第19話 急速充電モード【※※※美香子視点】(閲覧注意)

 美香子の痛みは和らいできていた。

 ほのかによる治癒魔法が効いてきたのだ。

 それによって、少しは物事を考える余裕がでてきた。

 美香子は、倫理観が壊れていて破滅的な人格をしている邪悪な人間ではあったが、馬鹿ではなかった。


 自分の命の危機である。


 パニックにならず、冷静さを取り戻そうと努力する。

 まず、目の前にいるフリフリフリルのロリータファッションの少女。

 ふざけた格好をしているが、こいつがこのダンジョンのダンジョンマスターであることは間違いないだろう。

 このダンジョンの主がロリータファッションをしている、という話はかなり有名だった。


 そして、その傍らには……。

 美香子たちが追放した、パーティの元メンバー、慎太郎。

 こいつ、生きていたのか? それとも死んでからダンジョンマスタ―に操られているのか?

 そして袖口から覗く腕が白骨化しているほのか。こいつは明らかなアンデッドモンスターだ。

 さらにはついさきほど殺し損ねた桜子。

 まるで風呂上がりのような血色の良さ、間違いなく生きている。


 なんてことなの、と美香子は絶望感に襲われた。

 ダンジョンマスターはもちろんモンスターどもの親玉だし、慎太郎もほのかも桜子も、全員美香子を心底憎悪しているであろう面子だ。

 ここにいる誰一人として、美香子を許そうとは思わないだろうし、殺すことをいとわないだろう。


 だが、少しは希望がある。


 慎太郎もほのかも桜子も、美香子や和彦や春樹のような、この世界に正義など存在せず法もなく倫理もないと思っている人間ではない。

 ただの幻想にすぎない『善』とかいうものを、少しは信仰しているバカどもだ。

 そこをピンポイントでつくのだ。


 憎悪をあおってはならない。

 逆に、奴らの憎悪を満足させろ。

 愚かで哀れでどうしようもない姿を見せつけてやるのだ。

 そして私を軽蔑させ、見下し、憐れむように誘導するのだ。

 殺すにも値しない人間だと思わせるのだ。

 美香子は痛む身体を無理やり動かした。


「あぐぅぅぅ!」


 思わずうめき声が出る。

 その声をわざと聞かせてやる。

 顔を上げる。

 慎太郎と目があった。

 相変わらず冴えないツラしてやがる。

 そう思いながら、美香子はぷるぷると身体をふるわせて見せた。


「怖いよ……怖い……慎太郎……くん、私を、殺す……?」


 即座にうなずく慎太郎。

 くそっ、そうだよな。


「許してくれないと思う……。ごめんなさい……。怖いの……。すごく痛いの……。慎太郎君、痛いの……。痛いよぉ……怖い……怖い……」


 すがるような表情をつくり、慎太郎に訴えかける。


「私が悪かったの……。ごめんなさい……許されないから、ここで殺してください……和彦と春樹に犯されて動画取られて脅されてたの……。ね、ほのかさん、ごめんなさい、毒は私が作りました、脅されたの、何度も何度も犯されたの、私も頭おかしくなっていうこと聞くしかなくなってたの、でも、どんな理由があっても悪いことをしたの、私はどうやったって許されないことをしたの、殺して……もう、レイプされるのも、誰かを傷つける手伝いされるのも、いやなの……殺して……」


 さあ、どうだ!

 普通の人間なら、普通の人間ならこんなこと言われて、はい殺しますってなるか?

 ならんだろ!

 慎太郎なんて他人の過ちは結局は許しちゃう甘ちゃんタイプだからな!


「えっと……ほのかさん、どう思う……?」


 ほら!

 ほらほらほらぁ!

 迷い始めた、人に意見を聞きはじめたぞっ。


「うーん、私はもう取り返し付かないし、この子を殺さないと私の中でけじめがつかないよ……」


 ほのか、くそ骨女め!


「ごめんなさぁい……殺していいです……でも、こゎぃの……ごめんね、私が悪いのに、ごめんね、でも死ぬのが怖いの……怖くないように殺してください……ごめんなさぁい」


 美香子は額を床にこすりつける。

 少しでも良心が残っていたら、ここまで全面降伏している人間を殺すなんてできやしねぇだろぉぉぉ!

 桜子の表情をちらっと見る。

 あ、桜子の馬鹿、私の姿を見ていられなくて目をそむけてやがる、ほんとに馬鹿だなあ、このくらいの演技、命がかかっていたら普通するっての!


「痛い……痛いの……」

「うーん、まー俺も人殺しなんてしたことないし、その一線超えたら戻ってこられないし……どう思う、ほのかさん、桜子」


 そうだそうだ、イイコだ慎太郎。

 命さえ助けてくれたら一発や二発やらせてもいいんだよ、まあそれを今いうと多分雰囲気的に桜子が逆上しそうだから(女だからこういうことには気が付くんだ)やめておくけどさ。


「ま、まあね、私も別にねー。人殺ししたいわけじゃ……」


 その桜子が口ごもりながらいう。

 その調子だ!

 と思った瞬間。

 いきなり服をめくられた。

 美香子は一般的な女性僧侶職が着る衣服を身に着けていた。

 それをぺろんと裾からめくりあげられたのだ。


「おー、治ってる治ってる。こっちのタブレットはさー、ライトニング端子じゃないと充電できないんだよねーふべんだよねー」


 なんか幼い声が聞こえたと思ったら、お尻に激痛が走った。


「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ!」


 声が出る。

 痛い痛い痛い痛い、なになになになに?


「ご先祖様、勝手に充電しないでくださいよ」

「大丈夫、これで死にはしないから」

「じゃあいいですけど……」


 よくないよくないよくない

 おいこらロリータ、これ内臓ひっくり返るような痛みがあるぞ、痛みがあるってちゃんと慎太郎に説明しろ、じゃあいいですけどじゃない、よくないよくない、いてえぞおい、おい、


「し、しんた……あ、あ、あ、あ、あ」

「うーん、急速充電モードにするか」


 バカやめろ痛い痛痛痛痛痛痛痛痛痛いいたいめくれるめくれる内臓がめくれるやめろろろろろろろろ


「あっばあbっばばばああ」

「ほらみてみろ、よだれ垂らして気持ちよさそうだろ? きっと痛みはないんや、しらんけど」


 しらんけどってしらないならてきとうなことをしゃべるなななないてててtアアアアアィィアア!!!

 鼻血が噴き出た。

 そのせいで息がしづらくなる。

 全身が不快に痙攣し、意識とは関係なく歯を食いしばってしまう。

 その力があまりに強すぎて、バキンッと音をたてて奥歯が砕け散った。

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