第2話

「なぬっ!?」


 イーサンは忽ち狼狽えた。これは想定外だったからだ。ちょっと脅せばアイリスは、泣いて自分に縋って来るものとばかり思っていたのに。


 そもそも「傾国の美女」として名高いアイリスを本気で手放す気なんてイーサンには全くなかった。


 気高く誇り高く凛としていて隙のないアイリスを、イーサンが疎ましく思っていたのは事実だ。更にその上、高潔な性格なので婚姻前には手を握るまでが精一杯で、それ以上イーサンが求めてもアイリスは決して許さなかった。


 若いイーサンは情欲を抑え切れず、野心剥き出しで近付いて来た股の緩いサリアに簡単に靡いてしまった。


 だが、だからといってサリアに王妃が務まるとはイーサンは露ほども思っていない。王妃に相応しいのは誰がどう見たってアイリスの方である。


 だからイーサンは、アイリスを側妃に迎えるつもりでいた。自分から婚約破棄を切り出せば、高潔なアイリスは瑕疵が付くのを恐れて縋り付いてくるはず。そうしたら、


「仕方ない。そこまで言うなら側妃に迎えてやろう。その代わり、お前はアイリスの身代わりになって公務を果たせ」


 という展開に持って行くつもりだった。サリアに公務なんて務まるはずがないので、面倒事は全てアイリスに押し付ける気だったのだ。


 なのでここでアイリスにあっさり国を出て行かれてしまったら、イーサンの目論見は完全に潰えてしまうのだ。イーサンは焦った。


「おい待て! アイリス! お前本気で言ってんのか!? 国を出るってことがどういうことか分かって言ってんのか!? 一度国を出たらもうお前は公爵令嬢でもなんでも無くなるんだぞ!? 本当にそれでいいのか!?」


「ご心配なく。ちゃんと分かっておりますから。それでは失礼します」


 淡々とそう言ってアイリスは踵を返そうとする。


「待てと言うに! 事はお前一人の問題じゃ済まないんだぞ!? お前の実家、公爵家はどうなると思う!? 責任を取らされることになるんだぞ!? 実家に迷惑掛けることになるんだぞ!? お前本当にそれでいいのか!? 良く考えて行動しろ!」


「そちらもご心配なく。娘が国を出ると言うなら、我が公爵家も一緒にこの国から出て行きますから」


 その時、アストンの後ろから壮年の男性が出て来て徐にそう言った。


「なっ!? お、お前はアストン! 公爵家の家長のお前がなんでこんな所に居るんだ!?」


「どっかの誰かさんが、パーティーだと言うのに婚約者を放ったらかしにして、エスコートもしないもんだから、仕方なく私が娘をエスコートしたんですが。それがなにか?」


 アストンは剣呑な目付きでイーサンを睨み付けながらそう言った。

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