第38話
「馬鹿な……」
目を大きく見開き、半歩ほど後ずさりする。
そんな皇帝をじっと眺める。
皇帝はもう何も出来ないと言った感じでじっとその場にとどまっている。
ただ、その光景は私にとっては背景でしかない。
玉座の後ろにある魔石を壊す。私の目は魔石にピントが合っている。
両手に魔法で作り出した剣を握り、それを大きく伸ばしていく。
同時に、先端をハンマーのような形に変化させながら、すべての元凶である魔石に向かい飛ばす。
彼はその行動を止めようとはしなかった。
ガキンッ!!! という大きな音とともに、大きな魔石が崩れていく。
それと同時に、私のブレスレットの魔石からペキッという嫌な音が鳴った。
「あっ」
ブレスレットに付いていた魔石に、それを半分に裂く亀裂が入り、魔石は2つの大きなかけらといくつかの小さな粉になった。
割れてしまったのだ。
なぜ割れたのかは分からない。何かしらの衝撃があったのか、はたまた魔力量が飽和したのか。
わ、私の金貨850枚……。
内心そう思ったのだが、明らかにそれを口に出す状況ではなかったため、私は地面へと落下していく魔石を眺めるだけで、口は塞いだままにしていた。
地面に散らばる魔石の破片から目を外し、ゆっくりと正面に顔を向ける。
未だバクバクと激しく震える心臓を押さえ、速まる呼吸をゆっくりと落ち着かせていく。
「あなたが今どんな気持ちかはわからないけど、正直私はあなたを生かしておけない」
なるべく冷静に。できるだけ冷酷にそれを告げる。
それを聞いた皇帝に表情の変化はない。
数秒か数十秒か分からない時が流れ、重い口を開けたのは皇帝だ。
「……ああ、どうやらそのようだ。
俺はもう抵抗しない。ひと思いに殺すと良い」
先ほどまでうんとあった魔力はもうない。
抵抗しても又同じように封じられるだけ。長引けば長引くほど辛さは増していく。
きっと理解している。
先ほどまでの轟音が嘘のように静まり返った謁見の間に、ペタペタという足音が響く。
いつものカラコロと言った下駄の音ではない。
裸足の足を突く瓦礫を無視し、ゆっくりと皇帝へと近づく。
皇帝は項垂れたように頭を下げて地面に膝を突いている。
「ま、待ってください!」
そのとき、マイヤの声が響いた。
ゆっくりと振り返ると、罪悪感からか顔をゆがめるマイヤの姿があった。
今にも泣き出しそうな、自分を責める顔。
「……すべて、私が悪いです。私が変なことを考えなければ、この国に住む民も、騎士も、そして皇帝陛下も」
皇帝以外の魔人化した騎士は皆死んでいる。
窓から見ると、先ほどまで動き回っていた者たちは死体として地面に伏している。
突如として倒れた騎士たちに混乱し、やっと解放されると喜ぶ者。何か不吉なことが起きるのではないかと怯えるもの。
目の前の騎士たちのようにあっという間に殺されてしまうのではないかと、この世の終わりを察したかのような顔で地面に伏せる者。
私の強化された瞳にはそれらが明瞭に映り込む。
ポタポタと涙を垂らすマイヤを見て多少胸は痛むが、それでも私は皇帝の首を落とす。
「……マイ――」
「いいんだ嬢ちゃん。いや、マイヤと言ったかな。確かにマイヤが魔石を送らなければこうはなっていなかった。
ただ、今の俺を見れば、先ほどまでの俺を見れば分かるとおり、俺は魔人になっても自我を保っていた。
もし魔が差さなければ、俺こそが変な風に考えなければ、この魔石でより豊かな国に出来たかもしれない。
確かにきっかけは君だ。ただ、それを実行したのは紛れもない俺なのだから、マイヤが責任を感じることはない」
私の言葉を遮り、先ほどまでの口調からは想像できないような優しい声を発する皇帝。
「なら、その手で私を殺してくれませんか?」
「それは出来ない。マイヤはまだ若い。
人は間違える生き物だ。ましてやまだガキなんだから、間違えてなんぼだ。
俺のようなじじいはもうこの先、生きていても何もない。
でも、マイヤ、君にはあるだろう。あの魔石を作れるんだ。きっと人の役に立てる」
「……」
できるだけ空気を演じ、2人の会話を眺める。
マイヤは涙が止まらないらしく、必死に袖で顔を拭っている。
その光景を、僅かに笑みを浮かべながら眺める皇帝。
ここで彼を殺すのは大人げないかもしれない。正直そう感じてしまった。
彼の言葉を借りるなら、ガキは間違えてなんぼだ。
私からすれば、目の前の皇帝もガキに等しい。そんなガキの間違えを許し、正すのが大人だ。
私は大人と言うには幼稚すぎるかもしれないけど、それでも長い時間生きている。ここにいる誰よりも年上でばばあ。
「さあ、早く俺を殺してくれ」
「……」
「どうしたんだ? さっさと殺してくれよ」
先ほどまではなかった躊躇いが、私の体を氷のように硬直させる。
あと少し手を伸ばせば、彼の首根っこをつかめるのに。
少しイメージをすれば、彼の体の魔力をすべて吸い出せるのに。
それを拒んでしまう。
「……私、ばばあなんだ」
「は? 突然どうした?」
発した瞬間、私も何を言っているのか分からなくなった。
皇帝は何突然素っ頓狂なことを言い出すんだと疑問を浮かべているようだ。何かおかしなものを見る目で。
先ほどの発言は、この場にはあまりにもふさわしくない発言で、私の見た目からしても明らかにおかしい発言だ。
脳で話がまとまらないまま、体に任せて口を開いていく。
「実は私200歳なんだよ。不老不死なんだ。
さっきの話を聞いてたら、ガキの失敗は大人が庇うべきだ。そう思った。
私からすれば、あんたもガキだから」
そうつぶやくようにいうと、皇帝は馬鹿馬鹿しいとでも言うように笑った。
「馬鹿言え。全然200歳には見えないわ!」
そう笑い飛ばした後、真剣な表情で私の目を見つめた。
それに応じるように、私も彼の澄んだ美しい瞳を眺める。
「……まぁ、正直その言葉を聞いて腑に落ちたところはあるさ。俺も長らく皇帝やってたもんでね、見た目と年齢が一致していないというのは感じたさ。
でも関係ない。命に限りがある者からすれば俺はもうおじさんでね、守られる立場じゃないんだよ。
いいから早く殺してくれ。ここで長引かせれば長引かせるほど、俺の地獄脱出までの時間が延びてしまう。
早く地獄を越えて新たな人生を送りたいんだよ」
後半は半ヤケクソのような言い方だった。
ただ、その言い方が返って私の決断を早めてくれた。
「……そうか。ならば早く殺してやろう」
「助かる」
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