気付いたこと
それはおそらく、必然となる出来事だったはずだ。
「っ……」
「おい、お前何をしたんだよ」
ドンと肩を押され、俺は背後の壁にぶつかる。
場所は空き教室……昼休みになった段階でクラスメイトの男子に声を掛けられ、こうしてこの場所にやってきた。
「何をしたんだっていきなりご挨拶だな。男嫌いの姉妹が……いや、この場合は涼香になるのか? そんな男嫌いの彼女が俺と仲良くしている……弱みを握ってるとでも思ってんのかよ」
どうしてここに連れて来られたのか、その理由は間違いなく涼香だろう。
真っ直ぐに目を見つめながらそう言うと相手の男子……米沢はくっと図星を言い当てられたように一歩退いた。
ちなみにこいつは以前、俺の家に遊びに行っても良いかと一度聞いてきた奴だ。
「だ、だからなんだって言うんだよ」
「……そこで狼狽えるくらいならこんな呼び出し方するんじゃねえよ」
でも……こんな風に呼び出されたところで分からないでもなかった。
だってあの二人は本当に男に対して恐怖心のようなものを抱いているし、過去にトラウマを抱えているのも間違いじゃない。
特に涼香に関しては眠っている時、無意識に助けを求めるほどだ……だけど、だからといって外野に何を言われたところで響かないし離れるつもりもない。
「言っとくが、俺と涼香は家族だ――その時点で簡単に離れられるものでもないし、何より仮に家族でなかったとしてもだ。他人に言われて嫌々でも離れると思ってるのかよ」
「……いい気になりやがって」
「だからなんでそういうことでキレられないといけないんだよ」
本当に面倒だ全く……まあでも、こんな風に言いたい連中は多いんだろう。
この場合は話をしても無駄だと逃げたりすれば今以上に絡まれるだろうし、それももっと面倒なのでもう少し話を聞くとするか。
ため息を吐きながら、俺は続く言葉に耳を傾け続け……やっぱり最後にはまた呆れたように俺はため息を吐く。
「全部聞いた後でこう言うのもどうかと思うけど、お前の言ったことは全部何も聞けないよ。だからまあ諦めてくれ」
あれから続いた言葉は大まかに纏めるとこんな感じのものだ。
涼香と仲良くするな、涼香に気に入られるようなことをするな、俺の気に入らないことをするなと好き勝手なことばかり言ってくる。
こんな自分勝手な奴は初めてだったせいもあってとにかく鬱陶しい。
「それじゃあ戻るぞ俺は」
これ以上はもういいや、そう思って空き教室から出た。
それから教室に戻ると時風たちが俺を出迎えたのはもちろん、涼香も俺の様子から何かを感じ取ったらしくこっちに来ようとしていたが、友人が傍に居たのもあって諦めたらしい。
それを少し残念に思いつつも、今はちょうど良かったかなとも思う。
「……はぁ」
また、ため息が出た。
昼休みが終わって授業が始まり、間で休憩時間を挟んでまた授業……そして放課後になるまで俺はずっと涼香と由愛のことを考えていた。
俺たちは事情があって一緒になった家族だというのに、何も知らず嫉妬に駆られた連中から好き勝手に言われるこの理不尽……こんなのありかよと嫌になる。
「湊君」
「……うん?」
「一緒に帰りましょう?」
「……分かった」
席を立って教室を出る際、俺は米沢がジッと見ていたことに気付く。
案の定目が合うと睨んできたんだが……俺は何故か、あいつと目が合った時によく分からない感覚に陥っていた。
「それで今日はですね。友達のみんなが――」
「……………」
帰り道を涼香と共に歩く。
彼女の会話に相槌を打ちながら下校だったが、俺は考え事に必死で彼女の言葉のほとんどを理解していなかった……そのせいもあって、ギュッと腕を引っ張られたところでようやく我に返る。
「考え事ですか? 何か悩みでも?」
「……………」
「昼休みに何があったんですか? あの時からですよね?」
「……………」
本当にこの子はよく見ている。
話しても良いし話さなくても良い内容だが……これを涼香に話したら、涼香は涼香で何かしら責任を感じてしまう気がする。
これは由愛もそうだろうけど、一緒に過ごしていたからこそ分かる……二人は俺のことをよく考えてくれているから悩んでしまうと思うんだ。
「……涼香――」
俺は家族として二人を守りたい……だから離れるわけにはいかない。
でも……米沢との話を経て、俺は違うことも考えていた……俺は本当にそれだけを考えていたのか? ただ守りたいからこそ、俺は二人の傍に居たいのか?
「俺は……俺は……」
「湊君?」
俺は二人に……離れてほしくないのか?
そう考えた時、俺の中で一つの答えが出た――そうか……俺は二人にどこにも行ってほしくないんだ。
離れたくないだけじゃなくて、離れていってほしくないんだ……常に傍に居てくれる二人が……常に俺を抱きしめて安心させてくれる二人が。
「涼香」
「っ!?」
涼香の腕を引き、彼女を強く抱きしめた。
体が震えたのはおそらく突然で怖かったからだろう……それでも俺はこうしたかったんだ。
涼香は驚いた様子を隠さなかったものの、すぐに俺の背に腕を回した。
「大丈夫ですよ湊君――私はここに居ますから」
「……あぁ」
「……でも、このお返しを帰ったらもらっても良いですか?」
「お返し?」
「……たくさん甘えさせてください」
「……分かった」
またカチッと以前に聞いた音が響いた。
足と腕、首……体のありとあらゆる場所に鎖が付けられたような、そんな錯覚を俺はまた感じた。
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