極道の妹・女の報復

しおとれもん

第1話恋ばなキャンパス

 

    「直美のポテンシャル」


第一章「恋ばなキャンパス」


 岐阜総合病院スタッフ喫煙室は2m四方のガラス張り出出来ている。


「困ったよ、ああ!困った。」

ガラスの向こうから心配そうに覗くナースが一人・・・。

 病院の正面玄関から十字路のように通路は延びていた。

見渡せば十字路の右角にある喫煙室は誰でも視認出来るように出来ていた。


ストレッチャーに乗せた救急患者を確認する為で休憩中といwども救急が優先される。

それ故通路も看護師がストレッチャーの脇に患者を支えながら走り易い様に幅広く造られていた。

 そういう彼女も偶然観てしまった輩だった。

「どうしたのナオミ?」スタッフ喫煙室のフロアにしゃがみ込んで咥えタバコの上善寺ナオミ(じょうぜんじなおみ)は、窮鼠猫に噛み付く状態だったが、それを見かねた鬼瓦キリコ(おにがわらきりこ)がガラス扉を引き開け声を掛けていた。

「言ってもどうにもならんよ・・・。」右人差し指と中指でパーラメントのメンソールを指に挟み灰を落としてからキリコを見上げていた。

「アンタ!タバコが山積みになってるよ?一箱空にしたのかい?」

「それにしゃがんだままで、パンツ見えてるよ?全くもう!」

 吸いかけて半分に折れたタバコ、先だけグチャグチャに潰れたタバコ、フィルターが焦げたタバコ計20本が、喫煙室のテーブルに置いてあった独立アシュトレーに山積みになっていた。

「こんなにしてからに・・・。看護師長が見たらブチキレられるよ全く!早くコーヒー行こう。」 キリコに促されナオミはニコチン臭い空気と一緒に喫煙室から屋外駐車場に出た。

スタッフ専用駐車場には、高級外車などザラで、自家用自転車を停めるようにぞんざいに駐車してあった。

 ベンツ、BMW7シリーズ、ジャガー、レクサス、ワゴンR。

色々所有していたが、頚四はナオミの所有だった。

 ネッツ豊臣のショールームに新型の展示車カムリを磨きながら一昨日の逢瀬を回想していた宗像亮一(宗像りょういち)は、誰にも相談出来ない修羅に陥っていた。

「電気消してリョウさん?」ベッドサイドスタンドの小さい方の灯りを残して全て部屋の明かりは消した。ボーイッシュのつばさは細く白い首をしていた。

 肌は若い。胸には青い血管が浮き出ていてそこが可愛くてセクシーだった。

細い首に唇を這わせ胸を弄り小さな乳首を摘む。「はあん。」深い溜息が聴こえたが、止めない。つばさを攻める!首から肩、肩から背中に唇を這わせ・・・。

 リョウの動きが止まった!動けなかった!

「見たの?」うつ伏せのつばさは映画エクソシスト張りにユックリとリョウに首だけ振り向く。ほぼ180度回っていた。戦慄の呪縛!

「うんまあ・・・。」竜が滝を遡る画像いや! タトゥーだった。

「だから電気消してって言ったのに、亮さん酷い!」両手で顔を覆い両肩を奮わせるつばさは、開いた指の間から右目を覗かせ舌をベーッと出していた。

 それを見た亮一はちょっと安堵し、つばさの両肩を抱いて・・・。

翌日・・・。

「営業、宗像さん来客です。」サービスフロント受付嬢の内奥つばさ(うちおくつばさ)がアナウンスしたせいで、亮一の回想が止まった。

 新車販売ディーラーのカローラ岐阜のショールームは横長に広がっていた。

新車を4台並べて展示した方が来場客が触って載って覗いて満遍なく確認出来るからだという営業所長の提案で展示しているのだが、営業マンは掃除が大変だから4台を1台減らして3台にして欲しいといつも思いながら、ウエスで磨いていた。

 コツコツコツ! トレッドの小さい足音、しかも急ぎ足。

つばさだと感じた背後で、「上善寺直美(じょうぜんじなおみ)様でーす。」

「亮一くんお似合いの! 」又言ってると思っていた。

「言うなよ昨日の事! あの女に仲良くしないでね? ばらしたら承知しないよ!?若いパシリに言って懲らしめるんだから・・・。」あの女は無いよ。と言い掛けたが踵を返し・・・。

 やにわに展示車のエンドパネルまで小走りで駆け寄り、腰を屈め左手をトランクに突き杖代わりにして片方の脚を上げて何をしているかと思えばブルーのパンティを脱ぎ丸めて亮一に「ハイ!」と、手渡すと、また小走りでサービスフロント受付まで帰って行った。

 つばさが亮一を追い越す刹那、横目でチラリ!と、睨んだ! 

こ、殺される! 亮一の胸中に警報アラートが鳴り続けていた。

 気が動転したままリヤクォーターを磨く。

何これ?イチゴ模様? ゲゲッ!つばさのパンツ!クシャクシャに丸めてズボンの右ポケットへ潜らせておいた。

 ストッキング履いてないのか?セクシーなやつ。と、思いながらカムリ全体を見渡していた。視界がボヤけ、今何をすべきか優先順位を確認する能力が断たれていた。

 展示中の新型カムリには指紋や手垢がベタベタと着いていて昨日のイベントに来客が触り上から押していたのはショックの硬さの確認の為だったが、手加減を知らない素人の客は往往にしてフェンダーを凹ませるほどの力でそのまま体重を掛けて押すバカが居るのは否めない。

 リヤトランク、リヤバンパー、斜めに賺して見るのは線傷と凹みの確認の為だ。

中古自動車査定士の国家資格を持ちそれをフルに活用出来ている。

 無心になってウエスでボディーを拭いていた。時間やすべき事のプロトコルが飛んでしまっていた。

 何も考えられ無かったが、ナオミが来客なら今はこれが優先だとばかりに急いで吹き上げズボンの右ポケットの膨らみを手で押さえながら来客対応の為につばさの後を追う形でサービスフロントへ入ったのは、アナウンスが鳴ってから10分後の事だった。

 「いらっしゃいませ。」フロントカウンターに座らず立って待っていたナオミにツカツカと歩み寄る。余所行きの笑顔で・・・。

 背中を指す様な視線に痛みを感じながら所用を済ませて行く。

鮮やかな客さばきをしていたのは、つばさがこちらを睨んでいたせいだった。

 何よあの娘、「感じ悪ぅ!」嫌悪の捨て台詞とワゴンRを残して立ち去った。

車検の依頼に来たのは、キリコと岐阜総合病院1階喫煙室の隣室にある売店イートインでのコーヒータイムの3時間後だった。

「これよこれっ! スーパーカップのバニラが堪らんよ。」そう言いながら付属の木製アイススプンで四分の一づつ切り分けそれをコーヒーブラックのカップに入れた。

 キリコならではの飲み方だった。

「染みるねえ~。」眼を瞑り口を窄めてバニラの香りと甘さを堪能し、その中のコーヒーの苦味も味わっていた。

「告られたんよね四日前に・・・。」キリコを観てカミングアウトしたが、その内容は同級生の宮大工、三田秀雄(みたひでお)に同窓会の酒の席で「上善水の如しって知っとるか上善寺?」まーたかよと適当に聴いていたが・・・。

 民芸居酒屋の堀座卓の有る宴会場にナオミは同窓会で来ていた。

「あれはアッサリしていてなんぼでも行けるわなあ。」胡坐の尻を動かしながらナオミに近付き、とうとうその左横まで来てしまった。

「アレは高いよ、なんぼでも飲む酒じゃ無いしね、一杯か二杯で止めとく酒だよ。」

直美は盃の清酒を小さい舌で猫舐め舐めしてそう言った。

 周囲は何十年ぶりに逢う旧友の話しの花が咲き脇目も振らず思い出話に夢中になっていた。

「俺もその酒が好きでさあ側に置いていたい訳よ。」顔面が素面になっていた。

「だから上善寺、お前を側に起きたい訳さ。付き合って下さい。」真面目な顔とはこういう奴の顔の事をいうんだろうか? 直美は薄っすらと脳裏にハウリングが響いていた。

 ゥワンゥワンゥワン!ハウリングがする度に頭が締め付けられる。

酒は飲めるが、強い方ではなかった。

「お願い返事待って、今は答えられない。お酒、飲まないの?」こう返答するのが精一杯だった。一合徳利を手渡し明後日の方向へ体勢を変えた。

 そりゃあ恋もしたい。

オトコを信じて頭を擡げ身体を預けて二人で歩きたい。

 子育てから離れたから違うセグメントで羽目を外したい!と、思う。

だけどそれが眼の前に来たら躊躇してしまう・・・。発散出来るのに・・・。

 母性本能というやつか? 子供を愛しているからか? 手を抜けない性分だからか?

自問自答するが、何れも当て嵌まっていた。でも・・・。

「車屋の宗像さん知ってる?」告られたと話しを変えたかった。

「知らんけど、オマエの車ワゴンアールやろ? あれは走らんしな、居住性はエエけど。俺のクラウンでメシ食いに行こう?明日。」

「で、どうなった?」興味津々のキリコはバイタルの検温器をナオミの耳の裏に宛がう。

ピッ、「37.6℃か、お熱があるよ?」額を押さえるナオミに早く続きを話してと催促するように左肩を鷲掴みにして揺らした。おねだりの顔が可愛かった。

「逢って食事してクラウンでホテル行ったよ。」希望通りのナオミの返答に満足げな微笑を返していた。

「次のご予約は?んで、宮大工って何?」直美のインタビュアーに為りきっていた。

「旅館の女将かよ! 次はキラキラ連れて行ってくれるんだとさ・・・。」両眼をキョロキョロして、周囲に壁耳を注意していて、視線はキリコに戻った。

 クリスマスイブまで予約取ってあるんかとキリコが囃し立てたが、バツイチの特権だと、ナオミの切り替えしで話しが思わぬ方向へ行くとも知らずに二人の喫茶話は続いていた。

 成り行きに任せていた。キリコはどうするんだろうクリスマス・・・。

「でも、キリコの旦那さんどうするの?クリスマスは一人ぼっちよね?」

 思い出したかのようにキリコの夫の話にナオミが方向転換したのは自分だけ男性二人に告白されて嬉しかったが、キリコにも幸せを分けたいとの友情と女心だった。

 決して意地悪では無かった。 

 中国道をひた走るカローラ・・・。

播但道ジャンクションを過ぎた辺りから追跡のパトカーが増えて来た!

 頻りに「停まりなさい」と、車外スピーカーから流れていたがやがては・・・。

「止まれ!止まらんかいこらぁ!」と、舌を巻いて臨戦態勢を取って来た!

「おい、キリコ、もうアカンな・・・。」鬼瓦権造(おにがわらごんぞう)は、助手席のキリコに言った。

「世話になった。と言いフロントドアを開けて転がり落ちたんだよ!助手席のアタシを置いてだよ!?でも、シートベルトが引っ掛かって引き摺られてねえ・・・。」

 呆れ顔で右足を組んだ。

ニーハイブーツが似合いそうな長い足、ボーイッシュなショートショート。赤い唇。

 話し出したら止まらない、身振り手振りで話を続けるキリコはうっすらと目頭に涙が溜まっていた。

「5台だよ5台! 転がり落ち損ねたパパをパトカーが次々と挽いて行ったんだよね?」

「死ななくて幸いだったよねキリコ?」そう言うのが精一杯のナオミはキリコの亭主が権造組の看板を背負い部下50人を引き連れた極道の組長である事を他言せず、キリコの腹心の友として付き合っていたし、これ以上でも以下でもない友である事を知っていた。

 


第2章 「極道の妹、つばさの情事」


 まだ二十歳代というのに凄絶な体験をしているゴクイモ! 人殺しの場面を一部始終観た?

黙っていれば、つばさの可愛らしいリップに引き込まれそうになる亮一にはつばさの一介の体験談がデタラメに聴こえなかったが、どこか遠くで起こった事件の様に、感覚としては他人事に捉えていた。

「リョウちゃん今ね、阿波座インターを下りた所の焼肉屋にのレリホーに来てるの、ご飯食べたら出身地の神戸案内をして欲しいんだ、待ってるからね!」電話は唐突に切れた。

 こっちの返事は聞かず、要求を伝えたら一方的に切る! そんな行為は断続的に続いていた。

焼肉「レリホー」は、決死の覚悟で中央大通りの4車線をユーターンした南側の沿道にあった。

「路駐でいいからネ!」早よ来いとばかりに、早口で言って切れた。

フーッ、気合を入れて車から降りる。相変わらず埃っぽい。大坂は苦手だ。

 店に入ったらまだ昼下がりだと言うのにもう既につばさと連れの丸坊主が二人、バクバクと肉を貪り食っていた。

 店内は円テーブルが一〇セット有りテーブルの中央にジンギスカン用のグリルパンが置いてあり傾斜のあるパンで肉を焼き油を下の溝に落とす仕組みになっていて、それを良い事にトングで肉を鷲掴みし、グリルパンの天辺に乗せて一気に焼く下品な焼き方をしていた。

 グリルパンの周りには焼肉の垂れが入った小皿が散乱しており、キムチも所々堕ちていて、生中の空ジョッキが5個くらい散乱して飲み掛けのジョッキやワンフィンガーくらい残ったビールの中に投げ棄てた様なタバコの吸殻が無残にも溺れ、煙草の葉がバラバラに崩れてフィルターだけ浮いていたし、最早ビールなのかニコチンなのか判別付け難い液体がどす黒く濁っていた。酒池肉林の夢の跡の様で、ライオンが生きたまま食べ残したガゼルの死骸の様でマトモに眼を遣れないキープアウト状態の円テーブルに和やかに座っている極道にはヨチヨチ歩きの赤ん坊の頃が想像出来なかった。

「焼肉食べ放題♪」の歌に合わせる様にリズム良く上ハラミや上ロースを箸で掴んで口にポイッ、口にポイッ、口にポイッ!飲み込んでる? 丸で腹を空かしたハイエナ、人間ならば大食い選手権の様だった。アカセンも食っていた。それは俺の大好物・・・。と、思っていた。

 連れの坊主男はつばさの事を「姐さん姐さん。」と呼び、明らかに上下関係が分かった。

中学生と見違うように彼らは童顔だったが、小太りで機敏な身のこなしは喧嘩馴れしている亮一には分かったし、眼光の鋭さはニコニコしている童顔が有事になったらガラリと変わる事さえ付随して分かってしまった。

「沢山食べなよ。お昼未だなんでしょ?この子らは新車を買いたいって言ってたから紹介するからね?」ヤーさんに売りたくないと言えなかった・・・。

「アタシお利口さんかなあリョウちゃん?」瞳がキラキラして両指を組んでいた。 

「う、うん・・・。」ナンも言えネエ・・・。宗像亮一ピンチ!動向次第でこの身が危うい。

「いやあ、新車は欲しいネエ、もっとビールを飲ませてくれたら買うかもねえ、兄さん?」飲まんでエエわ!

