第2話

※震災による災害描写が出てきます。ご留意ください。


「アルバイトの神村かなむらさん。ここに来てまだ二年目なんだけど機敏に働いてくれているんですよ」

「神村と言います。今日はお越しいただいてありがとうございます」

「こんばんは、箭内と言います。橘さんがうちの事務所でお世話になっているんです。こちらは部下の尾花です」

「はじめましてこんにちは」

「こんにちは」


神村は控えめな人柄をまとった女性で優しい口調がこちらとしても良い印象を持った。彼女が奥の厨房へと入っていき、しばらくして二十三時を過ぎ他の客も帰り店内がさらに静けさを増していた頃、店主が彼女を呼び出すと照れ臭そうに微笑んでいた。


「尾花さんね三年前の上越地震の時に都内に越してきたんだよ」

「そうだったんですね。ご家族の方は無事だったんですか?」

「両親がまだ連絡が取れないんです。僕からも親戚に連絡はしているんですが向こうも取れなくて……」

「神村さん、あの話してもいいかい?」

「はい」

「彼女は神戸で生まれたんですが2年後の年にあった震災でご家族を亡くされてその後親戚の方と一緒に上京してきたんですよ」

「そうでしたか、それは大変な苦労をされてきたんですね」

「もうだいぶ前の話なので覚えていないんですが……それより尾花さんが今辛い状況にいらっしゃるんですね」

「ええまあ……市役所に問い合わせているんですが生存確認が取れないのでもしかしたらいないかもしれないんです」

「地元に帰ることはしているのかい?」

「来年の繁忙期を過ぎたあたりに帰省したいと考えています」

「そうしたほうがいい。何か情報があったら僕にも知らせてくれ」

「はい……箭内さん、そろそろ終電が近いんでまた次回飲みませんか?」

「ああ、そうだな。もうすっかり酔ってしまったな。橘さん会計をお願いします」

「はい、神村さんお二人をお見送りしてください」

「箭内さん、僕も出しますよ」

「いいよ、今日はご両親の話もしてくれたんだし僕が出すから遠慮しないで」

「いつもすみません」

「お会計こちらとなります」

「これでお願いします」

「……こちらお釣りと領収書です。お荷物忘れずにしてください」


箭内と僕は店の外に出るとあとから神村もきてまた来店してほしいと言ってきたので、近いうちに顔を出すと告げると一礼をして見送っていた。息を吐くと白く空に昇っては消えていく。駅までの道を箭内は僕の家族について話し無事で生きていることを願っていると励ましてくれた。

彼と駅で別れて電車に乗り四十分ほど経過して三鷹駅に着き、南口から住宅街を歩いていき二階建てのアパートの自宅に着いた。リビングに入り部屋着に着替えてベランダに出て煙草を吸う。スマートフォンに何件かメールが届いていたので開いてみると見知らぬ女性の名前が出てきて、書き込んでいる内容にはなぜか過去の僕を知っているかのように親しげにつづられている文章を見て、背筋がくすぐられるようにゾクリとしていた。

カレンダー機能の欄に明日が心療内科の診察日だと表示してあり、その事もすっかり忘れかけるところだった。


ここ最近週の七日間が身体をひりつくように削られていくみたいに過ぎ去る。どうやら会社以外の人間と何人か会っているみたいで気がつくと僕の部屋に入り浸ることが多いようだ。そしてベッドが水浸しするくらい布団類が乱雑に崩れ落ちて、いくら元の位置に直してもベッド全体が三十度の角度で曲がっていることがよく起きる。このような視覚になったのもあの時の出来事が今でも焼きついて離れないからだと自覚しているからだ。


あれは故郷の新潟にいた頃のある夜半あたりに起きた事。


突然地面から怪物が出てくるように地割れしていき、部屋の中の置物が次々となぎ倒されていく。暗がりの外に逃げ出した時には電信柱が大きく音を立てながら倒れて、立っていられないほど地面に這いつくばりやがて炎が立ち込めて屋根の瓦も振り落とされていく。その場から離れて命拾いが出来たはものの、妻や息子の姿が見当たらない。揺れが治った頃再び自宅に向かい瓦礫の山のように積み上がるなかを僕は何度も二人の名前を連呼し、応答がないので更に奥の間に行こうとした時には消防車が来ては、消防士が僕の身体を取り押さえて危険だから離れろと掴み掛かった。

妻と息子を助けてくれと伝えて彼らが救助に向かったがあまりにも崩れ方が激しいがために家の瓦礫を解体してからでないと助けられないと返答された。


汚された身体のまま避難所に向かい、離れて暮らす両親の身元を調べてもらったが電気やガス、水道などのライフラインが遮断されているのですぐには繋ぐ事はできにくく数日の日数を要するからそれまで待機していろと告げられた。

周囲の避難している人々も不安になりながら日夜を過ごしていき、僕はそれでも胡乱うろんになりながら見るもの全てに疑いをかけていた。その後妻と息子は遺体で発見され両親の行方も分からずに一人で彷徨いながら、罹災申請を出してしばらくは避難所と仮設場を往復していた。


震災から数週間が経ちライフラインも徐々に復旧し市役所も再開すると、被災者たちはなだれ込むようにその場に溢れていった。新潟の街はその震災ですっかり荒れ果てたように様変わりしてしまっていた。

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