第22話
歩き、太陽が沈んで眠り、また太陽が昇れば歩き出す。
そんな生活を繰り返して何日か経った頃、いつものように舗装のされていない街道を歩いていたら、後方から馬の足音が聞こえてきた。
振り返ると、荷物を載せた馬車がこちらに向かって街道を進んでいるのが見えた。
ここは王都から伸びる街道と言うこともあり、こういった荷馬車の往来が多い。これの他にもいくつか馬車が通り過ぎていたので、またいつものように前をむき、道を空けるために端の方に避けて歩きだした。
前方に見える山脈。
草木の緑と空の青のコントラストがきれいだが、そんな悠長なことを言っていられるのは今のうちだ。
この山を越えなければならない。
もちろんトンネルなんていうものが掘られているわけはない。山にぐねぐねと作られた道を通って行くのだ。
……正直徒歩だと厳しいかな。飛ぶか?
多分やろうと思えば飛べると思うけど、なんせ200年牢屋にいたから飛ぶ訓練なんてほとんどやっていない。
宙に浮くのは出来たけど、それで移動が出来るかと言えば正直微妙なところだ。
そう考え事をしている間に、通り過ぎていくかと思われた馬車が、徐々に速度を落としていき、私の隣で進むのを止めた。
「あの、嬢ちゃんは冒険者かい?」
「え、まあそんなところですが、何か御用でしょうか」
「……まあ、一応そんなところだ。話だけでも聞いてくれないか?」
そう言ってきたのは、馬車に乗った小太りのおじさん。格好からして商人ということは分かる。小太りと言うことは適度に儲けを出しているのだろう。
……この世界は、街道沿いの山や森には盗賊や魔物が出ることがある。それを護衛の冒険者なしでか?
おそらく何かの事情があるのだろう。だから話しかけてきているはずだ。
「分かりました。話を聞きましょう」
そういうと、少し暗かった顔に光が差し込み、にこやかに笑顔を浮かべて「たすかる」と言った。
まだ受けるとは言ってないからね!?
馬車の、前世の車だと助手席の部分に座り、話を聞く。
歩き疲れていたので、座らせてくれたのはありがたい。それに馬車は歩くより少し早い。
時間短縮でラッキーだ。
「私は見ての通り商人でね、今は王都からの荷物を運んでいる所なんだ」
「そうなんですね。……それにしては荷物が少ないように見えますが」
「ああ、そうなんだ。今は貴族からの依頼でな、急ぎの荷物を運んでいるところだ。隣のジェレイ王国という所の王都で魔道具の市が開かれるのだが、そこで発表する新製品のパーツに不備が見つかったらしくてね。
相当な額を積まれ、急ぎだからということでできるだけ荷馬車の重量を軽くするために他の荷物を積まないでやってきたんだ」
「だから少ないんですね」
そう返すと、短く「ああ」とだけ答えて、少しリラックスしたような表情から真面目な表情へと顔が変わった。
おそらくここからが本題だろう。
……それより魔道具の市か。正直興味があるな。
「嬢ちゃんも旅をしていると言うことはあの山脈の辺りに盗賊が出るのは知っているだろう?」
「ええ。だからなぜ護衛がいないのかと気になっていました」
「そう、そうなんだ。本当は護衛をしてくれる冒険者の人が居たんだが、出発日の朝に突然依頼を断るという手紙が届いてな。
急ぎと言うこともあって別の冒険者を探す時間もなく、そのまま出てきてしまった訳なんだ。
でも私には戦闘を出来ない。だから盗賊や魔物が出ないように祈るしかないんだ」
「で、私に護衛を頼みたいと?」
「話が早くて助かる」
「でもどうして私に? 途中他にも冒険者はいたでしょうし、数は多くはないと思いますが、ここから先でも会うと思いますよ?」
「確かにそれはそうだな。実は、私は対象の実力を数値として見れるんだ。
実力鑑定と言うスキルで、そこそこレアらしい。
……まあ、それ以外にスキルはないがな。どうせなら攻撃系の1つや2つ欲しかったさ。
話が逸れてすまない。
王都で一番強いSランク冒険者の数値が13800くらいで、王都の冒険者の平均だと大体3000前後だ。
