第10話 ヒロイン登場②
三時間後、リゼの泊まるホテルグランドサイレントのロビーに三人はいた。
「どうしても、難しいでしょうか」
「そりゃあまあねえ」
リゼの話に山城が頭を抱える。
「農協の仕事を密着取材したいって言われても、撃ち合ったり危険な業務が多いからなあ」
阿含も山城の意見に賛成だ。
「ジャーナリストでしかも外人の女だ。誘拐の格好の的だぜ」
一応エジプト人と日本人とのミックスなんですが……とリゼが言うが、二人は取り合わない。
誘拐は日本での主要な犯罪の一つだ。ジャーナリストや世界包括医師団などに従事する外国人、農場や工場を経営する裕福な日本人が狙われ、県軍などの公式あるいは盗賊などの非公式なチャンネルを通して身代金を要求する。
それとは別に農家の人間やキャラバン隊など現地の住民が誘拐されるケースもある。こちらは金銭の他に、何らかの要求を断った相手への嫌がらせや、ブラックマーケットに奴隷として出荷することが目的であることがあり、“お金を払えば開放される外国人”と比べて無事に帰ってこられる確率は低い。
「農協の仕事は市の外でやると聞いていますが、どんな業務があるんですか?」
「うーん」
阿含が指を折って数える。
「護衛、誘拐犯との交渉、こっちの人数に都合が付けば賊のアジトへの襲撃」
「襲撃、ですか」
「ちっちゃな麻薬プラントとか」
阿含の言葉に山城が頷く。
「そうだな。でかいところは県軍が焼き払うこともあるけど、小さいとこ潰すのはうちに話が回ってくることが多い」
三人が腰掛けている丸テーブルにはリゼが電車の中で食べるように買ったたこ焼せんべいと、ホテルマンが入れてくれたお茶が置いてある。
遠慮なくせんべいを食べながら阿含は説明を続けた。
「あとは農協の職員を攻撃した奴らへの報復とかかな」
「確かに危険そうなお仕事ばかりですね」
「まあ、流石にいつもそんな業務ばっかりじゃないけど」
「他にもお仕事があるんですか」
「小包や手紙の宅配、災害対応。他には草刈りや農薬散布、収穫の手伝いとか」
「農家の人みたいですね」
「そりゃまあ、農協だからね。安いけど専門知識のいらない荒事以外の仕事もある」
農協の職員には通常職員と拡張職員の二種類がいる。通常の職員は阿含が上げた汎用業務のほか、厄災後の極端な気象下での作物・畜産の育成や流通について農家の相談に乗ったり、トラクターなどまだかろうじて動く大型農機具の運転などをこなす。
一方の拡張職員は農業については素人に毛が生えた程度しか理解していない。彼らは盗賊や凶暴化した害獣からの農村の防衛や流通販路の護衛など、治安維持のための積極的防衛から派生した存在である。現在の日本で農協の拡張職員は、銃器の扱いや襲撃・防衛作戦の立案から実行までの訓練を受けた、戦闘のエキスパートと位置づけられている。
「大変な仕事ですね」
「別に。慣れれば普通だよ。刺激的っちゃあ刺激的だけど、結局の所、ただのつまんねえ仕事だ。それで、俺らが今受注できる業務なんだけど」
阿含は細かい傷が無数についた端末の静岡農協専用ページを示す。
「リゼの護衛したときみたいにばあさんから直接話を持ちかけられることもあるけど、基本はこの農協アプリにログインして、『拡張職員の皆様』のページにある依頼リスト一覧から受注する感じ」
「ふーむ……あ、この島田村の罠猟巡回ってなんですか」
「そのまんま。島田村の農家を荒らすイノシシや鹿なんかの害獣対策で山中にいくつか罠を仕掛けてあるから、それを確認する仕事。もしもかかってたらトドメさして農家に連絡すると、リアカーで肉を引き取りに来る」
「島田村って島田市のことですよね」
阿含が答える。
「今じゃ百人くらいしか住んでないし、そういうところはだいたい村呼びだよ」
「いいですね、平和そうで。その依頼に同行させてもらえませんか。私からもいくらかお金出しますし。日本に来た以上、ある程度ニュースチャンネルの登録者の興味を引く、動きのある取材がしたいんですよ。それにちょうど島田市には行きたかったんです」
「なんにもないとこだぞ」
山城が口を挟む。
「あそこは日本の最後の首相、大塩健太郎の生家があるんです。そういう名所の取材を入れておくと、視聴者がへーって思うじゃないですか」
「へー」
と阿含が言った。
「一泊二日になるけど」
「大丈夫です。邪魔にならないようにしますから。ね、お願いします」
イギリス育ちだと言っていたリゼがどこで覚えたのか、拝むような仕草で阿含に頼み込む。
阿含が山城と顔を見合わせる。正直な所、罠猟巡回は農協の新人がやるような金にならない仕事だ。しかし、大仕事をこなした上にボコられた二人は次の仕事は軽めなものでも良いと考えていた。山に不慣れなリゼの護衛をこなしながらでもできる仕事となると……
山城が軽く頷くのを見て、阿含がリゼに言った。
「分かった。それじゃ罠猟巡回とリゼのエスコートを受けるよ」
両手で阿含の手を取ってリゼが微笑む。
「ありがとうございます。助かります」
「あ、ああ」
どうにもリゼの前だとペースをつかみにくい。阿含は思った。
まだ会って数時間だと言うのにこの押しの強さ。ジャーナリストってのはみなそうなのだろうか。それにボディタッチが多い。外人ってのはこれだから。
いや、落ち着け。しっかり金の話を詰めないと。まずは何から考えたらいいんだ。リゼがどれくらい運動できるか聞いたほうがいいかな。先に護衛の相場だったか。そろそろ夜だし、夕飯誘うか。いや、そんなことはどうでも良くて。
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