれども。


「まあ、いいわ。貴方の身体のチェックにもなったし。ちょっと恥ずかしかったけど……」


 自分そっくりの身体を隅々までチェックするというのは、なかなかに恥ずかしいものだった。


「後は、2人でいるときの名前を決めないとね。流石に同じ名前ではやりにくいわ。エナで良いかしら?」


 ギリシャ語で1を意味する言葉だ。安直だが響きがいい。


「勿論よ。マイマスター」


 エナはそう言って、背筋を伸ばし、スカートの端を持ち上げ、片足を後ろに下げながら、腰を落とし、美しいカーテシーで挨拶をする。何とか主導権をこちらに持ってこれた……気がする。


「良いわね。さて取りあえず今日はあなたにやってもらう事は無いわ。私も大分疲れたし」


 なんだかんだで疲労ゲージは残り4分の1ぐらいまで減っている。今日はきちんと休もう。私はドッペルゲンガーが持ってきたお茶菓子を食べた後、入れ替わり、たっぷり夕食を取り、ゆっくり風呂に入り、ふかふかのベッドで眠りについた。



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