命を呼び戻す者

 吹き抜けになった大理石の古い建物。その中は螺旋に階段が張り巡らされ、石の壁にはその階段にそって本棚がずらっと並んでいる・・・。

 大理石で出来ている建物は温度と湿度が一年中安定しており、古書の保存には適しているからだ。

 ここは王立図書館。城と併設している巨大な塔。

 国で管理を実施しており、この国の王が力で集めた世界中の本が収められている。

 中には今の文明では読むことのできない古代文字で書いてある本もある。

 ゆうに1000年・・いやそれ以上の本もあるのかもしれない。

 魔法大国より譲渡を受けた加護の力を宿した石が天井に吊るしてあり、この石の力で本の劣化を極限にまで遅くしているらしい。


 この図書館に入れるのは基本的に王族だけだが、市民も入ることができる。

 ただし許可制で多彩な知識や技術に関する試験を受けてもらい、それに合格した者は自由に入ることが許される。

 おもな理由はそれ相当に才能のある者がさらに知識にふれ、より高みにあがること。

 それがそのまま国力に繋がる・・そういう理由だろう。


 そしてその図書館の螺旋の階段を本に触れながら歩く一人の美しい少女がいた。

 白いローブをまとった金髪の女性、グレイの妹のシィタだ。

 目についた本を手に取り、左手にかかえて階段を下っていく。

 最下層には幾多に机があり、そこに座って自由に読むことが可能だ。

 シィタは席に着くと、数冊あつめた本を広げて読書を始める。

 彼女はグレイに会う前の記録は失っている・・失ってはいるが自分ができる事・・力になることはしっかりと覚えていた。

 彼女はこの世界に数少ない精霊術師だった。


 この世界には2つの術が存在する。


 ・一つが魔術

 ・そして精霊術


 術師は大半が魔術師・魔法使いで占める。魔法大国が存在し優秀な魔術師が多数生まれ、世界に散り、そして色々な力を広めていた。この国にも魔術師の部隊も存在する。彼、彼女らはまずほとんどが魔法大国出身、その国の学校の卒業生。

 そして、精霊術。これはその家族内で伝えらえるもの。なのでその家族の後継だけが使えるものなのでほとんど存在しない。

 その原因は魔術と精霊術の根本的な違いにある・・特に精霊術は・・。


 シィタが本を次々と開いて指で字をつたいながら読んでいた。彼女が読んでいたのは精霊術にまつわる本。古代語で書かれており基本的にこの国の人で読める人はいない。

 しかし、シィタは意識しないで読めるのだった。

 (・・なるほど・・自然干渉、物質干渉、この繋がり方で繋がるのね・・私は・・なぜか治癒の精霊術しかつかえなかったから、攻撃系精霊術が使えればねぇさまの力にもっとなれる。そしてもっと遠くにいけるようにはるはず・・うん・・うん・・そうか・・このように伝えればいいんだ・・)

 その本を読み終えると本を閉じる。閉じた瞬間に大量の埃が舞い咳き込むシィタ。

 「う・・けほ・けほ・・」

 涙目になりながら頭をあげ、手で鼻をふれながら正面をみると暗闇の隅の机に一人静かに読書をしている人がいた。

 一瞬どきりとしたシィタだが、熱心に読んでいるその人をみて邪魔をしてはいけないと咳き込まぬように唾を飲み込み、落ち着かせる。

 そしてその人の様子をそっとうかがう。

 (・・人間の女性・・同じぐらいかな・・綺麗な栗毛・・珍しい・・)

 その女の子は黙々とその本をくらやみで読んでいた。

 (まっくらで見えなくないのかな・・私は鳥目だからここで読書するときはランタン持参だけど・・)