「ああ、そうですかどうぞ頼んで下さい。」

 刹那、振り向いて店員を呼び「生中4つと、上カルビ、上ロース上センマイ、牛タンの上ね、四人前だよ?」ナンボほど食うんじゃと思う亮一・・・。シー、シー、クチャクチャ。

 下品な奴! とうとう正体を現したな! しかし、サラリーマン生活を35年も諾々とやってきた亮一の敵う相手ではなかった。

 こういう連中を相手にしたらどちらかが死ぬまで付き纏われる、背筋に痺れる程の悪寒が走り初めてつばさと別れたいと思ったのは、この時だったかも知れない!

 「ナオミ・・・。」亮一の心に宿った上善寺ナオミの面影を抱き締めていた。

初めて分かった、大切な人を! かつて私の大切な人を病める時も死が二人を分かつ時も決して離れないと誓った前妻が居た事を忘れていた。

 もうその心は無いし、ナオミの傍らにある事さえ気付かなかった!それだけ一緒に居る時間が長かったと、いう事なのか?

「突っ立ってないで座れば?」つばさに促され椅子に座った時、先ほど丸坊主が注文した生中と肉が運ばれて来た。が、ジョッキ以外の全皿は、全て丸坊主の前に置かれた。

「エーッ、俺の分は?」口に出た言葉を返すのは、「兄さんも食べるん?」

「い、イヤいいですわ。」食欲を逸して沈黙した。

 こいつら常識無いんや。

普通相手の事も考えて注文するだろ。

 日本の常識は最早通用しないんだ。

それならそうと、自我を通したる!神戸を嘗めんなヨッ!

 腕を組み背凭れに身を任せ眼を閉じた・・・。

「ちょっと起きてよ凄いイビキね、有り得ない!」つばさが横向きで割り箸で皿をコンコンと叩いていた。

 忍法熟睡の術!

両手を肘から曲げて掌を返しダメだこりゃ! のポーズをしたつばさを見た時、勝った成功! そう思った。

半時間ばかりの仮眠で亮一伝説は跡形も無く崩れ去った。

 弟分を残して先に帰った丸坊主の飲食代金は、税込み3万6千5百二十円。

してやったりの感情は今ここだけの優越感に過ぎなかった。してやられていた。

 焼肉食べ放題、金払い放題。 

BGMが実しやかに流れていた。冷徹にあっさりと歌っていた。

「送ってよ。京町堀に帰るから。」身体を叩きのめしても飽き足らず精神をぶち壊す。

 こんな連中だ。

大坂四つ橋筋西側京町堀の居酒屋「推古伝」に亮一、つばさ、丸坊主2人の片割れが4人掛けテーブルに座っていた。

 カウンター席の方がおさると話しが出来るから好きだったが、我を通す気力が無かった。

 ここの店長はつばさの元彼だそうで人懐こい顔をしていたが、「のび太くん」と亮一を呼び、銀縁のメガネで坊ちゃん刈風の亮一には似合い過ぎていた。

 亮一は「おさる」と呼んで北西賢(きたにしまさる)という名前から猿を連想していた。

多少無理が有ったが・・・。

 食欲がブレない丸坊主の弟分は、食欲旺盛で、昼に焼肉レリホーで無茶食いしていた人は兄貴分だという。

 つばさがトイレに立った隙に聞いて見た。

二人の名前を聞く気にもなれずに溜った昼の疲れを開放したかったが、寝ている間にバカスカ食べられては堪ったものじゃないので夕食がてらに亮一も宴に加わる事にした。

 弟分の丸坊主の方は兄貴と違って礼儀正しい方で、店のメニューを左端から注文しては平らげて行った。丸で馬の様な食欲だった。

 兄貴とさほど変わらない体質の弟の丸坊主は、名前が高倉茂(たかくらしげる)と名乗った。

 高倉健のセリフ「死んでもらいます。」を彷彿とさせていた。

聞くと茂は、出張中の寿司口(すしくち)組の大幹部今中田龍一(いまなかたりゅういち)の舎弟で、実妹のつばさの護衛役を仰せ付かったそうで、ナンとしてでも社会人として羽を伸ばしているつばさに極道業界に戻って欲しいと思っていたが、、自分一人の力では力不足で、兄貴分の舎弟に頼み込んでつばさの護衛をやっているそうだ。

 いきなりややこしい話しに首を突っ込んだ事になってしまって、もうナオミの存在が恋しい亮一だったが、時刻は午前一時を過ぎていた。

「帰って寝るわ。」

「寝るんならあたしのアパートにおいでよ?シャワーも有るし、もしかしたら私が入ってくるかもよー。」入って来るな!と思ったが亮一とつばさはバリアフリーだった。

 そういえばつばさとは一度きりだが関係した事のある女性で恋人だとおもっていた亮一の考えが古風なのか、ハタマタつばさがぶっ飛んでいるのか、考え出したらアインシュタインの相対性理論の様で、堂々巡りを繰り返す亮一の頭は飽和状態だった。

 何とか執拗に亮一の懐を弄るつばさをねじ込め阪神高速7号神戸線をひた走るウインダムに乗る亮一がつばさに翻弄されて疲れ切っていたし、亮一の運転する車は蛇行していた。

 ふと、眼を開けると11沌ロングトラックの後部ハネにウインダムのボンネットが潜ろうとしていた。

 咄嗟にハンドルを左に切る! 弾みで防音防護壁に追突! 

慌ててブレーキを踏みハンドルを切った! 刹那前輪がロック!

 ぶつかった反動で反対側の壁に追突!

「オマエ、一生集られるぞ?手を切れ!」営業所長の野瀬川(のせかわ)に叱咤激励されもうつばさを切って普通の女性と一緒になれれば・・・。

 ふと、直美の顔が浮かんだ。やっぱり直美・・・。

未来の無い女と手を切り未来が明るい女を確保する。夢を見ていた。


第3章「キラキラ」


 「こんにちはー。宗像さん居ます?車検のワゴンアールを取りに来ました。」

あの嫌味な視線は今日は居ないのね。ラッキー。

 しかし、つばさはワザと席を外し、亮一の同行を探ろうとしていた。

「いらっしゃいませ上善寺様。」目配せをした亮一のあとを追い外に出た。

「話しがあるんで岐阜駅前の「ビーフハイブリッドに7時にきて下さい。」

 改まって変な人ね。

JR岐阜駅前、ビーフハイブリッドの末席に二人は居た。

背の高い観葉植物の陰でじっと観るつばさは、アメリカンコーヒーを注文して、フレッシュを4杯も入れたカフェオレ化した甘くないコーヒーを飲んでいた。

眼の前の横に長い鉄板の前のカウンター席に座ってステーキが焼きあがるのを観ていた。

 昨日鱈腹肉を食べ放題に食べたつばさの胃の中は胸焼けがして、肉の顔も観たく無いほどの精神状態での探偵ごっこは手を抜かなかった。

 赤ワインは肉料理の定番で懐の寂しい亮一にとってすこぶる強い味方だ。

グラスワインだが優雅に乾杯をした。

浮かぬ表情の直美の顔色を見て少し不安に駆られていたが・・・。

「あの、イブが明後日だというのに打ち明けますと、僕はバツイチなんだ。」コクリと頷いた直美をみて少し微笑む。余所行きの亮一が亮一と想えないほど、大人びて、そんな姿を一度も私に見せてないのに何であの女に媚び諂うの?と、メラメラ嫉妬の炎が燃え上がる! 

 つばさの胸中に・・・。

「嘘つき妻子持ちだろッ」叫びそうになったつばさは、慌ててヴィトンのスカーフで口を抑えた。

 アタシ以外の女に良い顔をして! メラメラと復讐心の炎が燃え上がっていた!

「僕の側に居てほしいし、付き合ってる途中で必要と感じたならば結婚して欲しいです。」

新手のプロポーズだね・・・。直美の心は動かなかった。宮大工の三田が居たから。

 またアタシの生き方が否定される?何もアタシを知らないのね・・・。

大きな息子二人が居るのに。

 手前勝手なオトコの結婚生活に嫌気が差していた。

夜勤明けの朝。

 喫茶「フギ」・・・。

キリコがタバコを揉み消した。

「だけどモテモテだあねナオッチ。」コナ・コーヒーを飲む

 キリコは院外で羽目を外す。

命のやり取りの現場で凝り固まった私のヤンチャを開放してあげるんだーよ、と言っていたキリコが羨ましい。

 エビスのデニムにディーゼルの短ブーツ。フライトジャケットの中にはピンクのパーカーだった。

 コナ・コーヒーのブラックを飲み、ハムサンドを齧る。

「アンタも持て期だから焦って返事しないように。」

 と、言われたナオミは石橋を叩いて、叩き過ぎて、渡るべき橋を壊してしまう。

そんなこんなで、チャンスを逃していた。

 昔の様に独身だったら・・・。

タラは北海道!今は今から先の事を考えれば良い!

 結婚したらアタシのプライドとルーチンが壊される。前もそうだった。

寂しさを忘れて懸命に働いた。

 だけど、気付いたらいつも独りだった。

子育ても然り結婚、結婚て、簡単に言うけど貴方が私の何を知っているの?

「ここから観たらアルファベットのDの様だね?」胸の事?

「全部任せて!」抱きたいだけじゃないの?そこに愛は有るの?宮大工の三田さんは、私の全部?全部理解している? でも結婚したいとは思わない。

 結婚生活に不向きかもねえー。

明け透けなキリコが続ける。

 アンタみたいに複雑な人間ばっかじゃないよ。

もっと単純で眼の前の出来事に怒ったり泣いたり喜んだりしてるよお?

 アタシだってそうだよ

腹は減るし胸触って来る厚かましい患者にシバいたろか!とも思うし

 兎に角こっちに来た出来事に全部受け止めて抱き込んでから仕分けして行けば良いんだよナオミ? 

 役割分担をキチット分科するから行き詰まるんだよ。

ポンポン! じゃあなと、肩を二回叩いて喫茶「フギ」を出て行った。

ドゥルルン! バウンバウン! 

 不適な笑みと爆音を残して青いナナハンを操り帰って行った。

結婚、再婚。か・・・、失敗した二人。

 亮一の失敗を未だ聞いてなかった事に気付いたが、今更暴露して驚くような理由無いだろう。

アタシの理由はナースのプライド。

 クランケがクライアント」なんだ・・・。

「専業主婦に為れよ!子供が出来るんだし。」

 そんな事を軽々しく言って欲しくなかった。

アタシには20人の受け持ち患者さんが居る。

 毎朝20人分のバイタルを集めなきゃならないし、戦争だしナーバスでもあり重要でもあるんだ。兎に角、ドクターに引き継がなきゃいけないし、私が最前線のディフェンスなんだから!

 MUSTなんだもん!一人の患者さんのバイタルが不調なら仕事はそこから始まる。

終わり無き戦いに家庭の事情は見殺しにする。

 夜勤とか日勤とか患者さんが居るから出来るのよ?

あなたは生と死を見つめてないからそんな事が言えるんだと思うわ。

 そう言った朝、亭主は出て行った切り1ヶ月経っても2ヶ月経っても帰らなかった。

そして結婚は破綻した。

 離婚後に8年間続いた彼が居た。

もう・・・、どうにもなれって感じネ。

 医療関係者かと言えば彼は(復帰)が担当で、元居た場所に返す仕事をしていた。

直美の恋人佐和鳶一縷(さわとびいちる)は、PT・フィジカルセラピスト(理学療法士)という職種だった。

 私の様にランダムな勤務形態では無く時間から時間を渡り歩く勤務だったから時間を

作り易いのに私は放ったらかしで、いつも夜勤ばかりじゃないのに!。

 寂しい心はいつも泣いていた。

アタシは何時までも待っていると思っていた?

 もしそう思っていたなら貴方は間違っていたわ。

私は一個の人間だし、貴方と同じくらいに生きて生活を営んでる。

 もしかしたらあなたよりもキャリアは濃厚かも知れない。

子育ての分だけ・・・。何も子育てに重きを置くから偉いとは言わないけれど、貴方は待たせ過ぎて放置し過ぎたわ。

 だから宗像さんと付き合って結婚したらそんな事が繰り返されるかも知れないし、私は

子供に貴方を育てたから時間が無くて幸せに為れなかったわと、言いたくない。

 仕事に生きる女としてそれは言っては為らない事!

