第4話命の恩人





助けた時にすでに脱がしていたイケメンの服を、かわかしやすい場所にるしていく。

枯れ枝と一緒に頑丈がんじょうな植物のつるも見つけたので、壁から突き出た岩にその蔓を結び濡れた衣服をかけたのだ。



冷たい一枚岩の床では体が冷えてしまうので、薄手うすでではあるが真琴が着ていたローブ風のポンチョをいてその上にイケメンを寝かせる。

1枚脱いだだけで肌寒さが増したが、裸に近い男よりはマシだとひたすら我慢した。火があればなんとかなる。



だけど空腹を感じると、自然と肌寒さが増すのだから困ったものだ。

こんなことなら、母親が隠していたちょっとお高いお菓子でも持ち出せばよかった。

なんて現実逃避しながら、燃える火をぼんやり見つめる。



少し視線をずらせば半裸のイケメンが目に入るが、それはさすがに目に毒なので極力きょくりょく見ないようにした。

男に縁が無い喪女は人一倍、羞恥心しゅうちしんがあるのだ。


……真琴を知っている人たちが今の状況を知れば、むせび泣いて大喜びするだろう。

なにせ男っ気ゼロの女が、半裸の男と同じ空間で過ごしているのだから。





ーーーーーーーーー






ーーーー火の側にいて温かかったことと、今日1日で色々ありすぎたことによる疲労感のせいでどうやら眠ってしまったらしい。

いつの間にか横になっていて、目の前に燃え続けている火が見えたのでそんなに長く寝ていなかったのかと安心する。

起きてきた脳を働かせ、ふとおかしな違和感いわかんに気づいた。



岩と砂利じゃりしかない地面の上にじかに座っていて、そのまま寝入ってしまったのだから当然冷たい地面に寝そべっているはずだ。

なのに、なぜかとても暖かい。寒くないのだ。それに未だ燃えているき火の位置がおかしい。

火の向こう側には岩の壁が見えていたはずなのに、今は外が見えている。




つまり、真琴は物理的に移動している。





そう気づいて、じわじわと冷や汗が流れてきた。

あの眠っていた男が目を覚まして、真琴の側にいるならまだしも。

他の第三者がこのほら穴に侵入しんにゅうしてきて、どうこうしているなら話は別だ。



こんな存在感がほぼ無い平凡女でも、男よりはマシという理由で危害を加えないとも限らない。

金目の物なんて持っていないのだから、それこそ真琴はあれこれされて売られてしまうかもしれないのだ。



……人命救助で手一杯で現実逃避していたが、危機が身近に迫ってようやく思い知る。

ここが平和なご近所周辺ではないことを。



あきらかに見覚えのない地形に、日本人には見えないイケメン。

枯れ枝や蔓を探している時に偶然見かけた小動物には、ひたいに宝石のような石が付いていた。



……動物虐待や特有の病気でなければ、普通は動物の額に石はついていない。

日本には七色に光るキノコは無いし、触れただけでナイフのようにするどとがる草も無いのだ。



つまりここは、信じたくはないが日本じゃない。

地球ですらないのかもしれない、とはさすがに思いたくなかった。

それを踏まえた上で、真琴が考えたことはたった一つ。




「お父さん秘蔵のウィスキー飲んどけば良かった…!!」




言うに事欠いてこのセリフである。

両親や友達に会えなくなるかも、という考えよりも二度と飲んだり食べたり出来ない故郷の産物が惜しくて仕方ないと考えるあたり。

のん気というか危機感が足りないというか。




人気有名店のスイーツを食べておけばよかった、ラーメンの大盛りチャレンジをやっておけばよかったと。出てくるのは食べ物に関することばかり。

空腹進行中なので、余計に食べ物のことばかり考えてしまうのだろうが。

それにつけても、いの一番に頭の中に出てこなかった両親の存在がかなり哀れである。




……現実逃避はこのぐらいにして、そろそろ色々と向き合わなければならない。

まずは、真琴を後ろから抱きしめて寝ている助けたイケメンを起こすことにしよう。


第三者の不審人物じゃなくて本当によかった!




「もう夜ですけど、おはようございます。起きてください」


「……」


「呼吸音でわかりますよ、起きてるでしょう?」




真琴が声をかけた途端に体はこわばり、健やかな寝息はわざとらしいものに変わったのだ。

人に話しかけられないタイプの人間かと思ったが。

それなら真琴を抱きしめて眠るはずがないので、この男はあえて寝たフリをしているという結論になる。

まさか声が出ないのか?と思って真琴は、自分の体に回されているイケメンの腕に指をわせた。




なぞるように、ゆっくりと。

そうされて肌が毛羽けば立つように、わざとらしくだ。

するとあまりのことに我慢が出来なくなったのか、ようやく相手は起き上がった。

イケメンは声までイケメンなのか「やめてください!」と叫んだ声はハスキーだがどこか甘やかで、中性的な印象が持てる声だ。




少し意識すれば低めの女性の声としても通用しそうだな、なんて考えながら。

真琴は起き上がり、背後にいるイケメンの方へ振り向いた。





「おはようございます、私が命の恩人です」


「そんな名前代わりの自己紹介のように恩人と言う人は初めてですよ…」


「かの有名な人魚姫のように、ほぼ何もしていないどこぞの女に手柄を横取りされたらたまらないので。……状況的に私がその手柄を横取りする女ポジションになりそうだけど、他に手助けを求められる人がいなかったんだから私があなたを介抱したのは事実!そこはきちんと主張しないと」


「……こんな森の奥深くに人がいるはずがないので、あなた1人が私を助けてくれたことは事実なのでしょう。信じますよ」


「やっぱりここって森の中なんだ?しかも、人里からかなり離れてる……ってこと?」


「そうです。私が最後に確認した場所の近くに落ちたのなら、一番近くの集落でも歩いて4・5日はかかるでしょう。ですがそこは隣国側の集落しゅうらくなので、立ち寄りたくないのが本音です。…そんなことは言っていられない状況ではありますが」




せっかくの麗しい顔をゆがめ、その隣国に頼るぐらいなら死んだ方がマシだと告げている。

だけど1人ならまだしも真琴がいるので、もし助けを求めるなら比較的近い隣国しかないと考えているんだろう。



助けた相手が他人のことを思いやれる善人で良かった、と真琴は思った。

ここで助けた恩人の生死を無視して、自分勝手に行動するようなやつを助けたとなったら気分が悪いし真琴の命の保証も無い。



もちろん、助けたのは真琴の勝手な判断だ。

助けを求められた訳じゃなし、恩着せがましく対価を求めるつもりはない。

その上でこんな森の中で助けた相手に見捨てられても、相手がそんな人間だったんだというだけ。



こればかりは助けた相手が悪かったとしか言えない。

だけど、少なくとも真琴のことは見捨てるという考えがはなから無いというのが非常に好感が持てた。

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