 その女の子は急に思い立ったかのように席をたち、そのまま外に歩いていった。

 いま読んでいた本はそのまま。元あった場所にしまわずに。

 彼女のマナーの悪さにちょっといらだちを覚えたシィタ。その本を片付けようと席をたち回収にむかう。

 「・・たく・・元に戻さないんだから・・って・・古代語・・よね・・この本」

 人間の女の子が古代語の本を読んでいたのに不自然に思うシィタ。人間が読めるはずがないのだが・・。

 「・・て・・これ・・私みたことないわ・・この本・・どこに・・」

 裏表紙を開く。図書館の本にはすべて管理番号がふってあるのだがこの本にはなかった。

 王国の本ではないらしい。

 (・・さっきのこの本なのかな。でもこのままおいていったら司書官に処分されてしまうし・・管理されてない本は図書館におけないから。私がもっといて彼女にまたあったら渡せばいいかしら。栗毛の子なんてめったにいないからすぐわかる)

 しかしシィタは見たことがない術書に興味をもった。かってに彼女の本を読んでしまうのはいけないことだとは思うが、今までみたことがない本・・きっと新しいことがかいてあるはずだと思ったのだ。

 そして席に戻りその本を開く。

 ページを開いた瞬間、シィタは青ざめるのだった。

 そして大きく喉をならし、時間をわすれその本を熟読した。


***


 時間を忘れ熟読したため日が沈みかけていた。街明かりが次々と落ちていく。

 この国は夜は存在しない。いつの日からか誰も何かにおそれ、夜に街を出歩く者はいなくなった。

 シィタは日が沈む前にグレイが待つ家に向かうために足早に森を抜けた。

 そのその森の中を歩いている間、足元に異変を見つける。

 ポタポタと・・赤い染みが土にしみついていた。

 座り込み土をつまみ、指でこする。

 真っ赤に染まる指先・・。

 (・・血・・まさか!)

 シィタを我を忘れ森を走りだした。術師な為、走り慣れてはい。しかし胸騒ぎが収まらない。

 (早く・・戻らないと・・早く・・)

 シィタの心の中には責任感・焦燥感が湧きあがる。

 図書館が一般人に公開される日は限られる。しかし、今日にかぎってグレイの国務と被ってしまう。妹のアクアもギルドの仕事が入っており外出していた。

 なので、シィタはグレイに無理をって二人の子供たち、セタとナナシーの子守を今回に限ってお願いしたのだ。

 セタとナナシーは図書館には入れない為だ。

 (ねぇさまに・・もしかして子供たちに・・なにか・・いや・・そんなことは・・)

