第39話 彼女は日本に来て、出会った②
「一介のジャーナリスト風情が数十年前に滅んだ国の取材に来ることが、どうして復讐になるのか、少し話をさせていただきます」
……ここ数十年、大国と言われる世界の国々は大企業の積極的な重用で国家体制を維持してきました。企業が国を支え、国が企業を支える。その図式自体は現代というものが始まって以来ずっと続いていましたが、日本が滅び、日本災害に関わる特別措置法が世界の大国で次々と施行されてから、その依存は加速しました。
日本の企業の特許や商標を無償で手に入れ、数千万人の日本人難民を言葉を、しゃべる備品程度に安く使い捨てる。その低コストは世界の大企業を大きく躍進させるとともに、いったん覚えた甘い果実の味は経営陣たちにとって捨て去ることのできない魅力的な麻薬でした。ある企業が人権意識に目を向けて適切な待遇を取れば、そこは競争力が落ち他の企業に取って代わられてしまいます。
十年ほど前に特別措置法を廃止する国が出始めた後も、企業は国家に対しての影響力を弱めず、難民である日本人が権利を主張してうるさくなると、自国の人間を安く雇用するようになりました。世界中の国々が、過去に積み重ねてきた人権意識や労働者の権利を棚上げしてでも企業の意見を通したのです。
イギリスやアメリカ、中国という日本に大きく関わった大国はいずれも、一部の特権階級と貧しい労働者階級の二極化がここ数十年でもっとも大きくなっています。国家やそれを司る政府への信頼というものが天秤の限界まで傾いている状態といえます。
私と同じように、現在の国のあり方、世界のあり方に疑問を持っている人たちがたくさんいます。直接的な暴力の行使には反対だけど、真実の報道によって世界を変えたい、そう思う人達が。そういった人たちの協力もあって、私はここにいます。
私は、母のように声もあげず、何も行動に移さずにただ黙って生きるつもりはありません。大塩健太郎を取材し、現在の世界情勢につながる日本崩壊自体が大国の描いた絵図だったこと、国民を守るべき政府のトップが自らの事情のために国を差し出したことが白日のもとにさらされれば、国民の不満が溢れ、なにか大きな事が起きるかもしれません。世界の現状を、変えることができる。私はそう、信じています。
リゼは話し終えた。その視線は四号と阿含を見ているようで、どこか遠くを見ていた。彼女がずっと胸に秘めていた夢を語っていたはずなのに、その声は怒りと焦燥、そして疲労がにじんでいるようだった。
「阿含さん」
リゼが言った。
「軽蔑しますか、私を。嘘をついて皆さんを振り回し、危険な場所に連れ出した私を」
阿含は、言葉を探しているように視線だけをめぐらした。四号は口を出さず二人を見ているようだ。
「リゼが、静岡に来てから俺も少し考えてる。自分のやりたいことはなんだろうってね。柄じゃないが、いろんな人間にモチベーションを聞いて回ったりしたよ。みんな、真剣だった」
阿含が四号をあごで示す。
「そこの怪人を含め、必死じゃないやつは一人もいなかった。聞いた中にはいいやつもいるし、俺から見れば悪いやつもたくさんいた。真剣に努力しているから正しいって訳じゃないかもしれないけど、それでも、前に進む姿は胸を打つ。だからリゼ、リゼが本気でそれをなしたいのなら、どんな協力でもする」
「現実には、失敗する可能性のほうが高いです。どんなに上手く行っても、何千万人、あるいは何億人に迷惑を掛けるかもしれない。私の、個人的な感情で、人が死ぬかもしれないと思うと、本当にそれでいいのかと、疑問が」
リゼが話し終える前に阿含が遮った。
「この日本でそれをいうか? 国が崩壊して、秩序もルールも全部ダメになって、だけど俺達は生きてる。何だってやってみりゃいいのさ。ニュース一つで“転ぶ”とは思えないけど、色々仕掛けがあるんだろ。大学で学んで、勝算があって日本に来てるんだろ。世界を変えるなんて格好いいじゃん。やるだけやって、だめなら逃げ出しちまえばいい。世の中自由だ、そうだろリゼ」
リゼは目に浮かべた涙を拭った。
「そうですね、ちょっと気後れしちゃってました。ありがとうございます。いつだって一歩前に、それが私です」
リゼはあごを引き、背筋を伸ばして四号に向き合った。
「私の動機は話しました。満足したなら大塩首相のデータをお願いします」
四号は肩をすくめた。
「やれやれ。もっと苦しんで良心の呵責にのたうち回る姿が見たかったんだけど……まあいいや。約束は約束だ」
懐から端末を取り出すとリゼのHBに近づけ、データを送信した。
「……それで、どうするんだい。今この村にいるのは、哀れな老人のコスプレをした怪人成りすましだけだ。もし君たちがジャーナリストや農協の人間として正義を執行すると言うなら、今日を置いてチャンスはないかもしれないけれど」
リゼはHBを素早く操作して、データが正しく受信できていることを確かめた。
それが終わると居住まいを正して四号に向き直った。
「私のジャーナリズムはひどく利己的なもので、正義を求めていません。それに阿含さんが所属する農協も、正義ではなく静岡に住む人、とりわけ農業従事者の安全や安心を守るために戦っています。そうですよね」
リゼは阿含を見た。阿含はそれに頷く。
「あと懸賞金な」
「それと、四号さんは賞金首にもなっていない。ですので、私たちは四号さんと事を構えるつもりはありません」
「あんたが周辺の村を襲って農協に依頼が出ればまた別だけどな」
阿含が言った。
四号は頷いて立ち上がりながら言った。
「分かった。静岡県民に恨まれないよう、せいぜい気をつけるとするよ。では、これでお互いに目的を達したわけだ。……ところで、ナイト君は腕を怪我しているみたいだし、外もじき夕方になる。どうだろう。今日はリゼくんと農協の皆さんでうちに泊まるというのは。先程も言ったが盗賊以外をもてなすのは久々だ。僕も栄子に成って、腕によりをかけた料理をごちそうするよ」
──ぎこちない沈黙の後、リゼが言った。
「せっかくのお申し出ですが、私は静岡市で急ぎの取材がいくつかあります。農協の他の方にも今回無理を言って来て貰っていますので、すぐにお暇しなくてはいけません」
阿含が口を挟んだ。
「あとそうだ、戦車は置きっぱなしにさせてくれ。後で買ったやつが取りに来る」
「戦車の件は了解した。残念だよ。一晩君たちと語らいたかったが。さてと、歳でね。膝が痛むんだ。見送りは勘弁してくれ。鍵は開けっ放しで構わない」
怪人ジョークだろうか。
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