第37話 怪人④
「HBのハッキング拡張機能をもらって私が最初にしたことは、静岡の総合病院のオールドデバイスのハッキングです。病院のパソコンは厄災以降誰も使う人がおらず、場所を開けるために倉庫に山積みにされていました。ちょっとお金を払ったら優先的に電力を回してくれましたよ。首相の電子カルテは固くロックが掛けられていましたが、HBを使えば難なく開けられました」
大塩首相は静岡の出身だ。自身の健康に不安があった際は、口止めできるよう息のかかった地元の病院を使うに違いないというリゼの推測は当たった。島田村の首相の実家も調査したかったが、放火により消失していた。
「スタンドアローンのデバイスか。考えもしなかったよ」
四号は嬉しそうに言った。
「次から誰かに成りすます時は、その辺も気をつける必要がありそうだね」
「それでは、質問です。先程も言ったとおり、大塩首相は厄災時点で末期の癌でした。ですが四号さんのお話では五年前の時点でまだ生きていた。それはどういうことでしょうか」
「それこそがこの話の面白いところさ。今、世界の特権階級が受けている長寿措置、知ってるかい?」
「HBの拡張機能にそういう物があるという話は聞いたことがあります。製品名3B(ルビ・スリーブレイカー)。ナノマシンを投与してHBでリアルタイムに監視して操作するとか。ですが、まだ実用前のテスト中だったはずです」
「長寿措置はとっくに実用されてるよ。大塩首相には厄災の前から投与されていた。まあ当時はHBもなかったし、機能もがん細胞を後退させる程度のものだったけどね」
「何十年も前じゃないですか。そんなことが」
「できるのさ。厄災が起きる二年以上前だ。アメリカとトルコの合弁企業アララトが国を売る見返りに大塩にもたらしたのが3Bだからな」
四号は言葉を切ってリゼを見た。
「なぜ知ってるって顔だね。僕は知ってるのさ。大塩首相の半生を。彼が人に知られたくなかったであろう全てを。考古学者の四号は、誰かに成りすます時は顔をもらうだけでは済まない。そいつの記憶をも取り込む。どうするのかって、簡単だよ」
四号は自慢気に顎をさすり、ひどく嬉しそうに二人を見た。
「食うのさ。そいつの脳を。殺さずに開頭して脳を取り出してね、活きのいいグリア細胞にスプーンを突き立てて舌の上で神経細胞が解けるのを感じながら食べる。そいつの人生の喜びや悲哀を味わうのは本当に気分がいい。摂取したシナプスが自分のものと結びつくのが感じられるよ」
阿含は色を失った。胃の中に石を投げ込まれた気分になる。こいつは、やばい。脳を食う? 記憶を手に入れるために? だとしたらリゼや自分も危ないのではないか。
「ふふふ」
リゼが笑った。
「九州の方は冗談も独特ですね」
阿含がリゼを見る。
「リゼ?」
「フランスでは子羊の脳みそをコース料理で出すところもあるようですよ。脳を食べるだけで記憶が手に入るのなら、レストランは羊の記憶が蘇ったお客さんで阿鼻叫喚でしょうね」
四号は腕を下した。
「ふむ……エジプトのお嬢さんのほうはいくらか理性的なようだ」
阿含がつっかえながらしゃべった。
「ど、どういうことだ。脳を、食うって話は」
「生でそんなものを食べるのは異常者だけだよ。腹を壊しても詰まらないしね。ちょっと君たちをからかっただけさ」
「誠実に回答していただける、という話だったかと思いますが」
「分かってる分かってる。すまなかった。そうだな、五年前のことだ。聞き取りや参考文献の収集など個人でのフィールドワークに行き詰りを感じていた僕は、誰か大物に成りすますことを思いついた。別の人間に成りすましていた時に、大塩首相が生きているとの噂を聞いていたんで、愛知で手に入れた紅龍のエージェントの顔を使って首相に近づき、中国に保護する用意があると言って彼に近づいたんだ」
紅龍とは、中国の特殊工作員部隊の名前だ。最新の迷彩技術を使い、カメレオンのように背景に溶け込むことができるという。その特殊工作員ですら、四号に捕らえられ、顔を剥がされた。
「首相は喜んで面談に応じたよ。後は簡単。首相の屋敷にいた連中を皆殺しにして首相を監禁し、インタビューをした。いくつかの薬を使って一ヶ月間みっちりと。最後はほとんど家族みたいだったよ。足腰がだいぶ弱っちゃってね。僕が介助してあげないと、お風呂も一人じゃ入れなくなっていたんだ。記録用に動画を残してるけど、欲しいかい」
「お風呂の、ですか」
リゼが訝しげに言った。
「いや、インタビューの。基本的にはお互い椅子に座って紳士的に話し合っているよ。内容のほとんどはさっき僕が言ったことの繰り返しになってしまうけど」
「あ、はい。それなら是非欲しいです」
「ふむ、じゃあ僕の最後の質問に答えてくれたなら、データを送るよ」
「はい」
「君は、最後の首相大塩健太郎にインタビューするためにイギリスからはるばる日本に来た。この国は今、とても危険な状態になっている。ここに来るまでの道のりは並大抵のことではなかったはずだ」
四号は一旦言葉を切った。
「なぜ君はそこまでした。遠くて、危険で、忘れられた国だ」
「……ジャーナリストとしての名誉と、好奇心のためです」
「嘘だね」
四号はすかさず言った。まるでリゼが何と言うか知っていたかのように。
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