 森を抜けて小高い丘が見え始める。その上に建つ夕闇に沈みだす我が家。

 薄暗いというのに明かりがついてない・・。

 シィタはわれを忘れるかのように家に向かって丘を駆けあがる。


***


 そして入口の前に立つ。乱れた息を落ち着かせた。そして扉の引き手を掴もうとした瞬間。

 ・・また心臓を揺さぶられる。

 ・・引き手は血で真っ赤に染まっていた。

 シィタは息を飲んで、扉をゆっくりと開く。

 ・・中は真っ暗だった。そしてその中ですすり泣く女性の声が小さく聞こえる。

 「・・ねぇ・・さま・・?」

 「ぐす・・ぐす・・あ・・しぃ・・た・・?」

 膝を抱えてうずくまっていた黒いかげがいっきに駆けよりシィタに抱きつく。

 「あぁぁぁ!!シィタぁぁ!!ごめん・・ごめんなさい・・!!」

 抱きついてきたのは姉のグレイだった。仕事に着ていく甲冑は・・血でうっすらと汚れていた。

 しかし彼女から出た血ではない。

 「ねぇさま・・落ち着ついて・・大丈夫・・大丈夫だから・・何があったの・・説明して」

 「ぐす・・私が・・しっかり・・セタとナナシーを見てなかったから・・」


 シィタはロビーの明かりを灯す。床にシーツが二枚魅かれ、子供ら二人に布がかぶされていた。その布は真っ赤に染まっている。

 ゆっくり膝をまげて布をまくり上げる。

 そこに現れたのは目に沢山の涙を溜め、口と鼻から血をおびただしくたらして息絶えていたセタだった。

 肩からお腹にかけて大きな裂傷がある。完全に致命傷だ。明らかに臓器に到達・寸断されている為、絶対に助からない傷だった。

 そして隣を布をあけるとそこにも同じく全身血らだけになったナナシーの姿だった。

 目立つ傷は腹部への裂傷だけだが、体とローブは真っ赤だった。倒れたセタをかくまったのだろうか。

 「セタ・・ナナシー・・ごめんなさい・・」

 シィタはそ悲惨な姿を見て、床にポタ・・ポタと・・涙が垂らし濡らしていく。

 グレイがうな垂れながらぼそりとつぶやく。

 「相手は・・わからない・・多分私への恨みだと思う・・私もなるべく甘く見られないようにしようとしてたから・・城の誰かに恨まれたのかもしれない・・けど・・」

 グレイはおもいっきりテーブルを両手で何回も殴る。

 「なんで!!なんでセタとナナシーを狙うのよ!!!私を殺せばいいじゃない!!」

 「ねぇさま・・落ち着いて・・」

 「落ち着いてなんか!!!・・そうね・・どうしようもないしね・・おきた事実は変えられない・・」

 グレイは椅子にすわると顔を伏せてひくひくと体を震わせ泣き続けていた。

 「ぐす・・今は暑いし・・早く埋葬してあげないと・・」

 憔悴しきったグレイを見てシィタもひどく心を落とす。自分が無理をいわなければ子供ら二人は死ななかったからだ。

 涙を流しながら、手に持っていた本をテーブルに置こうとした瞬間・・はっと気づく。

 そしてその本を開いて再度熟読を始めた。

 「ぐす・・なに・・シィタ・・こんな時に・・本を読んで・・後に・・しよ?二人の体を綺麗にしてあげないと・・」

 「・・いや・・ねぇさま・・この本・・知らない女の子忘れて行った本なのですが・・とんでもない事が書いてありまして・・」

 「・・とんでもない・・こと・・?」

 「・・はい・・命を・・命を・・呼び戻す・・精霊術式です・・」


***


 グレイは地下の倉庫から薬剤箱を急いで持ってきた。

 「・・ねぇ・・足りる?霊薬4本しかなかったんだけど・・」

 「はい・・多分足りると思います。あと強力な治療薬もありますよね」

 「あるよ・・数本」

 「水は・・水桶の中に・・ありますよね・・なら・・回復後の手当は可能かと・・」

 真顔になって身なりを整えるシィタに心配そうにグレイは顔を覗く。

 「ねぇ・・大丈夫なの?もしあなたに何かがあったら・・」

 そのグレイにシィタは笑顔で答えた。

 「大丈夫・・です。必ず旨くやります。ただ、やり終えたあとにねぇさまにご迷惑をおかけしますが」

 「そんな!!とんでもない・・シイタに無理をさせて・・」

 「いえ・・私も悪いのですから・・これくらいはさせてください」

 「うん・・じゃあ・・信じてる」

 そういうとグレイはシィタから後ずさりしてゆっくりと離れる。

 シイタはグレイが離れたのを確認すると黒龍剣を抜く。彼女にとってはこれが杖だった。

 そして精霊に問いかけるのだ。

 「・・よ・・・・・・・・・に・・・・せ・・願う、レストレーション!」

 シータがセタの体にふれ唱える。