ナオミは葛藤の中で一人苦しみ悶え喘いでいた。

 人間として社会人として男として女として母として保護者として、行き着く先は何処なのだろう?

 お互い必要と感じている人物と場所。

夫を頼る事の無い幾許かのかの生活費を稼げる」職業を持っている事。

 雨風を凌げる賃貸アパートではなく持ち家に限る。

人に言えば、夢物語として片づけられるナオミの主張ではあるが、これがナオミの結婚の定義だった。

 三田秀雄は大工であっても宮大工だ。丁寧に仕事をするが、モジュールの違うサイトを往来している社寺に凝り固まった大工である。

 仕事のスケジュールは一定ではなく、懇意にしている社寺の代表が必要として呼ぶので一般的にメジャーではなく知る人ぞ知るマニアックな職業といえる。


第4章 「シンギュラリティ」


 但しモジュールの変更はいつでも可能なので、悲観的にならなくても良いだろう。

木組み工法とは宮大工の真骨頂だ! 

 釘を使わないで木材を組み建築していく工法・・・。

軸組工法とは真逆で仕事の頻度は軸組とはかなり差があり年収も然り宮大工の年収は400万円前後になる。

 軸組の大工は頻度がかなりあるし、量をこなせば収入に正比例してくる。

方や宮大工は神社仏閣の仕事がそうそう有るわけではない。

 ナオミは焦っていた。

2030年頃にはシンギュラリティが起こりAIの知能が人間のそれを凌駕する時代。

 技術的特異点の時代に間も無く為る!

私達の存在理由は有るの?新しい戦争の形・・・。

 グレーゾーン戦争?

軍事的では無いにせよ医療業界の戦争は日常的に今行われている!

 私達がAIに取って代わられる訳? そんなの許せない!

ドクターの補助的役割でもあり、患者の癒し的役割や24時間医療補助を行う。

 ナースの定義はナオミが勝手に決めた事だが・・・。

夫のAI、子供のAI、ナースのAI、ドクターのAI、患者のAI。

 考え出したらキリが無い。

ノイローゼになりそうだからここらで止めておいた。

 バイタルの巡回で誰も居なくなったナースセンターには、

キリコとナオミが測定前のカルテと先ほど測定済みのバイタルデータを照らし合わせていたが仕事に集中する余り他言無用とばかりに一切口を閉じていた。

そんな中、バイタルを測定し終えたデータを「異常なし」と師長のデスクに置き提出した。

 キリコが師長デスクの左横デスクからナオミの背中に語りかけていた。

「再婚するって聞いたけど。」

「 子供は大丈夫なの? 息子達の事よ・・・

ナオミは強い人だからアイデンティティーを確立させているわ。」

 「ナオミ、結婚の定義はなに?」保々、独り言に近かった。

黙ったままだったナオミに再度、問いかけた。イライラしていた。

「ナオミ、ナオミって結婚の定義はなに?」語尾は強く聞いた。

しんと静まり返ったナースセンターの垣根を超えてキリコの声は幅広の通路を往来していた。

ハッ、と気付いてクルリとキリコの佇んでいる師長デスク前に振り向く。

「ゴメン聞いてなかった。」背筋を伸ばし、あーなるほど、とばかりに両指を組み口許を押さえてやれやれと言う風に小首を傾げて、「アンタっていつもそうだけど、今度旦那になる人はそんなんで大丈夫なの?」

エヘヘとハニカミながら両手をユニフォームのポケットに突っ込みながら立ち上がりキリコの方へ正対して肩を竦めていた。

「それはね、お互い必要としているシチュエーションが真実の愛だと思うのよ。」

「私はワタシ、幸せの定義を探しに行くわ。」

 ウン!と力強く頷き二歩、キリコに近付いた。

「だけど、結婚、結婚てうるさ過ぎなのよね。アタシ自身の事を言うと、恋愛に憧れてる・・・。」言い終わるとナースコールランプをチラッと確認した。

 「だって夫と別れてこのかた、子育てに必死だったからね。」

「マイセルフの時間が無かった訳よキリコ?」

 「別れた夫とは然程恋愛をしたという記憶が無いし、リアルに恋愛してみたいのよキリコ?

だからちょうど良い時に2人からアプローチがあってホッとしてるんだ!」

 もう無いかもと思ってたもんね。と、両頬を両掌で宛がいちょっと上方へ上げて視た。

「アタシだって捨てたもんじゃないわと今でもモテるんだ!現役なんだ!って嬉しいのよ。」

 「私はワタシ、幸せの定義を探しに行くわあの人と。」

ナオミの純白のオーラが発光していた。

 あの人って誰?と。キリコがしつこく問い質したのは言うまでもない。


第5章「つばさの報復」


 カローラ岐阜、打ち合わせテーブルに内奥つばさ、高倉茂、宗像亮一。三人が陣取っていた。

 が、亮一は一人、孤軍奮闘していた。

「できちゃったよリョウちゃん・・・。どーするの?」で、出来たってたったの一回じゃん!しかもホテルになだれ込み

「さあ!決めるぞっ!」と意気込んでいたら、ホテルのフロントから「あと10分で宿泊料金に変わります。

 宿泊の際は前金でお一人1万4千円になります。」エーッ!仕方無いから宿泊にしようとしたら「宿泊は勿体無いからあと10分で帰ろう。」と、つばさが急がせるのでもう何もかも中途半端で、不完全燃焼だったが、避妊したし、ゴムには受精出来るだけの量が出てないから妊娠なんてウソっぱちだろっ!と今ここで高倉茂の目の前でぶっちゃけたら亮一の命が終わり、つばさネェさんの面目丸潰れだろう。

 どちらが得策か、考えていた。

「まあ、姐さんの事は姐さんが一番良く知ってますからね。」

「ここはあんさんが、男を見せて認知しはり?」アロハシャツの前ボタンを全開して、チラチラと見え隠れする刺青にシールだとなかり思っていたオメデタイ亮一・・・。

「中絶費用と慰謝料が、一本やからね。」一本て、百万円の事?と聞いたら言い方を間違えていたらしく1本の10倍の事らしい。10本と言え10本と!

 つまりは1千万円を現金で出せと言っていた。

今すぐ警察に駆け込んだら大騒動になり、この二人は間違いなく逮捕されるだろう・・・。

高倉が亮一の顔をマジマジと見詰め、「決めなはり?」

 何弁じゃお前!と、言いたかったが、そこはグッと堪えて両手はグーをして膝上に置いていた。

 これが、つばさの報復?切ないよな、我が儘に育って来たんだろう。

ほぼ、新手の恐喝に屈してたまるか!そう思っていた。

「あんさん即答せんかったら走り回りまっせ!」は? 一人で?

「女を孕ませときながら金をよう払いよらん!女泣かして何が、嬉しいんじゃ!」そんな事を言いながら走り回っても恥をかくだけだ!亮一は高をくくっていた。

「20人くらい応援に来てもらうしな、あんさん?」眼が据わっていて本気らしかった。

1階から3階まである全フロアを走り回られたら大恥をかくばかりでなくバツイチと言っていた鬼嫁に知れ渡る。

 ヤクザよりも性質の悪い嫁にしばかれる!

「時間切れやあんさん!ちょっと来てみ。」亮一の右手をグイッと掴み、展示場の外へ引っ張り出そうとした!

「あーっ、待ってえ!・・・、バイバイリョウちゃんもうアタシらお・し・ま・い。」

 キャハハハハ!これだけが言いたくて呼び止めたアホ女はサービスフロントに顔を出し退職の挨拶を終えて亮一達の後をフフフフフ、フーン!と鼻歌を歌いながら付いてきた。後ろで指を組みスキップをしながら・・・。

 カローラ岐阜の薄暗い地下駐車場には黒いランドクルーザーが長一達を待っていた。

アイドリング状態で待っていた。

「ハヨ、乗りや!」高倉の太い腕は亮一のフルパワーをもってしても勝てなかった。レスラー級のパワーだった。

 バタン!リヤドアが締まり真っ暗だがルームライトが薄っすらと全員の輪郭を写しだしていた。だから全乗員は分かる。

つばさ、高倉茂と、亮一だけだった。

 と、思っていたが、ドライバーには見た事がある顔?象並みの食欲の丸坊主だ!

「久しぶりやな兄さんあの時はゴチソウサマでした菅原分太一(すがわらぶんたいち)や。」

 両手を合わせてこちらを向いて会釈をした。だが、こちらを睨む蛇の目級の眼光は亮一も、ぞっとした。

 どうやら礼儀正しいのかなと思った刹那、「もう姐さんに悪さ」しないと誓うか?」

状況から見て誓うといわなければ! 今日は妻のお手製ギョーザだから帰って食べなきゃあ!早く帰りたい!

「ち、誓います、神に誓います。」これで開放されるならお安いもんだ。と、過ぎる!

「姐さんに誓わんかいっ!」まだ足らんのかい。嘗めていた亮一。

 ギラついた眼光で睨まれた! 背中に悪寒が走り全身が縮み上がった。

すぐさま後部座席の内奥つばさを振り返り、「つばささんに誓います!二度と悪さしません!」

思った通りだ!悪魔の顔を見せている。

「極道の妻とは早く手を切れ!ワタシの知人で同じような過ちを犯した男が両眼を潰されたんだぞ!?」野瀬川所長の声を思い出していた。

「二度と姐さんに悪さ出来んように四本の指とポコチンをハサミでちょん切れい茂!ハサミとギロチンや! 出せ!」ハイッ!固まっていたが動きは機敏だった。

 兄貴の威力は絶大だ。

つばさの兄貴はもっと怖いんだろうな・・・。

 ぼんやりと考えていたらリヤトランクから刃渡り30センチ級の刃物の着いた木製の台を抱えて持って来たのは高倉茂だ。重そうだった。

「磨いて置きましたからよく切れますよ。」青褪めた。

 余計な事をしやがってと怒鳴ったが声に為らなかった! 

口にタオルを入れられていたからだ! 

 丸坊主が刃物を90度まで上げた!ランドクルーザーの薄暗い所作は車外から観ても何も分からないだろう・・・。全ガラスに真っ黒なプライベートフィルムが貼られていたからだ。絶望的な亮一はこれから起こる事態を想像出来たが、結末は想像出来なかった。

 亮一の五本の指を揃えて切断器に合わせる。

四本の指を真っ直ぐにして揃え親指だけ掌中へ折り曲げ入れられた。

「親指は助けたる。」重低音が優しく響いた。

「ありがとうゴザイマふ。」タオルを突っ込まれた口腔は発音は判然としなかったが、歯を食い縛って礼を言う。丸坊主の眼を見た。眼を見開き感情が伝わる様に相手を観た。

 営業双子中亮一の癖だった。

「イエイエ、どういたしまして。」顔を赤らめた丸坊主がコクリと頭を下げた。照れていた。

 底抜けに明るく間抜けな会話のやり取りが成された。

しかし、明るいのはそこまでだった!

 次に丸坊主の兄貴が中腰になって全体重を掛け刃物に乗っかった! 

ブーーンサクッ!

 ブチブチブチ、ブチ!と、四本の指が跳ねた! モノクロの砂嵐が見えてやがて眼の前が真っ暗になった。「痛い!」と言う暇も無く、亮一は気絶して痙攣を併発し、口から泡を噴出していた。

 やっと丸坊主の兄貴の力んだ身体から毒々しいパワーが脱け出て行った。

ホーッと溜息をつき、「姐さんお疲れ様でした。これで平和が訪れますわ。」

 安堵した顔をつばさに向けた丸坊主は、悪魔は悪魔だった。

「シゲルハヨ! チンポコをハサミでちょん切れ!」

ハイッ! 高倉茂は、ハッキリと元気良く返事をした。素早い対応だった。

 亮一のズボンとパンツを降ろすと、プ~ンと小便の匂いがした。

恐怖で小便をチビって居た。パンツはびしょびしょに濡れていた

 しかし、高倉茂はわき目も振らずテキオパキと亮一のイチモツを摘み枝切りハサミでヂョギン! 鮮血が迸り、車内には亮一のヌメヌメとした真っ赤なイチモツが転がって異様な程の鉄分の匂いと鮮血の匂いが充満していた。全乗員は勿論血だらけだったが・・・。

