第2話アンドリューside1

 執事から後宮に住んでいる母に連絡がいっている頃だろうと思いながら進む。何とも頭の痛い事だ。いくら実の妹とはいえ、問題を起こしすぎる。これでは嫁ぎ先からも拒否されてしまうのも時間の問題だ。


「アンドリュー。待っていましたよ。どういう事かしら?またグレイスがやらかしたのだとか。全く。どうしてあんな出来の悪い娘が王女のままなのかしら。そろそろ貴方も覚悟を決めなさい」


アンドリューの母、つまり王妃はグレイスが起こした事の顛末を既に知っていたようだ。後宮にいながらもしっかりと情報収集を怠らない所はさすが王妃といったところか。アンドリューは少し感心しながらも母の話に相槌を打つ。


「母上、このまま放置していれば王家の信頼は低下するばかりです。今回の父の返答次第では退いて貰う事も仕方がありません」

「……えぇ。そこまで愚か者だとは思っていないけれど、最悪の事は覚悟しなければ、ね」


 アンドリューと王妃は部屋の前で短く話をした後、父と妹が待つ部屋へと入った。

 サロンとはまた少し違い、本当に家族がいるためだけのこの部屋は各自のお気に入りのソファが置かれており、他の部屋と違ってちぐはぐな家具が置かれているのだ。ここに入る者も限られており、家族以外では父の執事だけとなっている。


そしてアンドリューの目に入ってきたのはカウチソファにゴロリと身を任せマナーを完全に無視したような姿でお茶を飲むグレイス。その向かいにワインを呷る父の姿。

母は冷たい視線を父に向けながらも無言のまま自分の椅子に座り、足を組む。


「さて、グレイス。まずはお前の言い訳を聞こうじゃないか」


俺はドカリとソファへと座り、足を組んでひじ掛けに肘を突いて不満を現わす様に言った。グレイスはあたかも自分に瑕疵はないとでも言いたげな雰囲気だ。


「お兄様!私はカイトと結婚しますわ!だってその方が国のためになるでしょう?」

「……意味が分からないな。なぜそうなるのだ?」

「だって、ナーゼル国に行った所で言葉だって通じないし、私は第六夫人なのでしょう?目立たないわ。それに夫となるガルゴンは十も歳上だし、私の好みじゃないわ」

「ナーゼル国の言葉は公用語だ。それすらも話せないというのか。王族失格だな。

出来が悪いと思ってはいたがこれほどまでとはな。王族は好みで婚姻出来るはずがないだろう、そこからの話か?」

「アンドリューよ、そこまでにしてやれ。グレイスは天真爛漫なのだ。好いた相手に嫁ぐのが一番だろう」

「流石お父様っ!わかっているわっ!」


父とグレイスの話に頭が痛くなってきた。


「貴方、宰相や貴族達からなんて言われていたのか覚えていないのかしら?」

「……幽閉か毒杯を望む、と」

「えぇ、そうでしたわね。グレイスが我儘なのも貴方が甘やかせたからでは?貴方も引き際が肝心なのだと思うわ」

「毒杯?私は何にも聞いてないわっ!ねぇ、お父様っ。酷いわっ。みんなが私を虐めるわっ」

「グレイスよ、すまんな。儂ではもうどうにも出来ん。国の会議で決定したのだからこればかりは覆せんのだ」

「嘘よ!嘘よ!いやーーー!」


 グレイスは飲んでいた物を溢し、カップを壁に向かって投げつけた。叫んで頭を掻いてボサボサにし、とても王女には見えない。

グレイスの様子に父はオロオロとするばかりだが、俺も母も冷ややかな視線でグレイスを見るばかりだ。


「グレイス、毒杯を賜りたくないのね?一つだけ、方法があるわ」

「お母様っ!」


縋るようなグレイスに女神のように微笑む母。グレイスはパッと暴れるのをやめて微笑みながら母の顔を見る。


「死にたくないのね?」

「えぇ!私はまだ死にたくないわ!こんなに可愛い私が死ぬなんて国にとって大きな損失よ!」


 俺はその言葉に吹き出しそうになった。本気で言っているのか、と。妹の死を選択する側である俺はもっと重く受け止めなければいけないと分かってはいるが、何分グレイスは事を起こしすぎたし、敵を作りすぎた。

これが平民なら我儘が許されるだろうが、一国の王女。その一つ一つの行動に責任が求められるのだ。本来なら最初のやらかしで王女は伯爵位程度の場所に嫁がせるべきだった。


それを嫌がりここまで甘い処分で済ませてきた父。


「では、今すぐにナーゼル国に嫁ぎなさい。明日の朝一に荷物を纏めるように侍女に指示しておくわ。そうね、遅くても三日。三日は待ちましょう。いいですね?」

「嫌よ!お母様っ。それだけは嫌!お兄様も何とか言ってよ」

「グレイス、お前はやってはいけない事をやりすぎた。その罪は自分自身で償うしかない。王族は何かあればすぐ死だ。分かるか?他の貴族以上に規範を求められる。お前の行動で国も傾きかけた。

今回の事もお前は何の罪もない公爵に牢に入れようとしただろう?

もう庇うことは出来ない。俺は毒を飲むべきだと思うね。今ここで用意してもいい。ラダン、持ってきてくれ」


 俺は父の執事であるラダンにそう告げると、ラダンは一礼して準備をしているようだ。ゴソゴソと何処からか取り出し、俺の前に小瓶と水の入った一口グラスを置いた。

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