クラスメイトの告白練習に付き合っていたけれど、告白相手は俺じゃなかった
さーしゅー
前編
「健人くん。私はあなたの優しいところが大好きです! 付き合ってください」
夕陽差す二人きりの教室に、今にも消えてしまいそうなか細い声。
「うん……俺も好きだったよ」
俺はゆっくりと受け止めるように、言葉を紡ぐ。すると彼女は俺の手をそっと優しく包み込んで————
「だいぶ上手くなったんじゃない? 一言も噛まなかったし」
俺は感心ながら頷いた。始めた頃は、噛みすぎて最後まで辿り着かなかったことを考えると大進歩だった。
「そ、そ、そうかな! そそそれなら良かった」
彼女は握りかけた手を慌てて離した。そして行き場の無くなった手は、肩まで伸びる黒い髪に触れていた。
「でも、最後の握手までいる? さすがに恥ずかしいんだけれど?」
「う、ううん、絶対必要! それが無いと、何の練習にもならないから……」
俺は首を傾げながら「そう?」と呟く。すると、彼女はうんうんと激しく首を縦に振る。
これは
ちなみに健人という名前は、俺の名前でもなければ、彼女が好きな人の名前でもない。好きな人の名前を聞いても、教えてくれなかったため、適当な名前を使っている。
また、河井さんの強い希望から、告白された側の役を演じている。河井さんは毎回違うセリフと行動を指示してくるから、できる限り彼女の希望に応えられるようにしている。ただ、中には肩を抱くとか、頬にキスとか過激なものがあったから、『本当に好きな人とやれ』と断ったりもした。
「小林くんのおかげで自信がついたよ……だから、私明日告白しようと思うの!」
河井さんは身につけた自信を見せびらかすように、まっすぐな眼差しを向けてくる。
「頑張ってね」
「うん、頑張るから! 小林くんありがとう」
彼女はニッと笑うと、教室を後にした。
河井さんの時たま見せる純な笑顔は、とても眩しく見えて、脳裏から離れない。
俺はこの時『期待』をしていた。
漫画の世界であれば告白の練習は、十中八九照れ屋さんの言い訳だ。しかも、彼女とは同じクラスで、学校でもちょくちょく話す方だし、信頼かがあるからこそ、告白練習の相手に選んでもらえたと思っている。
だから明日、俺は告白してもらえる気がしていた。そうでないと、これまでの好きでもないのにこれまで擬似的に告白されてきた、これまでの時間はあまりにも虚しすぎる。
俺は期待を胸に、足早に、帰路についた。
* * *
何をするにも落ち着かない、期待の一日が始まり。
ただ落ち着かなかっただけで、何事もなく一日が終わってしまった。
夕陽差す誰もいない教室で、ただ一人椅子に座っていた。もう、授業が終わってから時間が経っていて、校舎は静まり返っていた。それでも教室に居座っていたのは他でもない、彼女の結果を聞くためだった。
今朝河井さんから、『告白の結果を報告したいから、いつもの教室で待っててほしい』とことづけられたので、律儀に守っていた。
これだけの時間が経っていると言うことは、彼女はこの学校の誰かに告白をしたのだろう。結果はまだ聞いていないけれど、あれだけ可愛くて一生懸命な彼女のことだ、聞かなくても結果はわかりきっていた。
ふと、大きなため息が漏れた。
もちろん、練習を手伝ったのは、本番に成功するよう手助けをしただけ。それが、身を結んだのだから、とても良いことだし、祝福すべきことだと思う。だけど、自分の心はどうしても晴れなかった。
俺は、どこまで勝手だったんだ。
河井さんは練習をお願いしただけ。他意なんてないことくらいわかっていた。わかっていたはずなのに、嘘でも告白されるごとに好きになってしまった。いつの間にか別の人に告白した事実を許せなくなっていた。
「あっ、小林くん!」
パタパタと足音がしてから、教室に聞き慣れた声が響いた。その声は、どこか元気なさげで、思わず顔を上げる。
「えっとね……昨日言った、告白のことなんだけどね……」
彼女は俺の前まで駆けてくると、ばつが悪そうに俯く。
一緒に長い髪が、下へと垂れる。
「し、失敗しちゃったの…………」
「そう……」
『告白に失敗した』ということは、彼女は俺以外の好きな人に告白をしたと言うこと。その結果として失敗したこと。
心の中では覚悟をしていたはずなのに、胸は強く痛む。
「そ、それは残念だったね。で、でも、次があると思うから。次頑張ったら上手く行くと思うよ」
どこまでも無責任な言葉だ。
今、この場から逃げてしまいたいという思いから、適当に片付けるべく発した言葉。
彼女がどれだけ傷ついているか、考える余裕なんてなかった。
「……ありがとう。そ、それでね!」
途端に彼女は顔を上げる。ちょうど俺と目があったから、逃げるよう目を逸らす。
「えっとね……あ、明日からも、練習…………告白練習して欲しいの!」
彼女はまっすぐな瞳だったと思う。それに対して、俺はまっすぐに向き合うことができない
「……いや、練習は必要無いと思う。だって、昨日の練習でも一言も噛まずに言えていたんだし」
無理やりに明るく発したその言葉。やっと合わせた彼女の瞳は少し不安げだった。
「そ、そんなことないの! 私、全然自信なくて……今日だって勇気が出なかった。だからもっと練習が必要だと思うの……」
「ううん、十分自信持っていいと思うよ。いっぱい練習してきたんだから」
「で、でも…………」
「じゃあ俺ちょっと用事あるからさ、告白頑張って!」
俺は声を振り絞ると、逃げるように教室を後にした。
彼女の「待って!」の声は聞こえないフリをして。
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