「リョウちゃんもざまあ無いネエ。」憎々しげな視線を遣ったが、身体の力は抜けていた。

繁々と状況を見詰めて動じず女は出血に強いと思わせていた。

 つばさは状況に応じてツイートしたがその顔は何だか寂しそうだった。

岐阜救急医療センターの三階外科フロア。

 亮一が目覚めると妻と子供が一枚の用紙を置いて病室から出て行く刹那だった。

「助かった様ね。」マジマジと声のする方を見た。

「ナオミ・・・。」

意地悪な眼をした女の子が救急車を呼んでくれたのよ~。

 歌うように言うナオミ。

いつだってそうだ、亮一の側に居てくれる。心を癒してくれる。

 依存していたから、そう思えた。

「酷い。」ナオミが見下ろして謂う。

「うん酷い目に遭ったよ。」

「これからは僕と一緒だ。」

「いいえ、それは違う。」透き通る様な直美の声は 病室の隅々まで響き渡った。

「酷い目に遭ったのは貴方の奥さんと子供ちゃんよ。」

「そしてワタシにも酷い目に逢わせようとしていた。」

「酷すぎるわ・・・。」

「この申請書は離婚届よ?」

「奥様が置いて行ったわ。子供ちゃんは泣いていた。」

「あなた言ったわね、付き合ってお互いが必要としたら結婚しようって・・・。」

「でももう無理、貴方は必要ない。結婚の前に離婚するわ!婚前離婚よ!」

「アナタは必要ない! サヨナラ。」クルリと踵を返し病室の引き戸を開け、痛み止めと抗生剤を置いて病室を出て行った上善寺ナオミは二度と振り向かなかった。

 病室を出て行く途中に亮一の慟哭が届いたが、構わず二度と振り返らなかった。

そして通路の壁に凭れて直美を待っていた男に腕を絡めて一緒に幅広の通路をコツコツ、と足音を立てながら歩いて行った。


第6章「観返り美人」


 絡めた腕を解くと男の眼もくれず、踵を返して背中を見せ、冬枯れの木立を横に真っ直ぐ歩いて行く。

 薄緑なコートの背中が冬の刹那に消え入りそうで可憐な背を抱き止めようと反射的に手を伸ばしたが、届きもせず、ナオミの心はここに無い事を証明していた。

 「ナオ!」佐和鳶一縷(さわとびいちる)は声を限りに直美を呼び止めた。が、いつもなら直美は、一縷の声に唯々諾々と応えて微笑みを含み見返り美人のように振り向くが、等間隔に生える銀杏並木とポプラの陰に隠れて直美の足取りは消えて行った・・・。

 ブーツが似合う白く細い脚だった・・・。

短いCPОから覗く白い足はここから離れがたい様に彷徨っていた。

 堪らなく寂しい・・・。小さくなって行く直美をじっと観ていた一縷。

アゲンストの風に乗って直美の涙や寂しさがザクザクと一縷に突き刺さる。

 これでもか!と言うくらいに容赦無かった。

今更気付いても、「遅いか・・・。」トレパンのポケットに両手を突っ込み肩をすぼめて踵を返した。眼を瞑っていた

 僕の心のナオを断ち切らなければ・・・。今でも繋がっている感覚はあった。

 トボトボと歩く。

 空は青く快晴ダケド、胸中は放射冷却だった。

 直美からのフェーン現象が冷気になって吹き曝し凍えそうな心の襞に直美の陰がチラつき、反省点を打ち消していた。

 銀杏並木のいちょう葉が足底に絡まり、今まで聴こえなかった直美の愚痴の様に一枚一枚、寂しいと言っては剥がれて圧着し、悲しいと言っては剥がれて圧着していた。

 丸まった背中が寒かった。

俗に言う肩甲骨が離れていたからだったが、半日前のイチルは違っていた。

 生き生きとして、理学療法士としての職責を果たしていた。

「外旋の癖を直しましょう。八束さん?

右肩と左足の爪先を線で結んでください。

 その線に沿って左膝を上げましょうそれで、この外旋は無くなって左足が振り出しの時、正常に伸展出来ます。」八束孝(やつかたかし)の左膝を摩りながら言う。

 気付かなかったけど僕の心にはいつだってナオが居たんだ。

今更言っても言い訳になる。一縷の回想は僅か半日前のものだった。

腹を膨らませて息を吸う。次に口を窄めて息を吐く。細く長く息を吐いた。

腹と背中が着くぐらい息を吐いた。

 ・・・。

 医療センターのリハビリ会場は1階受付の直ぐ後ろに理学療法の島があり、リハビリベッドや平行棒が均等に整列している。

 そこに片麻痺患者や高齢者が歩容の確認の為にスローなテンポで歩行していた。

「クローヌスは脚が冷えた時や疲れた時に出やすいんですよ?アキレス腱ではなくて、アキレス腱の裏側にある後脛骨筋が不正な収縮をするからガクガクするんですよ?内反尖足がある人に多いんですよ、心配要りません。ОCSCSS術で、直ぐに改善するのでね。」

 佐和鳶一縷が他の片麻痺患者に説明しているのを静かに聴いている上善寺恋音(じょうぜんじれのん)だったが・・・。

 恋音も同じ症状だったから気に病んで聴いていた。

「イチ先生は凄いんだよママ?」直美が車椅子から見上げる恋音を観ていた。

「教えてくれる事は一々身体の勉強になる事ばかりなんだよ。」

車椅子の恋音をじっと見ていた直美は、充実していそうな顔面を持っていた。

「そうだねえでもイチ先生なんて呼んじゃダメだよ恋音?」

「ちゃんと佐和鳶さんて名前があるから佐和鳶先生って言わなきゃ?」

フーッ!と長く息を吐き「説教臭い!」と、口を尖らせた。

「自分はイチさんと呼んでるクセに。」プイと横を向いた。

 やれやれと言う風に困った顔をして、理学療法の島へ車椅子を押して行った。

やっと一縷の脳裏に恋音(れのん)が見えて来た。

 これが絶頂点だったのかな?水面に小石を投げたら小さな波紋が小波となって、やがて津波

となりイチルを飲み込み水底に彷徨う一縷は暗中模索の中でもがき、出口を求めていた。   岐阜医療センターに恋音が運ばれて来たのは8年前の梅雨入り間近の6月の事だった。

カルテは交通事故、加害車両は不明、県警の調書には被疑者逃亡と書かれていた。

 所謂轢き逃げだった。

「待て、卑怯者!」れのーん! 直美は、倒れた恋音を抱き抱えながら涙交じりの叫び声を張り上げたのは久しぶりだった。

 岐阜医療センターリハビリ会場では、一縷が恋音の骨盤リハビリを任されていて緊急手術終了後に主治医のリハビリ許可後腰椎強化、股関節ストレッチ、脊椎強化等々理学療法に於いて訓練を行っていた。

「恋音くん何処か痛い所は無い?」起立筋の確認後、腰椎アライメント調整を独自で行い股関節に繋がる太股の裏側から膝蓋に通じる薄筋を優しくマッサージしていた。

 自称筋肉アナリストの一縷は仕事にストイックで、無駄口を叩いた事の無い正確無比な男だった。

 人間性が誠実な為、多くの女性が放って置かなかった。

直美も然り、息子の恋音の事故には取り乱し、錯乱状態とも言える行動を起こしPT一縷に窘められ、正気を取り戻していた。

 救命救急センターの受付には終了時間など無かった。

深夜の待合室には、誰一人直美以外姿が無かった。

 そしてその慟哭は院内の隅々までまんべんなく届いていた。

「恋音が死んだら私生きて行けないわ!」医療センターの正面玄関を入るとテーブル2基と椅子4座が整然と並べられていた。

 喫茶コーナーで日中は見舞い客やリハビリの時間待ちをしている入院患者がコーヒーを楽しみ談話の華を咲かせているのだが、時刻は、午前零時を回り強者どもも夢のあとと言った方が早いが、戦があったわけではない。

 その突き当たりを右に曲がり血圧計やマスクの自販機の横にソファーがセットされていたが、その中にポツンと、直美の姿があった。

「今は息子さんの緊急手術が行われていますから。さ、どうぞ4階のオペ室の隣の準備室に行きましょう。」4階のオペ準備室への入室を促すイチルは神のように優しく直美を包み込んでいた。

「私は、佐和鳶一縷と言います。理学療法士です。

多分息子さんのリハビリ担当になると思います。」二人は向かい合っていた。

 非常用ライトの中、直美の輪郭だけ頼りに胸中の想いを打ち明けていた。

安心し切った声色で直美は恋音の全てを委ねていた。

「ご丁寧にどうもありがとうございます。上善寺直美と言います。看護師です。」

「普段はグループホームのケアマネージャー兼ナースですが、社会福祉士の職域も持ってます。」

 交錯する2人のシンパシー。

両手が空いていて身体を支えて掴むものは何も無かった。

貴方の優しさを心の襞に絡めたかった。

 契の定めに身体を預けた2人の寂しさの欠片を補い心通わせる男と女のララバイが、何処からとも無く聴こえていた。

「エレベーターは明るいね?」何でイキナリ馴れ馴れしいの?ま、良いか・・・。

「ところで一縷の意味は何ですか佐・和・鳶・さ・ん?」意地でも為でしゃべらなかった。

顔を見上げなければ為らない程の身長差があったためだったが・・・。

「イチルって呼んでいいよ?」

 「一縷の望み」の一縷で、幽かな細い糸だが、しなやかで強くなって欲しい。と、両親が名付けたそうだ・・・。

 「だからPT、フィジカル。イチさん・・・。」直美は勝手に納得し、この質問で二人の距離は縮まっていた。

 互いに見詰める空間には大人一人分の空気が存在していた。

手を伸ばせば届く距離だがお互いの自制がそうさせていた。

 そしてイチルはSNSの利用者5000名に友達リクエストを受けていて誠実に返信を繰り返していた・・・。

 中には「愛してる貴方と結婚する為に日本へ行くわ!」とメッセンジャーが絶え間なく着信音が鳴っていたが、相手にしなかった。


第7章 「知られざるシリア」


 シリア、アレッポからパミール高原を縦断し、シリア海岸に出る。

海岸の向こうにはキプロス島がトルコ沿岸に比例していて東西に延びる地中海、果てはエーゲ海、その西南にはマルタ島が浮かんでいた。

 スカー・キングダム軍曹を先頭に男女混合の米軍30余名が行進している。

夜明け前のパミール高原の東空は薄紫色に染まり、軈ては白々とした夜明けに移ろいシリア海岸にも朝日が差し込む。

 そんな朝を迎えようとしているエミリー・ファイナルは、余所見をしていた。

何故なら一縷のメールがエミリーのスマホに着信したからだ。

 彼女が辺りをキョロキョロしていた刹那、遥かキプロス島の手前の白いプレジャーボートが、キラリ!と銃口の黒光りを放つ光景を列の真中に居るエミリーの眼に入った!

「レディ!」短くハッキリと軍曹にも届く声だった!

 ロケットランチャーはジープに置いて来た。ある意味で後悔していた。

「ストップオール!」スカーは左腕を掲げ全員の行進をを制した。

  スカーがキプロス方面を睨み右膝を着き銃を構えトリガーに指を掛けた! 

 刹那、「コンバット!」勇ましい怒号がシリア海岸を駆け抜けた!

スカー・キングダム軍曹が咄嗟に叫ぶと、全員銃をキプロス方面へ構えトリガーを引く! 

パンパン! パパン! ブォー! ドドドドドッ! ドドド! ドドドドッ! ブォー! 

 応戦も空しくソリントガンがけたたましく漆黒の弾丸を12000発以上放った! 

容赦なかった・・・。

 200m先のジープは蜂の巣の様だった。流れ弾がエミリーのロケットランチャーを刺激して発射し、行く宛てが無く空中で爆発していた。

 僅か14秒足らずで 30余名の部隊は全滅した。

プレジャーボートがユックリとシリア海岸に近付きタリバンが上陸する。

「ファッキングアメリカ!」右足で顔を蹴られたスカー・キングダムは、仰向けに倒れたが、銃を構えたまま絶命していた。死後硬直していた。

 タリバンの一人遊軍班長は、弾丸が貫通したスカーの左目に人差し指を突っ込んで眼窩低をベキベキと壊していた・・・。

 その光景を発見したタリバンの隊長が小銃を構えトリガーを弾いた! 

パーーン! ニヤけた班長の頭部を撃った! 頭蓋が粉々に破壊された班長は無言でその場に倒れた。

 ガバナンスの為の見せしめだった。

米国大統領がアメリカへ撤退を決行したのは、この小競合いがあって3週間後だった。

 愛しているわイチルサワトビ。

エミリーのスマートホンに残った打ち掛けのメールが米軍上層部ではかなり問題になっていた。

 日本人がタリバンを手引きした? 

エミリーのスマートホンを発見した黒人衛生兵のカート・ラッセルが、憶測で日本人の罪を誇大妄想したからだった。

 そして米軍が総力を挙げて日本人を突き止めた!

正面玄関の自動ドアの鴨居に頭が当たりそうなカルロ・ニンザーの身長は195センチは、ある。

 広い肩幅の黒い下士官用、ブレザージャケットは部厚い胸囲がそうさせたのか、ダブルの上ボタンを外してそれでも窮屈な着心地だと歩くときに肩を前後に揺らし、ジャケットの調整をする癖が着いていた。

「イチルサワ!」と両手を広げて受け付けの女性に佐和鳶一縷を出してくれと言っていた。

前情報で来院を知る事が出来ていたので、一縷の呼び出しはスムーズに行われていた。

 短気なニンザーがイライラしてアメリカ人特有の毒舌を吐かずに済んだ。

方や一縷は長身だが、カルロ・ニンザーと並んだら大人と子供の様な身長差があった。

 勲章が四つ以上も有って着ける場所に困る黒いダブルのブレザージャケットだった。

「イチルザワ、キミを米軍法規により逮捕しなければ為らない。」

 カルロ・ニンザー駐日大使が医療センターへ出向いたのは、どの様な佇まいの人が背景に居たのか?調査する為だった。

 対象者の年齢は、48歳の日本人・・・。

もう20歳若ければ逮捕していた。

 タリバンとは、パシュトー語で神学生・求道者の意味だったからだ!しかし、イチルは、国家資格の理学療法士を持っていた。

 タリバンの多くはアッラーの道を求める原理主義者で学生でも世直しを唱えるシャリーアの厳格な施行者だったが、彼は国家転覆を狙わず一途に国家資格を取得していた。

 タリバンのエビデンスは覆された。

カルロ・ニンザー駐日大使が帰国した後、岐阜県の医療関係者は噂の持ちきりでゴシップの的にされたのは、一縷だった。

「会いたい、寂しい。」と、言っても会いに来てくれず、私を放置したのはエミリーとか・・・。 若いヤンキー娘と浮気してたのね。

 私は、2人の男性からカミングアウトされたわ!だから別れますサヨナラ。

女のプライド、待ち草臥れた将来設計・・・。そこはかとなく苛立っていた。

 降り頻る銀杏葉の銀杏並木には木枯しが巻き付き一本の銀杏の木を舐めては次の木と、木と木を舐めては渡り歩き、冬の到来の道造りをしていた。

 足早に去って行く直美に寂しい思いをさせて済まなかったと、心に思う。

ST(スピーチセラピスト)のリハビリの時間が終わってPT(フィジカルセラピスト)のリハビリに移行した。

「今日は骨盤のビスの抜釘が有るね。ジョン?」

恋音は、熱狂的なファンの銃弾に倒れたジョン・レノンが所属していたイギリス出身のグループ、ビートルズのファンだった直美が、別れた夫と名付けた名前だった。

 一縷もビートルズのファンだったがファーストネームのジョンと呼んだら、しっくり行ったのでこれからニックネームはジョンと呼ぼうと二人で決めていた。

 恋音のリハビリ前のアプローチを施しながら何でエミリーは僕を愛したのか?

