第2章

第21話

 足早に王都から出た私は、ひとまず街道を歩いている。

 お金はあるし、ある程度のものはそろっている。ただ、この世界の知識があまりにも乏しいので乗合馬車に乗るのを躊躇った。


「それにしても、この世界の靴、いくら何でも硬すぎないか?」


 この世界に来てから牢に入るまで。そして牢に入ってから出るまでの間、私は一度も靴を履いていなかった。

 200年牢に閉じ込められている間に、裸足で歩いていたおかげで硬くなっていた足も柔らかくなってしまった。

 そんな状態で履く質の悪い靴は、とにかく硬くて痛い。

 買いたての革靴よりも硬い靴を靴下なしで履いているのだから、そりゃ痛いだろう。


 この靴は一国の主からもらったと言うこともあって、この世界では高級な部類に入るはずだ。

 それでも硬いものは硬い。正直履けたものではない。


 前世の靴が優秀すぎたのだろうか。


 あ、そうそう。200年前は確か地球のことを現実世界と呼んでいたと思うけど、よくよく考えればこの世界もれっきとした現実世界な訳だ。

 だから地球や前居た世界のことは“前世”と呼ぶことにした。


 まあそれは良いのだ。

 この硬い靴でこれから何日も何週間も、何ヶ月も道を行くのはきつい。


 そこで私は下駄を作ろうと考えた。

 下駄は歩きにくいだろう。それは分かっているのだが、下駄は痛くないだろう?

 動きにくくて戦闘の時に大変だという意見も分かる。でもそれは大丈夫。私は牢にいる200年の間に魔法の腕を上げた。

 よっぽどのことがない限り、戦闘になる前に遠くから危険物は排除できる。


 もう私に俊敏性は必要ないのだ。


 それにね、私って逆張り大好きだから、この世界で誰も履いていない下駄を履くというのに優越感を感じるんだよね。

 牢屋にいる間は自己肯定感だだ下がりだったわけだから、こういう細かいところでスコアを稼いでいきたいと思うよ。




 適当にそこら辺に生えていた木を切り倒して、なんとなくイメージの下駄の形に成形する。

 小判みたいな形で、裏側に2つブロックみたいなのをつける。

 確かブロックみたいなのが1つのもあったと思うけど、それは歩きにくそうなのでやめた。

 ささくれとか有ったら痛いので、滑らかになるように意識しながら魔法を発動していく。

 そして、三カ所に穴を開けて、そこに王都で買っておいた太めでふかふかした糸を通していく。

 結び方がわからないので、なんとなくで結んで完成だ。


 ひもはほどけたらそのときまた結ぶ。

 あまりにも簡易的だし、使った木が乾燥していたわけではないため、結構簡単に壊れると思う。

 だから時間があるときにひもの結び方とか下駄の形状とかを考えておこう。




「さて、実際に履いてみようかな」


 早速履いてみる。


「う~ん、なんかすっこぬけそう?」


 履いてみたが、正直走ったりしたら足がスポーンって抜けそうだ。指でひもを挟んで履くとかして対策するのだろうけれど、正直めんどくさい。

 でも履き心地は悪くない。少し歩いてみたが全然痛くないし、カラコロという音が気持ちいい。

 道は土で出来ていて、ジャリジャリという音が混じるのが残念だが、整備された町の中の道とかをこの下駄で歩いたらもっと気持ちいいと思う。


「なんか抜けそうな感じが頼りないな」


 多分板が大きすぎるんだと思う。

 もう少しサイズを小さくしていこう。ついでに少し斜めにしてみる。ヒールほどではないが足が指に掛けて沈んでいく感じに。

 板のサイズを小さくしてもひもの位置はあまりいじらない。

 ひもをきつくしてしまうと指が痛くなると思う。




「まあこんなもんかな」


 結局1時間くらい調整してしまった。

 ただ、とてつもなく満足いく仕上がりになった。


 歩いても全然抜けないし、今のところ足が痛いという感覚はない。裸足で過ごした200年間。王宮で靴を履いたときのあの圧迫感は正直気持ちが悪かった。

 でも下駄なら大丈夫。圧迫感は全然ない。なんとなく落ち着くような感じだ。


 そういえば下駄でお店に入ると嫌がられるというのを聞いたことがある。

 床が削れるから嫌だとか。床との接地面に毛皮でも張っておこう。

 音は気持ちいいけれど、正直この音で人混みを歩く勇気はないな……。明らかに一人だけ変な音を立てて町を歩いていたら注目されてしまう。

 私はシャイガールだから怪奇の視線にさらされるのは御免だ。

 音を小さくすると言う意味も込めて毛皮は絶対に張りたい。どうせ摩耗していくだろうから毛皮加工は良いだろう。

 剥ぎ取ったものを適当につけよう。






 200年前、野宿をするときにテントなんていうものは使っていなかった。寝ている間に雨が降ればびしょ濡れになる。だからといって魔法でまわりを覆えば蒸し暑くて辛い。

 だがついに、私はテントを導入する。


 貰った! ありがとうベリネクス!


 街道から少しそれたところにある森の中にテントを張る。

 探知魔法を寝ている間も常に発動し、私から100メートルの範囲に悪意のある何ものかが入ってきたときにすぐ起きられるようにする。

 食事は硬い干し肉に逆戻りだ。

 牢屋内での食事はおいしくはなかったけれど柔らかかった。

 今干し肉食べたら歯が欠けてしまうかもしれない。




「う~む、オオカミが息を掛けたら飛んでくやつだなこれ」


 テントの質は正直微妙だ。まあ私の基準がおかしいだけなのだろうが。

 この世界と前世の世界は違う。文明レベルが明らかに異なっているのだ。文明に不相応な物は望んではいけない。




 暗くなった森の中に灯るほんのりオレンジ掛かった赤い焚き火の色。

 パチパチと木のはじける音が森のざわめきの中に溶けていく。メラメラと燃える炎から感じる暖かさと、鼻を刺激する香り。乾燥してシュバシュバとする目。


「懐かしいな……」


 森の中で過ごしていた日々は凄く短かった。でもそれは200年経った今でも手に取るように思い出せる濃い記憶。

 歩いても歩いても終わりのない広いところから、4畳ほどの狭い牢屋に移された私。何もかもが変わった生活の中で、ふと思い出しては虚しく感じたものだ。

 でももう大丈夫。この広い世界に戻ってきた。もう寂しくない。もう虚しくない。


 ご飯はまずい。ろくにお風呂も入れない。歩けば疲れるし、話し相手になってくれる人も居ない。

 それでも、この広い世界を自由に巡れるというのは幸せだ。

 まだ牢を出てから1日も経っていないけれど、もう何日も経ったかのように錯覚するほど、今日の1日は牢屋の1日と比べて濃かった。


 こんな濃い1日がこれから毎日続く。考えただけで幸せだ。  

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