第7話 公爵令嬢、良客になる

 この移動魔法は、広大なオープンフィールドを有するゲームでは必須といえる魔法だが、実は主人公クラス以外は、私にしか使えない。後、何処にでも移動できるわけではなく、所謂セーブ地点にしか移動できない。しかも、一度は行った場所でなければならない。この様な制限はつくが、元が死にゲーといわれるだけあって、セーブ地点は至る所にあるし、私は前世でこのキャラクターでゲームをクリアしたせいか、全地点に移動できる。これは非常に助かった。現実に自分の身体でやるとなると、全地点の開放など、考えただけで気が遠くなる。


 私は薄暗い裏路地を歩き出す。時折人とすれ違うが、皆痩せこけ、精気のない目をしている。空は雲一つ無い晴天だと言うのに、陰気な雰囲気を醸し出している。その原因が、太陽のすぐ横にあり、太陽を3分の1程隠している真っ黒な月だ。ダークムーンの世界の象徴とも言えるものだ。ただ、これは実は衛星ではない。結構低い位置(といっても、通常の方法でたどり着ける高さではないが)に有る、異世界に通じる穴だ。この惑星を回ってる訳ではなく、常に惑星と太陽の間に有る。なので何時も太陽を一部隠しており、真っ黒な月のように見える。


 私は一軒の店に入る。店といっても、看板なんて出ていない。一見すると、他の家と同じように見える。

 中に入ると怪しげな器具や、瓶に入ったこれまた怪しげな素材や薬品なんかが所狭しと並んでいる。


「おや?こんなところに若いお嬢さんが何のようかね?」


 店の奥からしわがれた声が聞こえる。この店の店主である老婆だ。


「勿論、買い物ですよ。このメモに書いてるものを全て下さいな」


 そう言って私はびっしりと文字が書き連ねられた一枚の紙を差し出す。老婆はしげしげとメモを眺める。


「機材は有るが、素材を全部そろえるのは無理だねぇ。それに、揃えられるものだけでも銀貨1000枚近くはいくよ。お前さんに払えるのかね?」


 老婆は疑わしそうに私を見る。銀貨1000枚つまりは金貨10枚だ。余裕で払えるが、今の私の見た目は、平凡な町人の少女である。老婆が疑うのも無理はない。


「問題ないわ」


 そう言って私は懐から金貨を10枚取り出す。


「おつりはいいわ。この店にあるものは全てちょうだい」


 老婆は金貨をしげしげと眺め、手に取り調べ始める。ちょっと失礼な行為だが、仕方がない。一般庶民にとって最高額の通貨は銀貨であり、金貨など一生お目にかからないものも多いのだ。ただここの店は高額商品を扱う事もあって、見たことがあるようだった。


「本物のようだね。驚いたよ。金貨なんて見るのは何年ぶりの事かねぇ。それもあんたみたいな小娘が持ってくるなんてね。ああ、詮索はしないよ。余計なことは知らないのが長生きする秘訣だからねぇ。ひひっ」


 老婆はにんまりと笑うと、棚や奥の倉庫らしきところから、機材や素材を取り出して、カウンターの上に並べていく。カウンターが埋まると空いているテーブルの上に並べ始める。


「これで、メモに書いてあるもので、この店にあるものは全部さね」


 並べ終わった後、老婆はそう言う。私はしげしげと並んでいる物を眺める。確かに機材は全部あるようだ。素材は植物や鉱物関係のものは有るが、モンスター関連のものは全くといって良いほどない。これはこの世界の職業構成によるところが大きい。

 この世界は所謂冒険者という職業が存在しない。勿論魔法使いや戦士、神官などといった職業はある。ただ、彼らはエリートであり、基本的に貴族に仕えている。フリーの者などまずいない。数少ないものは、危険な実験をして追い出された者、乱暴を働いて首になった者、夜盗崩れの傭兵など、殆どが犯罪者だ。彼らが組織する犯罪組織は有るが、冒険者ギルドなんて便利なものはない。ただ、彼らも犯罪ばかりしている訳ではなく、たまにはモンスターや野獣を倒して換金したりはする。モンスターの素材はそういった経由でしか殆ど出回らない。なので、圧倒的に出回っている数が少ないのだ。


 私は仕方がないと思いつつも、少し落胆する。ホムンクルスを作るのに、肉や骨が必要だ。そしてそれは、使用する元のものが、高ランクであればあるほど強力なホムンクルスが出来る。その辺の家畜を使ったところで、姿は兎も角、中身は馬鹿で貧弱なホムンクルスしかできない。多少は希少な鉱物や植物を使うことで底上げはできるだろうが、元が低ければたかが知れている。


「言っておくが、この手のもので、この街で一番品揃えが良いのはうちだよ。仮にたまたまうちに無いものが有るとしても、ドラゴン由来のものが売っているなんて、聞いたことないね」


 私が落胆してるのを悟ったのか、そう老婆が説明する。うん、それは知っている。だからこの店に来た訳だし……しかし、自分の影武者を作る以上、最高の素材をそろえたかったので、万が一に期待しただけだ。


「分かっているわ。ありがとう」


 そう言って、私は品物を次々と収納魔法で作った空間に入れていく。入れていくついでに品質も確認するが、どれも悪くはない。その中にメモになかったもの、ヒーリングポーションが混ざっていた。


「ヒーリングポーションは頼んでないけど?」


 私は老婆が間違えたか、と思って尋ねる。


「少々貰いすぎたからね。サービスさ」


「あら、まっとうな商売をしてるのね」


 この世界、詐欺やぼったくりは当たり前である。この店で売っている値段が適正価格とか、まっとうな商売をしているとか、そういった設定は特にしていた覚えは無かったので私は少し驚いた。


「ひひっ。長く商売を続けるには、まっとうにやるのが結局一番さ。若いもんにはなかなか分からないようだがね。特にあんたみたいなお得意さんになりそうな者には、サービスもするってもんさね」


 そう言って老婆は笑う。ニヤリという擬音が聞こえてくるような笑い方だけども……ただ確かに好感は持った。経済を回すための足がかりに使う店としては優良物件だ。私は満足して店を出た。



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