腑に落ちない事実をあれこれと考えていた。

 エミリーと知り合ったのは半年前のSNSでだ。

それ以外何も無い。

 本当に悲しませた事は、無いし神に誓って直美に嘘はついていない。

どう考えても分からなかった一縷は、一晩中反省仕切りだった。

 ナオと話して無い時間、ナオと笑い合って無い時間、ナオとリアルに会って無い時間。

会いたいと言っていたナオの話を聞いてやれなかったし、ナーバスだったナオの気持ちを汲んで遣れなかった・・・。

 何も僕は直美を悲しませたい訳では無く単純にナ直美を愛していたんだ。

だから早く仕事を終わらせてリハビリ患者から開放されようとすればするほど、瑕疵が見付かった!

 本当に泣けて来る。仕事に集中すると周りが見えなくなる。

瑕疵を修正してやれないとリハビリ患者は社会復帰した時に間違った歩容で歩く事になる・・・。

 だから!

反省して居ます。

 ナオに愛して居るから反省して居ると、言えるのは僕だけなんだと自負しているよ? 

その自負を裏切らない様に死ぬまでナオを愛し続けるよ。

 本当さ、神に誓う!

ジョンとは昨日話した。

 だから返事が無いラインに打ち続けた。

ジョンとはお互いに信じ合える友達になったよ。ナオが安心してくれる事を願う。

 ジョンの事は僕が、責任持って成長を見守る!

だから直美、僕の愛を受け止めて欲しいんだ!

 しかし、エミーは一度だけ一縷に助けを求めた事がある。

「コワイ、タスケテイチルザワ。コロサレル!タリバンニ。」それがどういう意味なのかは分からなかった。

 そして、死んだ・・・。

最恐最悪のタリバーンは、我々のパイプラインを破壊し、石油を奪って売却して膨大な利益を上げた。

 その利益で某国から最新軍事兵器を購入し、我々に対抗する。

抗う。

 我々も手を焼いている。

いつか来たカルロ・ニンザー駐日大使が言っていた。

 「米軍の一部に不届き者がいて、タリバンが某国から稼いだ金を狙ってタリバンを奇襲し、数百万ドルの入ったジュラルミンケースを奪うのだ。」

「奪って自国へ持ち帰るにはスーツケースは、大きすぎる。

 しかも、百万ドルが入ったケースが重くて不自然だ!

上官に計画を暴かれるのは必至!

ではどうやって手に入れるかだ!

そこで矛先が向いたのが、日本人だ!」

「そうキミだ!」立てた人差し指をイチルの胸に向けた。

「日本人は勤勉で真面目でピュアだ。だから信じ易いし、騙され易い。

ここ数年、大金を送る輸送料詐欺が横行していて、被害に遭う日本人が後を絶たない。

 現にエミリーのメモには、岐阜県イチルザワ医療センター。

と、キミの所属先と住所が書いてある。

 これがどういう目論見で記されたか不明だが、推測はこうだ!

タリバーンのアジトを奇襲したら大金の入った箱を発見した!

 我々チーム5人で、山分けしても三百万ドルある。小隊チームは5人だ。

これを保管して任務に着くにはデンジャラス!

 そこでイチルザワは、私を愛しているなら貴方の自宅で保管して欲しい!もうすぐ私は、退役出来る。

 退役したら貴方の日本へ行きその金であなたと結婚し、あなたと、ビジネスを始めるでしょう。

 と、こう記されていた。

USAは、キミが犯人グループの一人だと決め付けていたんだよ。

 しかし、私の判断で白にしたんだ! 有り難いと思ってもらいたいね。

私は、大使館へ戻るが、何かあったた場合、ここへホットラインをくれたまえ!」

 前に言った8人で山分けとあるが、この大金はパイプラインから奪取した原油を売った金。所謂アメリカの金だ!と、ニンザーは笑って言っていた。

 貰ったネームカードには大坂の住所のアメリカ大使館が記されていた。

その直ぐ3日後に一縷が尊敬していた作家・慎太郎が逝くという訃報を聴いたのは、八束孝のクローヌス(膝蓋腱反射)について治療を行っている時だった。

「レッグウォーマー等巻いて寝ると暖かく眠れますよ八束さん 執筆をする時もね?」

「いやしかし、先ほどのニュースで慎太郎氏が亡くなったそうですよ?」リハビリベッドに横になった八束が情報を流した。

「エッ!」マサカ! という顔をしていたイチル・・・。


「大作家、元大政治家逝く」

 テレビやスポーツ紙に悉く掲載されていて生前の慎太郎が残したレジェンドを名残惜しそうに放送していたが、政治の真実は短時間で放送されていた。

 訃報を知った当日、一縷の感情は父親を見送ったあの日の感情と似ていた。

父親と確執があった若い自分が、親父が死んでも泣くもんか!と決意表明していた。

 がしかし、いざ亡くなれば、処構わず号泣していた。勝手に涙が湧いていた。

生前の彼は大政治家と、言えたし大政治家のレジェンドは、日本領土として存在していた。

 思い起こすのは、「黒部の太陽」を映画で観た。

上映されるや否やストーリーに引き込まれ時間を忘れて観入っていた。

 書籍「太陽の季節」で芥川賞を受賞した大作家は、文壇の寵児として活躍したという。

一縷は幾度と無く感動を与えてくれた親父の様な存在、慎太郎氏にリスペクトしつつも胸中で、合掌していた。


第8章 「戻る処は同じ鞘」


  医療センターの4階病室のバルコニーは誰一人立ち入る人影が無く、そこは無用の長物と、化していた。

 4階ともなると、ベランダ側の窓をガラガラと、開けると強風が断続的に身体を殴られる様な感覚があった・・・。

 徐にフェンスに足を掛けよじ登る。

強風が身体を包み空中へ誘う様な感覚、一瞬笑った!

フワッと身体が浮いたかと思うと、一気に垂直に堕ちて行った! 落下の衝撃音は、病棟のパティオの芝生が吸収していた。

 作業療法士の夢が費えた刹那だった。

頚椎骨折、脳挫傷、脳細胞粉砕、即死だった・・・。

「何で身投げをしたんだろう? でも、来月には結婚式だって、俺にスピーチ頼むなんて言うから準備してたんだけどね・・・。」

 作業療法士長嶋茂(ながしましげる)享年23。

死の因果は不明で、県警も死因は自殺と断定。

 原因は不明で迷宮入りかと、思われた。


が、キープアウトのパッキングテープを遠巻きに現場検証を涙が枯れた瞳でマジマジと見詰めまた新たな悲しみに暮れる御園陶子(みそのとうこ)は新たなエビデンスを提出する為に県警に接近していた。

 長島茂の婚約者御薗陶子は茂が生前通信利用していたラインとメッセンジャーアプリケーションを2件とも提出した。

「初めまして私は、バージニア州リッチモンド出身ののキャンベラ医師です。

米軍と一緒にエチオピアで行動していますが、彼らはコロナウィルスへの防御策を知っていますからここはとても安全です。

 そして新たな任務が発生して、ここには長い間、滞在していないのでラインアプリケーションは持ってますか?」

「私と友達に成りたいならQRコードを送信して下さい。

これは私のQRコードです。貴方の行に追加してください。」

 当たり障りの無い文章だったか、こちらからQRコードを送信しようならスマートホンを機種変更しない限り一生着き纏われる恐れがある。

 幸い茂は、QRコードを未送信のままだったから賢明な判断だと評価された。

県警から評価されたと聞いても陶子の心根は変わらなかった。

 増してやその怒りは増幅されて行った!

キャンベラの顔や容姿を観てみたい。それが県警への答えだった。

 結婚を間近に控えての婚約者、茂の裏切りは陶子を如何ほどのランクに置いていたか・・・。

「たかが知れてるわ。」寂しい眼をして顔を伏せた身動ぎ一つもせず、こう呟いた陶子の気持ちを察するに余りある。

 しかし女のプライドをズタズタに引き裂いたリッチモンドの女は誰?どうせみすぼらしい身分の女で外人特有の豊満な身体を見せ付けて茂を誘い蓄えを奪い取った! に、違いない。

「日本に来て貴方と結婚し、医院を持つわ。貴方はそこの院長となって辣腕を奮って下さい。」「それでタリバンから押収した箱の中身を保管する為に貴方に送る。赤十字の女がイギリスから来て貴方の住所を持ち帰りました。」

「そして箱に現金を詰めています。合計300万ドル。」

日本円にして約3億円だったが、大量のドル紙幣がジュラルミンのトランクケースに詰まっている画像があった。

「ロックを掛けシリアルナンバーを打ち込んだ。」

 厳重にロックをしたケースの画像が、誰が見ても本物だと思うに違いないと、陶子は思っていた。

「ロックを開けるにはシリアルナンバーは重要です。」

「ロンドンからフランスへ運びそこから税関を経由し、船を出します。」

 事務的に手馴れた文章だった。

きっと幾人かの男性を罠に嵌めたのだろう。

 陶子は人のラインを覗き見する癖など無かった。

所謂これは茂の為の復讐! 及び私の復讐でも有る。

 肉食系女子の片鱗を見せていた。

負けない! 自分にそう言って聞かせた。

 キャンベラの嘘を暴く!

「私はもうすぐしたら米軍を退役します。その後は日本に来て貴方に投資します。

私はリハビリ病院を建て貴方を院長に擁立します。

 私の国では夫をたて、夫に尽くす事は当たり前です。私が日本に来たら私の手料理をご馳走しますからどうぞ食べて下さい。そして私はあなたと一緒に寝起きをしますからどうぞ愛して下さい。私は貴方を心から愛しています。

 キャンベラは痛恨のミスを犯していた。

他国のドクターは日本へ帰化後、元のライセンスを引き続き使用できない。

 帰化したと同時にライセンスは白紙になるから日本語の医師資格試験を受験し、合格しなければならい!これは、弁護士でも同じ事だ。

 茂の夢は、リハビリセンターを建築して、多くの麻痺障がい者への手助けを出来たらこの上なく幸せだと言っていた。

 キャンベラは茂の夢に付け込み非情な誘い文句で騙したに違いない。

実際彼の貯蓄は2000万円しかない程度でリアルに夢を具現化しようとはとても甘い。

 誰かが手助けをすると、投資話しを持ち込まなければ行動出来ないほど彼は脆弱でひ弱だ。

キャンベラの紹介をした輸送会社がフランスの税関が関税を掛けられたといっていた。

 関税額は、千5百ドルだったが、それはいつでも支払えるリーズナブルな金額で、徐々にその額面は上がって行った・・・。

 支払いを渋るとどうせ手元に300万ドルが入るし、その金額を考えればお安いものだろう? と、アドバイスをしていたのは輸送会社の担当者だったが、その輸送会社は本物の輸送会社なのか分からない。

 念の為に茂のネット口座を確認すれば残高は0になっていた。茂への信頼失墜、絶望感が抱き締める!

 最終的なキャンベラへの送金額はエチオピアからの渡航費 、3万5千ドルを支払った後で音沙汰無いから茂は、不安に思っていたらしい。

 セラピストスケジュールの手帳には、キャンベラへの不信感がツラツラと綴られていた。

「何て馬鹿な人・・・。」こう言ってしまえば終わりだが、終わりにしたくない陶子が居た。

 では、どうするのか? エチオピアまで渡航する?2000万円を取り返す?

足跡はイギリスから付いていた。

 しかし、どれをを信用して行動を起す?

登場人物は本物?