今回私が依頼していた冒険者4人の平均が4200くらいだった」
「それが私以外の人を選ばなかった理由になるのですか?」
「ええ。弱かったんですよ。平均が4000を超えるようなパーティーとは出会わなかったんだ。それに出会ったとしてもギルドを通さない依頼だから、怪しんで受けてくれない可能性もある」
「なるほど。……ちなみに、私の数値はいくつでしたか?」
「それが、測れなかったんだ。私のスキルレベルでは測れないほどに高かった。だからこそ、君になら任せられると思ったんだ」
「……なるほどね」
戦闘力がどういう計算式で割り出されるものかは分からないが、“死なない”ということで一気に底上げされている可能性は十分にある。
もしそれが反映されていなかったとしても、200年間も魔法を鍛えまくったわけだ。実力は相当ついているはず。
彼の測れる数値がどこまでか分からないが、少なくとも13800以上の実力はあるということが分かった。
まあそれがどのくらいか比較対象が居ないので分からないが。
「依頼料は?」
「金貨1200枚でどうでしょうか」
さすがに一回の護衛依頼で金貨1200枚は多すぎる気がする。
金貨1枚で日本円の1万円だと仮定すると1200万円だ。まあ、ベリネクスから貰った大金と比べれば微々たるものだけど、相当奮発している。
「……多すぎませんか?」
「言ったでしょう。相当な額を積まれたって」
そうにやりと笑ってこっちを見た。
……多分コイツは大丈夫な人だ。このノリの人に悪い人は居ないって言うのは前世プラス200年の経験で分かっている。
「おじさん、名前は?」
「ああ、悪い。私はジェノムレイフという。ジェノムレイフ商会を営んでいる」
「私はギン。これからは仲間だから敬語は外すね。よろしく」
「……受けてくれるのか?」
「魔道具市とやらに興味がある」
そう真顔で言い切ると、ジェノムは大きく笑った。
そうして、笑い終わるとこちらに手を差し出した。
「じゃあ、よろしく頼む」
「よろしく」
こうして私たちは、ジェレイ王国の王都へと向かうことになった。
「……王都の名前、何?」
「レグニタウンだ」
「それにしても、嬢ちゃんの履き物は不思議な形状だな」
「ああ、下駄って言うんだ。この世界の靴は硬いからな」
「そうか? たしかに硬いかもな。柔らかい靴があるなら履いてみたいよ」
……あぶねー、この世界のとか言っちゃったけど、多分痛い少女って言うことで流されたかも。
いや、痛い少女と思われるのもやだけど、ていうか少女って思われてるのかな。
「……その靴は痛くないのか?」
「痛くない。覆われてないからね」
「……うちで商品化する気は?」
「ないね。私だけのだから良いの。真似て売ったら首が飛ぶと思ってね」
「あー、怖い怖い。そんなことはしないさ」
「そう。ならいい」
こんな感じで愉快な旅だ。
椅子は硬いし、ろくに整備もされていない道だからガタガタと揺れる。
まあそれでも座って移動できる。しかも探知魔法で辺りを警戒しておけば良いだけ。それで1200万円ももらえるわけだから十分すぎるだろう。
「嬢ちゃんはどこに向かってたんだ?」
「決めてない。とりあえず歩いてた」
「何か目的とかはあるのか?」
「きれいな景色が見たい」
「なるほど、きれいな景色か……」
そういってジェノムは考え出した。
商人なら良いところを知っているかもしれない。少し期待が出来るな。
「そうだな、ジェレイ王国の隣にセレニア王国という国があってな、そこにベルティナの町という大きな湖がある町がある。そこがきれいだぞ」
「なるほど、湖か。じゃあそこに行ってみようかな」
「ベルフェリネ王国とは反対側だから、そこまで送れないが、レグニタウンから乗合馬車が出てるはずだ。それに乗ればいい」
「わかった。じゃあレグニタウンまでよろしくね」
「ああ、こちらこそ」
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