我儘な王女

まるねこ

第1話

「私、カイトと結婚するわっ」

「グレイス王女様、カイト・ローゼフ子爵子息は既に別の令嬢と婚約しております」

「嫌よっ!私はカイトと結婚するんだからっ!絶対結婚するの。お父様にお願いすればいいわ、そうね、そうしましょう」


 それは王宮で行われた舞踏会の場で起こった。


 舞踏会は華々しく開始となった後、カイト・ローゼフ子爵子息とその婚約者ラナ・ホルン子爵令嬢が仲睦まじくファーストダンスを踊っている所にこの国の王女が突撃してきたのだ。

後方にいた従者に婚約者がいると教えられるが彼女はお構いなし。そして事もあろうか、ラナを突き飛ばし、カイトに抱きついてきた。


「グレイス王女様、私には大切な婚約者がおりますのでお断り致します」

「だーめっ。カイトは私の物なのっ。誰にも渡さないわっ」


 グレイス王女はそう言うと、抱きついていた身体を少し離し、カイトの腕に自身の腕を絡ませて胸を当てる様にして密着している。

 会場中がどよめいているが王女は気にならないようだ。カイトは不敬にならない程度に王女の腕をそっと外し、距離を取ろうとしている。


「グレイス殿下、恐れながら、ローゼフ子爵子息が困っております。どうか、お放し下さい。それに愛し合う二人を引き裂くのは良くありません」

「煩いわね!あんたの小言なんて聞きたくないわ。あっちへいきなさい。護衛、いないの!?こっちよ!こいつを牢屋に連れて行って」


 近くにいた爵位の一番高い公爵が仕方なく王女の行いに苦言を呈するが、聞く耳を持とうとはしないばかりか護衛騎士を呼び公爵を牢に入れようとさえしている。

 こうなれば踊っている場合では無くなるのは必然だった。貴族たちは一人また一人と踊りを止め、王女に注目し始める。

どうなってしまうのかと皆、口を閉じて様子を見守っていると、王族観覧席から移動してくる人がいる。


「グレイスよ、止めないか。皆が困っておる」

「お父様っ!私、決めたわっ!ここにいるカイトと結婚します!私と愛し合う仲なのっ」

「ふむ。だが、カイト・ローゼフ子爵子息は確か結婚を控えておったと思うが……」

「そんなの、婚約者を変更して私と結婚すればいいわっ」


 王女の発言に周りは固唾を吞む。ヒソヒソと話をしようものなら自分に被害が出るかもしれないからだ。

 国王はというと、何やら考え事をしているように見えるが王女の発言を諫める事はない様子。随分と我儘に育った王女は様々な場所で色々とやらかしてきたのだ。


 グレイスは以前から素行に問題があった。いや、あり過ぎた。


 お茶会では気に入らない令嬢にお茶を掛けて追い出し、学生の頃は男を侍らせて従わない者は権力で脅す。王女の周りはいつも戦々恐々としている状態なのだ。


 そしてこの間は南側の隣国の使者を馬鹿にし怒らせてしまった。幸い隣国とは同盟を結ぶほどの仲であったため謝罪で済んだのだが。これには流石の貴族たちも黙ってはいなかった。王女を幽閉するか毒杯と責め立てたのだが、国王は国外へ嫁がせる事でなんとか貴族達を宥めたのだ。


 王妃はというと、王女にずっと苦言を呈していたのだが、王が甘やかすため匙を投げたのだろう。最近は後宮に引きこもってしまったと専らの噂だ。


「陛下、先ほどの公爵の話を聞いていなかったのですか?愛し合う二人を引き裂くグレイスは悪者でしかありません。それにグレイスも婚姻が控えております。これ以上我儘をさせるわけにはいきません。

そして今は舞踏会の最中です。このような場で話をするのは止めた方がいい。グレイスよ、陛下と共に今すぐに部屋へ。お前達、連れていけ」


 国王と王女の話に割り込んだのは第一王子のアンドリュー王太子殿下。その後ろには宰相が眉間に皺を寄せて立っていた。従者は陛下や王女のやらかしを止める事ができるアンドリュー殿下を呼んだのだろう。


 この国にはアンドリュー殿下の他に第二王子のランドル殿下、第三王子のアーサー殿下がいる。三人とも優秀な王子で有名なのだが、唯一の王女であるグレイス殿下は一番年下という事もあってか甘やかされて育てられたのだろう。


「騒がせた。グレイスに代わって謝罪を。引き続き舞踏会を楽しんでくれ」


 アンドリューがそう言うと、鳴り止んでいた音楽が再び鳴り始めた。ざわつきながらも会場は少しずつダンスを始める人達。アンドリューは宰相に告げる。


「宰相、ランドルとアーサーは会場に残るように伝えておけ。俺はグレイスの相手をしてくる」

「畏まりました」


 宰相は返事をした後、早足で王族の観覧席へと戻っていく。アンドリューはカイトに声を掛けた。


「カイト殿、迷惑をかけた」

「いえ、こちらこそ王女殿下を止めていただいて有難うございます」

「あぁ。私はこれからグレイスと話があるので。ではな」


アンドリューは苦虫を噛み潰したような表情のまま王族住居区画の一部屋へ向かっていった。

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