「カルロ・ニンザー駐日大使はリアルだ。」イチルの声は神の声に思えた。

 陶子の依頼でイチルが動くとニンザーは即、行動に起した。

エチオピアのミリタリーレディ、キャンベラについてアフガニスタンタリバン攻撃部隊エチオピア駐屯地部隊長ビル・ロビンソンはキャンベラの素行不良を憂いていて要注意人物のレッテルを貼り彼の監視下に置いていた。

 タリバンの軍資金強奪が発覚したためだったが、同僚のミリタリーはキャンベラがイニチアシブを握り、主導していた。

 軍医が統率下では裏の権力を持っていた為、必然的にそうなったと部隊長の憶測だった。

・・・。

 茂の飛び降り自殺から3週間経った日の午前9時に県警は、やって来た。

茂の司法解剖の結果と、それに伴う疑惑の捜査をしていたし、部隊長の方でキャンベラの処分については、これ幸いとばかりに彼女を残酷で狂暴なタリバンが息衝いているスーダンに更迭した。

 医療センター面会室では、白いミーティング用テーブルを介して県警の刑事が二人、陶子と対峙していた。

口火を切ったのは、若い方の刑事で、マル暴上がりのイカニモ、というふうな厳つい目付きで無言の内に相手を圧倒していた。

「先ず、化捜研の結果、体内から覚醒剤の成分が出てきました。」容疑者はキャンベラと茂なのに何時の間にか陶子が取調べを受けている様相だった。

 「コカインやハシシ、これらはヘロインの成分です。」腰椎を起立させて、脊柱起立筋を刺激し、脊柱を立たせていた。

「これについて、彼が疲れたとか、倦怠感があって鬱状態に陥っている姿を観たとか、心当たりは有りませんか? 覚せい剤の入手経路を知りたいのです。」言い終わって面会室の事務用椅子にに座っている右足を組み直した後で白い出入り口ドアの曇りガラスを観た。

 目付きの悪い刑事が二人とも立ち会った陶子の顔目掛け下から上へ顔面を抉る様な目付きで、心当たりが有っても無いと言わざるを得なかった。

「私は心当たりありませんが、茂は覚せい剤をしていたんですか?」

不安げな表情は、対峙している刑事二人にも分かった。

 しかし、女医のキャンベラは薬物など、簡単に入手出来るだろうし、コカインやマリファナなんかも何の疑いも無く、薬剤師は彼女に渡すだろうなと、考えていた。

「不安なのは分かりますが、今からご夫婦の家宅捜査を開始します。いや、夫婦では無いか・・・捜査員が今、貴女の家宅捜査を実行しているところですが、何か言いたい事はありますか?」イエ、アリマセン・・・。と、幽かな発生をしたのは、余りにもの緊張により喉の奥底がカラカラに乾燥していたからだった。息が洩れた程度の発音だった。

 口呼吸をせざるを得ない。刑事二人が医療センターにやって来てかれこれ二時間余りは経っていた。

 極度の緊張感がそうさせていたからだ。

睨み続けていた二人の刑事は屈めた骨盤を立て直した。

「アハハハハハー。」リハビリ会場からの生きた声・声・声・・・。

 席を外した若い方の刑事が開けた刹那に聴こえて来た痴呆気味のカツコ婆ちゃんの屈託の無い笑いに一緒になって笑った昨日の午前が懐かしい・・・。

 ピピピッ、着信音が鳴る! 孤独だった・・・。

夫婦はこんな時どうするんだろう? 

 籍を入れてないから夫婦と呼べない?茂に対しての糟糠の妻・・・。 

妻と呼べないなら何で私を呼んだの? 来週から夫婦になるから?

 ようやく腰を上げた刑事は県警までの同行を促し、陶子はそれに素直に従った。

もう医療センターではリハビリテーションの午前の部が始まっていた。

「母趾内転筋は足裏の親指から足底、踵までの筋肉ですが、そこを右足を振り出す時に踏ん張りましょう? そうしたら腰は右に流れませんし右肩も下がりませんから・・・。

 一縷は、ストイックに指導をしていた。事業所も順調だ。

独立した一縷は間も無くここを去る。

 八束の歩容を改善させる為の始動だったが、一途に孤独だった。

イチルの心にはポッカリと穴が開いていてそこから岐阜県の冷たい風が吹き込み心の襞を凍らせる・・・。

 壮絶な長嶋茂の飛び降り自死・・・。

一縷ダケでなくセラピスト全員が衝撃を受けていた。

 末梢神経に血液が滞り指先まで冷たい。

リハビリ会場は暖房が掛かっているが、イチルの心中はとてつもなく冷えていた。

 何を考えているんだろう・・・作業療法士のミンナは?

同僚や患者と話しをして笑うが、何処か冷めていて笑っている自分を違う自分が観ていた。

 存在が無かった。

笑っているのはアバター? 兎に角、寒かった。

朝食を摂ってない事にこんなにの体温に差が出て来るなんて・・・著しい影響力だった。

 一縷の心を暖めてくれる筈の直美は、イ一縷の身体の外で彷徨っていた。


「離婚してくれないんだよね?」なに?他人事?

 これじゃ不倫じゃないの! 

直美は高ぶる胸中を制止して一泊置いて考えてみたら今まで観えなかったイ一縷の真実や誠実さやらが、見えて来た・・・。

 私は甘えていた? 刺激が欲しかったの? 危ない冒険をしたかっただけかも知れない。

潮が引くようにこれまで愛だと思っていた直美のパッションは、一縷をやり込めたいだけのエモーション?

 告白された二人の男と逢っている時には一縷の陰が同行していた。

高ぶる一縷への思いは怒りだと思っていたが、それは私の錯覚で、一時的な覚醒が私を包み何処か遠くへ誘う薬のようなもの・・・。

「ゴメン、私。偽りの愛だけは出来ない。」身体を凍らせていた。

 今までのご無体は、偽りのパッションだった。

後悔している・・・。悔しくて悲しかった。女の浅はかな復讐に辟易したが、直美も同性だから一括りに浅はかな女の考えと呼べた・・・。

「イチさん・・・。」何時も隣に居て温かな体温をくれていたのに今は乾燥し切った冬の空気に包まれている。

 心細く呟く。

「洗った。」心を洗ったわ・・・は? そわそわしていた男は、シャワーを促す。

 身体だけなのね?「何を今更?」

  ベッドに腰掛けている直美の両肩を掴み押し倒そうとした! 反射的に身を縮める!

身体が硬直し、小さいエビの様に丸くなった!「イヤッ!」いいじゃないか! 直美の全身に覆い被さった!こうなったら力付くでも想いを果たしてやる! ナオミッ! イヤアアーーッ!

 県警に解放された陶子がトボトボと、理学療法の島へ帰って来た。

開放感はあったが、「良かったね。」と、肩を抱いてくれる茂はもう居ない。開放感と喪失感が鬩ぎ合い・・・、拮抗していた陶子の心根は頑なに決定されていた。

 遠巻きに観ているだけの同僚?・・・イイエ、同じ職場の人達。友達では無くすれ違っても会釈もしない人・・・。

 こんな異人達と一緒に仕事をしていた? もはや異邦人だった。

午後のリハビリが終わるまで完全に無視されていた。

 ジャンキー長嶋茂(ながしましげる)・・・。

こんな陰口が、陶子が退職するまで鳴り響いていた。

 即日、陶子は依願退職という形で医療センターを後にして行った。

人間の錯覚は時として一心同体と思える陰の様なモノ・・・。

 然るに茂は、私の影だった? 体温もあったし、息が掛かったら陶子の前髪が揺れた。

彼の味噌汁も作ったしハンバーグも作った。

 美味しいといってくれたのにキャベツだけ残した。残飯を食べてあげた・・・。

毎朝こんな仕草をして愛しい茂ると陶子が、織り成す夫婦善哉。

そうやって行こうと楽しみにしていた陶子に茂の位牌と遺影だけが残された。

 茂るの位牌は茂の両親が土足で足を踏み入れ何の躊躇いも無く持ち帰ったから陶子には陶子に笑い掛ける茂の清清しい笑顔の遺影だけが残った・・・。

 陶子は二人で座る予定だったカウチソファーに腰を降ろし、独りでに涙が溢れやがて嗚咽していた。

 彼の何を愛したの?幽霊?偽りのパッション?

愛だと感じた嘘の愛?結婚するって本当だったの?

 彼の愛撫に身を任せ、愛されていると思ったのは勘違いだった・・・。

寂しい・・・。

「結婚前で善かったね、旦那が死んだら死後離婚とか手続きも大変だもんね。」慰めのつもり? 心無い職場の人達は何を言っていたんだろう・・・。

新居になる筈だったマンション10階のバルコニーで、風に揺れるブナの枝葉を観ていた。

・・・・・。

 スーッと空いた両開きの自動ガラスドアを確認して医療センターのリハビリ会場に足を踏み入れた女を全員観ていた。

 信じられないような顔、顔、顔・・・。

「ナ、ナオ!」両手を広げた一縷の胸に飛び込んだ! 一縷の胸辺りに直美の顔が来るのは定石だった。

「色々考えたけどね、ゴメンね実は・・・。」その言葉が全てを物語っていた。

 ニコッと微笑む直美は、やっぱり可愛い! やっぱり可愛い! ナオは!

「今度経営して行く事業所の経理を手伝ってくれる?」直美の両肩を鷲掴みして首を前方へ傾けて直美に滔滔と暑い言葉を振り下ろしていた。

 そして陶子のマンションの管理人はブナの太い枝に腹を打たれて事切れている陶子の変わり果てた姿を発見していた・・・。

 誰かが変わり果てても星の未来は動かなかった・・・。 


第8章 「謎の新入社員クミちゃん」


 上善寺直美が宗像亮一の慟哭を残して出て行った病室の先の通路に壁に持たれた米原務(まいばらつとむ)には同僚を見舞う機会などサラサラ無かった事に気付き、佐和鳶一縷は病室から出てきたナオミの肩をそっと、抱いた・・・。 フラれるとは思わずに。

 「エーッと・・・アレ?」パソコンを睨む亮一にはぎこちないが四本の指はちゃんと着いていて遜色無い業務姿勢はカローラ岐阜の営業所長以下、亮一は生まれ変わったものだと頑なに信じていた。

「ありゃりゃ、そうか・・・。」宗像亮一は、不倫相手の牧野つばさに服従している殺人罪で、刑務所に出張中の実兄が手配した舎弟が両手指を親指を残して切断され、咄嗟の気転で、つばさが切断された三指を接着したことにより指は回復していた。

 カツカツカツ、亮一の背後で二つのヒール音がピタリと止まり「宗像さん新人を紹介しますねー、薬師久美(やくしくみ)さん21歳です。

今日からサービスフロント事務社員として、仕事をされますので、ご指導をお願いします。」

 総務課の市原恵津子(いちはらえつこ)が背中越しの生返事だけをして背中を見せている亮一に通り一辺の紹介をしていった。どうでも良かった。

 2人が、営業課から遠ざかり給湯室を通り過ぎる刹那、久美が横を向いて給湯室の中を覗いた横顔を見た亮一は、「若いし、肌は白いし可愛い!」と、妙な評価を下したが、そのままパソコンを打ち続けていた。

 脇目も振らずだった。

チラッと久美の横顔を見ただけで、直ぐに仕事に取り掛かった。

 何しろ決算期前に新型車が発表されたとあって自動車業界は、俄に活気づいていた。

小指が無い亮一にも活躍の場が与えられて水を得た魚の如く活き活きと営業活動を展開していた。

「新車展示場にお客様です。」

 いつもなら5分程モタモタしてから接客に出るのだが、今回は違った!

いそいそと2階営業課フロアから1階新車展示場へ一目散に・・・。

 亮一の足取りが止まったのは言うまでもなく、二、三人の若者が新型車の周りを取り囲んで、頻りにバックドアの下に足を差し入れたり、ショックの固さを確かめたりしていたからだ。

「いらっしゃいませー。」と言いながら3人の客の顔を確かめながら目の前を素通りし、サービスフロントの中に消えて行った。 

 勢い良くドアを開けてサービスフロントへ飛び込む! えっ?反射的に眼を閉じ瞼を固く締めたギュッ!と、締めなければ瞳がやられていただろう。ホワイトアウト!

 眼を瞑ると、瞼の裏に赤い閃光が広がる。

ヤバイ!脳内に今まで聴いた事の無いメロディが流れていた。

 これは耳を塞いでも聴こえて来る! 咄嗟にそう思った。

イキナリ柔らかい細い指が亮一の手を包み「こっち!」繋いだ右手を引っ張られ、為すがまま、引かれるベクトルに抗わず素直に従ったが、足下がフラットの様にすいすい歩けた。

「眼を開けてみて下さい。」女の人の声がして、フワッと床が浮いた様な気がして、眼を開けたが、そこは見たことの無い部屋で、目の前にはキラキラとイヤ、純白とイエローのオーラに包まれた久美ちゃんが立っていた。

 こんなよろしいスタイルとグッドな顔だったのか・・・。

あの時、振り向いていれば良かったと思ったが、不意に右手の小指が気になり恐々目の前に翳して見たが、全部再生されていた!グー、チョキ、パーが、高速で出来る! 

 今までは何処か引っ掛かっていたが。

「じゃんけんが好きなんですか?」と、久美ちゃんは不思議そうな顔をして此方を見ていた。「何で久美ちゃんが?」

 湧いてきた疑問を素直にぶつけてみた。

「実はね、宗像さん?」

「私は、アルツハイマー星人のオミクロン族なんです。」

「えっ?何を言うてんねんきねんぶつ?」咄嗟に出た言葉が、ギャグめいていた。

久美ちゃんは眼が点になっていた。口が半開きだった。

 久美ちゃんが言うには、1年前にコロナ感染症がパンデミックを起こしたのは、コロナ星人が地球に侵入し、地球人の体内に寄生したからで、その理由は水星よりも太陽に近いアルツハイマー星があと14000年後にアルツハイマー星の公転軌道がズレて星一個分太陽側に近寄る為、所謂アルハイマー星が太陽に吸収されて多くの人が焼け死に種族が絶える恐れが出た為で、新天地を求めてオミクロン族から分科したコロナ族が先行して地球に降り立ったのです。「コロナから変異株として分科したオミクロンじゃなかったのか?」

 眼を丸くして興味津々亮一は、久美ちゃんの説明を聴いていた。驚愕だった!

「ところが、地球に来てみて人間という動物に出会い、自分の身長は直径100ナノメートルでしか無いのに人間はより良い動物で、私利私欲に溢れているから寄生しやすい!