 その瞬間、セタの体の裂傷がみるみるふさがり、そして皮がはっていった。

 それを見たグレイは息を飲んだ。

 「・・凄い・・これが・・本当の・・治癒の精霊術・・なの・・?」

 そして傷が消滅した瞬間、シィタの体はぐらりと揺れ倒れる。

 とっさにグレイがシィタの体を支えた。

 「シィタ!!!」

 「はぁ・・はぁ・・大丈夫です・・ねぇさま・・れ・・霊薬を・・」

 「あ・・うん・ゆっくり飲んで・・」

 シィタは霊薬を飲み干し、生命力を回復させた。そしてグレイからはなれ、最後の締めの命を呼び起こす精霊術の詠唱をする。

 『・・の・・・・よ・・・・・の・・・なり・・もどれ、リザレクション!』

 その精霊術を詠唱した瞬間、床からまばゆい光の柱が立つ。

 グレイが目を薄めてその様子を見ていた。床から這い出す緑色に光り輝く無数の植物の芽・・。

 そして光がやんだ瞬間。

 大きくセタの体が呼吸をするのを目にする。

 「・・は!!かは!!けほ・・けほ・・」

 セタは体を縮めて大きく咳をする。

 「はぁ・・はぁ・・ねぇ・・さま・・急いでセタに・・水を・・」

 「嘘・・セタ!・・生きて・・!・・あ・・うん・・すぐにセタに飲ませる!!」

 「はぁ・・あと・・霊薬も頂けると・・」

 「うん!はい・・ゆっくり飲んでね・・!」

 グレイがセタに寄り添い、手当をしている姿を見届けると、シィタは汗をかきながらへたり込んだ。

 そして自分の行ったことに驚くのだった。

 「・・す・・すごい・・精霊術は・・命も呼び起せるのですね・・」


***


 そしてナナシーも同じ手順で蘇生を実施。無事生き返ることができた。

 ただ二人は大量に血を消費していた為、すぐには完全には意識はもどらなかったが、取り合えず治癒薬を口に注いでゆっくりのませ、部屋に寝かせて回復をまつことにする。

 消耗が激しかったのはシイタのほうだった。完全回復するはずの霊薬を4本つかっても身動きが取れない状態だったのだ。

 ソファーに横になっていたシィタにグレイは寄り添った。

 「・・シィタ・・大丈夫・・?」

 「・・はい・・何とか・・本に書いてあった通り、命を削るのですね・・蘇生術は・・」

 「命を削る・・!?ほ・・本当に大丈夫なの・・?」

 「はぁ・・はい・・私は普通の人より丈夫なので・・ただ・・人間が行使すれば命を確実に落とすかもしれませんね・・」

 「でも・・シィタ・・弱っている・・」

 「大丈夫ですよ・・ねぇさま・・私はもう大丈夫なので・・二人の治療を続けてください」

 「うんわかった・・シィタ・・本当にありがとう・・ゆっくり休んでね・・」

 「はい」

 グレイはそっと数回シイタの頭をなでると、水筒などをもって二階に駆けあがっていった。

 シイタは大きくため息をつく。・・俯き・・そして少し暗い顔を見せるのだった。

 (・・でも・・かなりの代償は・・私にありますけどね・・)


***


 数日後セタとナナシーは回復し、起き上がって食事はとれるようになった。

 グレイが事の成り行きを二人に尋ねたがあの場に誘いこんだ相手の情報はわからずじまいではあった。

 その日以来、グレイは城に二人を連れて行くことはやめた。

 二人が生きていることをその何者かに知られるのはかなりまずいと思ったからだ。


 「・・で、シィタ・・そしてセタにナナシー・・いいかしら・・」

 『はい!』

 「この蘇生術の事は家族の秘密にします。これは誰にも知られてはいけない。世界の均等をくずしかねないことかもしれない・・うん、あとアクアが帰ってきたら事の事情をしっかり説明するから」

 「ですね・・でも・・本であるということは、他に行使につかわれている可能性はあるのではないのでしょうか」

 シィタはそうつぶやいた。

 グレイは手を組んで悩む。

 「そうね・・もしかすると国の上の方で・・もしくは私たちの知り得られない所で使われていたのかもしれない・・そもそもシィタの使う精霊術使いはほとんど存在しない・・というか私はシィタ以外の精霊術師に会ったことはないわ」

 「そうですね・・私しか・・」

 「・・・」

 「シィタ・・どうしたの?」

 「いや・・なんでもないです。ねぇさま」

 「そう・・ならいいだけど・・」

 シィタは内心はまだ穏やかではなかった。

 この本を所持していた栗毛の女の子・・。シィタ自分自身がしりえなかったもう一人の精霊術師の存在・・。

 彼女の存在はいずれこの家族に何かをもたらすことになる。

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