 地球を乗っ取ってやろう!と言う訳で寄生を始めたのです。」

それでコロナは手強いのか! 感心した亮一は久美ちゃんに椅子に座る事を促し、自分は右側の椅子に腰かけて右肘を机に乗せて話を聞く体制を取った。

 でも、久美ちゃんはつばさとは明らかに性根が違い素直な眼差しを真っ直ぐに亮一に向けていた。

 瞬きするときに眼をパチクリ!見開いては相手を良く見ていた。

眼を逸らさず優しさの暖かな眼差しは亮一のささくれ立った心をなめして行った。

 久美ちゃんの事を思うと心が仄々とする・・・。

久美ちゃんと一緒に帰った、久美ちゃんと一緒にお昼ごはんを食べた

 心に残るのは一挙一動の久美ちゃんの言動だった・・・。新鮮だった。

極妹つばさと不倫をしていた時にナオミを横恋慕した亮一の恋の相手とは生まれ来る感情が違い過ぎる!でも久美ちゃんはオミクロンだ・・・。

 コロナとは明らかに性質が違うと全人類に分かって貰わなければ!

ドクドクドクと、少し早目の鼓動は亮一の不安を煽り立てていた。

 コロナ族の地球征服を阻止しようとオミクロン族が、後から地球に降り立ったのを人間は、新種株だのコロナ陽性だの三回接種だのと、騒いで・・・。

「こちとらチャンチャラ可笑しいですわー。」と、久美ちゃんは、よしもと新喜劇を観てゲラゲラ笑い転げるように床に仰向けでジタバタ笑い転げていた。

 ハッ!と、気付いた久美ちゃんは即座に立ち上がり「お客様さまですよ宗像さん?」

久美ちゃんが接客を促したので、慌てて展示場へでたが、先程の客が、相変わらず展示車を覗いては、うんうんと頷いていた。

「これだったら上善寺さんも文句言わないよね?これにしようか?」

 エーッ! エーッ! エーッ! 今までの事はさて置き、顔面の血液がサーッと」、引くのが分かった。

 三回程、驚いて双子中亮一は顎が外れそうで、こうなったら新型車の販売そっちのけでナオミの所在を聞き出す必要がある。

 今月は既に3台の受注をしているからインターバルを置いて情報収集しなくては! 

「す、スミマセンエクスキューズミー?今何と?仰いました?」3人の誰とも無く問いかけていた。

「これにしようか?」キョトンとしていた。

 3人の若者が亮一の次のひと言を待っていた。

律儀な人だと思いつつも「じゃなくて、これにしようか?の前ですよ!?」厚かましくも否定していた。

 ちゃうんかい!と3人が口を揃えてガクッと来ていた。

「あなた、営業だったら重要なキーワードでしょ?」一番背の低い若者が、訝しがっていた。

「これだったら上善寺さんも文句言わないよね?って言ったんですよ。」

 中くらいの身長の若者が、訝しがって、2分前の会話を再現してくれていた。

「それはありがとうございます。」深々と最敬礼し、「上善寺さんとはお知り合いなんですか?」全員に聴こえる様に少しトーンを上げて応答した。

 3人の若者はウンウンと不揃いだが、共通の肯定をしていた。

「医科大の講師なんですよ。」暫く見ないと想っていたら講師をやってたんだ!しかも医科大で!

「准教授です。」もうちょいで教授じゃん?

「その上善寺准教授がここの営業さんから買うようにと、・・・。」ビクン!と亮一のセンサーが反応した。

「誰だっけ?まい・・・、まいば、エーット・・・。」

 口許に手をやっていたが、「米まい宗像だったら私ですが?・・・」米原に盗られてたまるか! 嘘をついていた。

 一番高身長の若者に、答えた。割りと普通だった。驚きだった。

 もう准教授まで行ったんだ。

「まあまあ、営業は誰でも同じです。同じ性能の新車を売る訳ですから・・・。」

上善寺直美は3年前宗像の前から姿を消し、所在不明となっていたが、宗像が今一番会いたい人の中に入っていた。

 因みに牧野つばさは、今一番会いたくない女ナンバーワンだった。

.さっきの久美ちゃんのカミングアウトも驚いたが、今度はもっと驚いていた。

 ナオミが医科大の講師だなんて、準教授だなんて、もうすぐ教授になるんじゃないのか?

それにしても何でトップセールスマンの米原務(まいばらつとむ)を知っているんだ?

 ヤツは六大学卒業なんだぜ?

僕の最終学歴は商業高校なのに・・・。

 劣等感に苛まれ二度と立ち上がれないと、思っていたが、久美ちゃんと、僕! 僕達はコロナ 感染症を撲滅しなくてはならない!今度はオミクロンが味方だ。

 いつの間にか久美ちゃんとワンチームにしていた。

仄かな恋心は直美に抱いていた恋心とはチョット違い、特別な感情をホワイトアウト並みに胸の奥に恋の炎がポッポッと去来していた。

 何時もとは違う感情だった・・・。

それにしても強敵はコロナ族よりも地球人の米原務!

 「左脚の振り出しの時、股関節を緩めてね・・・。」

「例えば右足に重心を置きながら左股関節を緩める!うん!そうだ。

もっと足底の母趾内転筋に付加を掛ける!そうそう。

今背中が起立してる!」

 米原務(まいばらつとむ)はディーラーの新車営業ながら理学療法士だった。

既にリハビリセンターを4つ立ち上げ、あと2事業所を開業する準備が出来ていた。

しかし、複数の拠点を管理・掌握するのは、難しく経営が健全でなければ従業員の育成も出来ない故に営業経験値を積むべくカローラ岐阜に入社、営業職を希望していた。

 入社後一週間で初受注を上げ、それからというもの既存ユーザーの定期訪問を満遍なく定期的に実施した。

 初めはユーザーの門扉は固く、門前払いが多かったが、原職が理学療法士だけに粘り強い定期訪問を初め法定定期点検や車検に伴う展示会の誘致を続ける内にユーザーも慣れ親しみ、米原無くしては話題に為らなかった。

 カリスマ的存在になって行った。

そんな米原の情報を直美の3人の助手から聞くなんて!許し難いケースだった。

 許せないのは、直美がサービスフロントで点検に出した車輌を引き取りに来た時納車の為に戦車をするメカニックの「所作を待ち亮一と暇つぶしがてら会話をしていた時の事、「私、彼と一緒だと落ち着いて眠く為っちゃうのよね・・・。

つとむさんを信用している証拠だねって、彼と話し合ったわ。」

「もう彼なしの人生なんて考えられない。」

「 ナオが安心してくれるなら僕は本望だし、キミの子供の事は何も心配しなくていい。」

って言ってくれたわ・・・。」眼がウルウルしていて・・・。

 なんという表情だ! 僕と一緒に居た時は普通だった。

既に心を奪われて何してんだ直美! 

 怒りと嫉妬が込み上げ履きそうになっていた。

怒りと嫉妬というのは、自分自身の宗像亮一であって、米原務の営業成績ばかりを気にして務本人の本質を見極めていなかった亮一自身に対して腹が立っていた。

 販売台数をぶち抜くには、輸出業者であって、一台販売。2台販売。なんてピストルみたいな売り方ではなく、もっと波動砲みたいな!

 一つの受注で10台、20台と数を稼げる販売先を探していた。

亮一の粘り強い輸出業者への度重なる訪問が功を奏して24台の受注が舞い込んで来た!

「行き先はベトナムか・・・。」

「まあいい、だけど譲渡証は発行しないからそのつもりでいてくれ。」

 二つ返事で車輌部本部長の許しを得て、24台の注文書を貰った。

「これで米原はぶち抜ける! 何も知らない宗像は、ほくそ笑んでいた。


第二章 「愛のパクパクマシン」


 医療センター内のナオミラボは約30畳有る。

佐和鳶一縷とは、元の鞘に戻った筈だったが、既に別れが来ていた。

 長男の受験に本気のロマンスはご法度だと、一縷自身が申し出た。彼は直美親子を包括的に視野に入れる事が出来、これも直美を愛していたからこそで、並みの男ならこうは行かない。だろう・・・。

 

「あー、まいった!」量子コンピューターの前で、咥えタバコのナオミが頭を抱え悩んでいた。透明ガラスのアシュトレーは吸殻で満タンだった。

 四畳半の大きさの量子コンピューターを目の前にして悩む姿は絵になっていた。

ハードウェアが円柱のガラスケースに入っていた。

 出初めのパーソナルコンピューターがこんな程度の大きさからやがては、所謂パソコン並みの大きさになるだろう・・・。

 スーパーコンピューター富岳の処理能力を上回る。

理由は富岳がCPUのメモリを足しただけの古典コンピューターなだけの話しだからだ。

「あれ?ナオミ、あんたまたコクられたの? オイオイ、おまえはチェーンスモーカーかよっ!米原にチクるぞぉお~・・・。」

 輸血用の血液製剤を拝借の用事で入室したキリコが呆れ果てて、呆然と立ち尽くしていた。

「イヤイヤ、いやいやあー、ダメン 彼に言っちゃあ! もうすぐオミクロンのパンデミックが起きるのよ。」ハアーッと頬杖をつき、そこはかとなく米原務への想いは増殖して行く・・・。

 感染が著しい関東各都道府県の自治体に蔓延防止措置を発出されていて、県立医科大の医療センターに政府から率先垂範を求められていた。

 白羽の矢が立ったのは、上善寺直美講師(生物学博士)、篠山静夫教授(科学博士)、大原輝(おおはらあきら)血液学助手達が任命された。日本学術会議のメンバーに4なっていた。

 但し政府の従属機関として・・・。

少数精鋭の4人、ワンチームだ。

 ナオミの助手は3人存在する。

身長の大中小の順でいくと、針屋貞(はりやさだむ)通称ハリー、相楽児育(さがらじいく)通称ジャック、高仲主羅(たかなかすら)通称スーラン。

新型クロスを見学に来て亮一の相手になった3人の面々が彼らだった。

 スーランは唯一宗像亮一に立ち向かった一人だったが、性格は極めて温厚で、他人との争い事を好まない若者の一人だった。

 一方、亮一はどうやってオミクロンがコロナを抑制出来るか?考えていたが、中々考えが纏まらず正午を軽く超えていた。

 大体亮一達は、地球人よりも科学が超越している種族の争い事に巻き込まれた唯一の地球人だったが、唯一亮一だけだった。

 太刀打ち出来る筈がなかった。

太刀打ち出来ない種族・・・。

「そうだ!お互いに潰し合いとかケンカさせれば良い! でも・・・、コロナ族が先に地球に来て、クラスターを巻き起こし、パンデミックに陥った。

 コロナ族が寄生したお陰で白血球が異常反応をして沢山の人類が亡くなった・・・。

その後、オミクロンが地球に来てコロナ族を抑制しようとしている。

 もう既にオミクロン族とコロナ族はケンカしてるし・・・。

オミクロンはノーマルで健康な人類に寄生して動かずにコロナ族の寄生を迎え撃つ!だから

感染症状が軽いんだな。

 しかし亡くなっている人も居る・・・。高齢者や基礎疾患保有者だ。

人類はモデルナやファイザーが立ち向かっているが、ワクチン接種は拙速じゃないのか? 

 オミクロンが駆除されればコロナ族が蔓延するし、オミクロンとコロナが人類の体内で戦えば体力が無い人類は死滅する。

 つまり高齢者や基礎疾患を持つ身体障害者の事だが、彼らが危ない! 

オミクロンがカプセルに入って居れば何とも無いのにな・・・。

 そうだ!オミクロンがカプセルに入って人類の体内で待つ! 

何も知らないコロナ族が人類の体内に侵入して来る! 

 オミクロンがコロナ族の腕を掴みカプセルに引き摺り込む!

そこで戦闘をやれば人類の体内は平凡な生業をしているだけ!副反応は起こらない!

 題して「愛のパックリパクパクマシン作戦!」ナオミに会う必要が有る!


第三章「博士ナオミと科学者篠山静夫」


 兎に角亮一は連絡が付き易いスーランに連絡をした。

取っ掛かりが有った人とは話し易く相手も拒絶反応が無いこちらの気持ちを理解してくれやすいからだ。

「もしもし、高中さんですか?」

ナオミは宗像亮一と会う事を承諾。

 喫茶フギにて、12時半に待ち合わせていた。

「あの宗像さん?」不意に声を掛けてきた人がナオミではなく老人だったから驚いた。

 一番驚いたのは声を掛けた老人だった。

調子の良い、50歳とは見えない軽い感じの食パンみたいなオトコと聴かされていたのに

、少々感じが違うし、オマケに小指が無い。ひ弱な極道?

 走馬灯のように食パン・小指・軟弱極道・・・。と、篠山の脳内にグルグルと、回っていた。

怪訝そうな顔を向ける男は、時計と老人を見比べていた。

「宗像ですが、どちら様でしょうか?」既に4人掛けテーブルで寛ぎコーヒーとアイスモナカを頬張っていて、今から感染症撲滅のナーバスなミーティングをしようとする男の出で立ちとは思えず、ミリタリールックにモデルガンの連射タイプのワルサーを腰に差していたから、卒業論文が間に合わず一年いや、2、3年は留年しているだろう・・・。と、踏んでいた。

 亮一の眼前で突っ立っている老人に顔を上げて声を掛けた。

とても間抜け面だと、篠山は感じていた。

「私はね、上善痔博士にお聞きして参った篠山です。今年で、95歳になるんですが、外語大学の教授をしております。元は科学者ですがね・・・。」

 ニコニコとしていて静かだったが、意中の人では無く単刀直入に聞いて見た。

「上善寺さんは来られないんですかね?」会って話しがしたかった。

「宗像亮一の名前を聞いた時、全身が震えたわ!私の心を半分持って行ったオトコ・・・。

 人生の中で私がしくじった汚点!彼の協力をしたくない!どうせ半分ふざけてると思うわ。」

 篠山静夫は、身振り手振りで、ナオミの言った独り言を再現していた。

アルツハイマー星のオミクロン族から衝撃のカミングアウトをされた事で、この日本をいや、この世界をも変える出来事の様な気がしていて兎に角直美には知らせておきたかったからだ。

 取りあえず上善寺直美の代理だというこの教授とやらに聴いて貰う事にして、一部始終を話した。

「これは貴君のSF小説ですかね宗像さん?」

 よく出来た小説ですねと、し切りに感心していた教授にこの話しをこのまんまナオミの処へもって帰って欲しかった。

 零れ落ちない様に新鮮なモノを届けたかった。ラップに包もうとしていた。

「なにマンガみたいな事いってるの?」

ようやくナオミに会う事が出来たが、コロナ族とオミクロン族の確執や人々がコロナの変異株としたオミクロンは、コロナの最大の敵で人類の救世主になるかも知れない事を如何にナオミに信じてもらえるかが喫緊の課題として、亮一に重くのし掛かっていた。

「でも、そのカプセルを頑丈に作らないと・・・。」

 ナオミは嫌々亮一に会って亮一の思いの丈を聴くと、ナオミの看護師シップがメラメラと燃え出した。

「カプセルは溶解性があるからね、秒殺しなければならないよ?」

オミクロンがカプセルに入ってコロナを待つという事は理論的に困難だ。

 カプセルに入って運よくコロナと遭遇出来たらもうけモノ。

しかし、コロナはオミクロンより狂暴そのもの、飛び道具が有れば使いたいと、久美ちゃんに聴いた事が有るが、どうやって持ち入れるかだが、話しを原点に戻し、スーランがやってきたのを機に一気に飛び道具を使う事になった。

 スーランを仲間に入れその意見を聴くと銃は散乱弾専用の銃があり、高齢者の体力を保持しコロナ族を駆除するには至近距離で発砲し、ヒットすればコロナの体内で炸裂する弾丸がある。

 メタルジャケット弾だ!

これに当たれば弾丸が体内にめりこみ丁度良い所で炸裂する。

コロナのボディーがバラバラになるという訳だ。

 弾のカートリッジには、散弾粒が入っており命中したら弾丸が爆発し、散弾丸が八方に飛び散り流石のコロナ族も一溜りもなくバラバラになります。と、スーランが助言をくれた。

 「久美ちゃんには白血球大の大きさに変化してもらうが、一立方ミリメートルには、白血球の9000匹が久美ちゃんの周りにウヨウヨ居るからそれを駆除しないでコロナを撃つ事が出来る技術が必要なんだよ。

 しかし、ヤバイのが好中球なんだ。白血球内の警察の役割をしているんだ!

カプセルが溶けても久美ちゃんは、無事に帰って来れるかどうか?」 

「大丈夫です双子中さん?私は死ぬつもりなんですよ?コロナ族を駆除する為に地球にきたのです任務が終わるともう任務はありませんから消えても良いという事ですね・・・。

 切ない。刹那過ぎる!亮一の胸中に一抹の寂しさが溢れて、どうしようもなく人恋しさに苛まれていた。

 亮一はオミクロン族の久美ちゃんの事が頭から離れず眠れない夜を7日間、騙し々々、過ごしていた。

 もしも久美ちゃんと付き合ったならデートはどうする?映画でも観に行く?久美ちゃんは人に化けられるし、繁華街で腕組んで歩いても怪しまれない。でも・・・。

 コロナ禍、宗像変態!と、ラップで揶揄されるかも知れない。

 あ、あの・・・上善寺さん? 久美ちゃんがカプセルの中に入れる大きさにしかも注射で体内に送り込むからそんな大きさにできるのかな?カプセルの大きさは・・・。」

「無理!」瞬殺だった。一刀両断にされた。

「注射器に入れる時点で液体まみれなんだよ?つまりはカプセルが溶けて裸の久美ちゃんが死ぬ・・・。」

だったら体外で戦えば良い!

 咄嗟に亮一から出た言葉に全員一致で賛成した。

そして各々の持ち場に散り尻バラバラ戻って行った。

亮一はスーランから新型クロスの注文を受けた。

 そして今日が契約日・・・。

カローラ岐阜のショールームに男が3人、ハリー・ジャック・スーランだった。

 そして亮一が商談テーブルの上に注文書を拡げて、本体価格、オプション、諸費用欄に金額を書き込んでいた。

 本体価格からの値引きはメーカー希望価格の一桁の値引きのみ、ワンプライスだ。

嘗て車輌の値引き合戦で販売台数は稼いでるものの利益をマイナスでリターンする営業マンは淘汰された。

 全国の販売ディーラーは慈善事業者では無く、利益を揚げてナンボの商社だからその一点を追求すれば追求するほど、無益な営業マンは会社にとってお荷物同然!

 亮一はギリギリ、ボーダーラインから上の位置に居た。

そしてサービスフロントのパラレルワールドに出入りする事が多くなった亮一はオミクロン族の久美ちゃんと対峙していた。

「標的はマスクをしていない繁華街に屯している若者、あるいはマスクをしている通勤中のサラリーマン又はオーエル、鼻マスクをしている紳士や政治家も標的ですね。」

 久美ちゃんは理路整然と標的に関するロジックを展開していたが、亮一の方で要望がありそれが、オミクロン潜伏期間の定義となって行った。

「潜伏して7日間は、じっとしていてね久美ちゃん? それ以上待ってもコロナ族が来なかった場合、速やかに離脱してください。検体に初期症状が出てきたら、4日以内でも離脱してください。よろしくね久美ちゃん?」

 ニコッとした後は戦士の顔に戻りサービスフロントにホワイトアウトを残して飛び去って行った。

 何処へ行くつもりなのか、予め聞いていた亮一には見当が付いていた。

「大坂はコロナが蔓延してます。それに危ないのが神戸三宮ですね・・・。若者がノーマスクで闊歩していると情報が有ります。」

「絶好のコロナの潜伏条件ですから我々はそこで待ち伏せしておきます。」

 オミクロン族の全員に周知徹底する為に飛び立ったのだろう・・・。

 コロナ族が感染し易い場所は人類の頭部だ。

通勤の為の満員電車には、コロナ族がウヨウヨと蠢いている!

人類の肉眼では見えず、確認漏れになっている場合が多い。

髪の毛、額、眉毛、睫毛、そして眼の粘膜。易々と体内に入り込み人類をコントロールしている。

 久美ちゃんは上空から三宮のセンター街を行き交う人類を観察していた。

キラキラとピンク色の光るミクロの物体がそれだ!


最終章 「オミクロン族対コロナ族」


 今日現在の感染者総数は、約93万人だ!

オミクロン族が、体内でコロナを待機している為、コロナの初期症状者がカウントされている場合もあり、不確定だが、コロナ族に感染するも無症状者を特定して、コロナ族を単体であぶり出しオミクロン族と対戦する事になったオミクロン族はキラキラとピンク色に光る体外感染者の眼前に降り立った!即座に攻撃開始!


 コロナ族が人類の体外に躍り出た!

間髪入れずに右回し蹴り!コロナのボディーに食い込む!

 左ストレート!顔面が何処なのッ?

久美ちゃんにしても分からないまま、攻撃を開始してしまった!

 辺りを見回すが、オミクロン族のフォワードが懸命に戦っていた! 

総数数億匹だ!

 オミクロン族の中にはタックルだけでコロナのボディーを破壊出来る者もいて戦況は拮抗していた。

 ダブルチューブを持つ者は早々と対コロナ族に対して実績を上げていた。

「銃が有効なのね!」久美ちゃんは三宮センター街でじゃれ合って東へ歩いて行く男女のカップルを発見し、高さ3メートルのクリスマスツリーがブルーのLEDライトが点滅しているツリーの情報を眺め指を差した刹那にコロナ族が彼らの体内に侵入しようと待ち構えている場面に出くわし、ダブルチューブを発射して阻止したがどうやらその体内には先行でオミクロン族が潜入待機していた。

 間の無駄とも思える鮮やかな先制攻撃は人類にとって有効だったが、どういう戦い方をしたいのか、しようとしているのか情報が錯綜していて現場では混乱していたが、久美ちゃんがオミクロン族が潜入待機している人類の体内血管が仄かにピンク色に輝いている事を発見し、全アルツハイマー星人のオミクロン族の数億匹に念波を送った。

クリスマスソングのジングルベルが死のロンドの様になって、コロナ族数千万匹をオミクロン族一億匹が包囲し、一斉にソリントガンの様にダブルチューブを発射した! センター街を行き交う人類には時々、眼がチカチカしたり、頭皮に痒みが走ったりしていたが、気にも留めずニコニコ顔で恋人達や家族連れがクリスマスを楽しんでいたdし、マスクをしているからこその奇説の風物詩に何の疑いを持たず、壮絶な死闘を繰り広げているクリスマスツリーにロマンを感じ見上げて通り過ぎていた。

 オミクロン族の攻撃に一溜りもなかったコロナ族は、遠方より応援のテレパシーを無差別に放射的に送信していて、第一波が戦場の三宮センター街に到着したのは、大阪府と奈良県県境にある生駒山の暴走族に感染していたコロナ族が到着した。

「アンタら、なにしてんねん! ウチらは紅蜘蛛やからな!シバキ上げるでえッ!最高の睨みを利かせ、無垢なオミクロンをたじろがせていた!

 気を取り直したオミクロン族が、後転してコロナ族にソーシャルディスタンスを採る!

腰の銃を取りダブルチューブを構えた!バグッ!

 ダブルチューブとは、散弾銃のショットガンタイプの事で散弾タイプの銃弾が撃てるコロナ族には脅威の兵器だった。

 コロナのボディーが飛び散る!

息つく間も無く背後から忍び寄るコロナ族に踵を返して、バグッ!銃を撃つ!

 コロナのボディーが飛び散る!

頭上から降ってきたコロナ族を迎撃!

 バグッ!コロナのボディーが飛び散る!

飛び散ったコロナの体液が、久美ちゃんの顔に掛かった!

 咄嗟に銃を久美ちゃんの身体に向けた!

バグッ! 刹那久美ちゃんのボディーが粉々に飛び散る!

 飛び散ったボディーの欠片を吸い込む様に他のオミクロン族が、久美ちゃんを吸収して行き口からエクトプラズムの様な物体を吐いた!

 1秒で久美ちゃんが形成された!

オミクロンと言えどもコロナの体液には要注意で、それに触れたオミクロンは、真性のコロナ 族に変態するから一旦オミクロン族の体内に吸収してヒーリングをやりながら完全体に生まれ変わる!

 戦場は神戸三宮のセンター街だ!一列にディフェンダーがウイングラインを組みコロナ族のフォワードが突っ込んで来るとダブルチューブを間髪入れず発砲する!

 ウイングから毀れた手負いのコロナをフルバックが処理した。

戦いのフォーメーションは無敵で、このルーチンが作業の様で、リズミカルな手さばきで久美ちゃんは圧勝だと思っていた。

 同じ様な光景が三宮センター街のあちこちで繰り広げられていた!

同じ様な光景を1000万回以上繰り返されそして久美ちゃんは果てし無い戦いを繰り広げそして消えて行った。

 キラキラと鮮やかなピンク色を発光させていたコロナ族のオーラは赤色に変色して行き交う人類が何事も無かったように不織布のマスクを装着し、足底には死んで行ったコロナ族の残骸が圧着され、足底を洗浄されるまで残骸は忘れられ、新たな情報が流れては消え、流れては消える社会のルーチンが、三宮センター街の戦いを誰一人気付く者も居ない・・・。

 そして人間社会にも新型クロスの販売合戦が決算期の週末に連れ終わりを迎えた。

「宗像さんサービスフロントにお客様です。」

フロント受付事務のつばさ、久美ちゃんと消えて行った彼女達は亮一にレクイエムを歌う機会を残し、「いらっしゃいませ。」アレッ?と怪訝な表情を残し、客席へ接近して行った。

「ナオミ?どうした?」

 と言う前に「双子中さん、お話が有ります。」逆プロポーズか!?

ちょっとダケ気持ちが上ずった。

 輸出業者からの受注で新車を10台、20台と数を稼げる販売先を確保ていた。

のに・・・。マサカ惚れ直して謝罪に来たのか?

「私ね、来月の4月に結婚しまーす!」

 上善寺直美のカミングアウトでは、亮一と同じく、「新車営業の米原務(まいばらつとむ)さんなのよ!」

 と弾んだ声色で新郎の紹介までされてガックリ来ていた。

元々宗像が極妹を相手に不倫をしていたから悪い! と、言わんばかりの超復讐だった!

そしてサ・ク・ラ散る!

 亮一の胸中に渦巻いた寿の桜渦は、終わり無き世のめでたさを醸し出していた。

宗像亮一の不幸は続く。

 販売ディーラー社屋の3階に女子社員更衣室とシャワールームがあり、盗撮の為に仕掛けておいたビデオカメラが、総務部の女子社員に発見され、上司に相談の上県警に通報となり、大挙して捜査にやって来た警察官に証拠物件として、押収された亮一のビデオカメラに足が着き、盗撮容疑として、緊急逮捕された!一週間の交流は、自動車販売業界に知れ渡り、商談中の見込み客などは、商談キャンセルが相次ぎこの影響は約2年間続いた。(了)  




          





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