第2話
「私、これからどうしよう……」
散々泣き叫び、ある程度落ち着きを取り戻すと、地面にぺたりと座ってそう呟く。
ただ、ひとまずは水を探さないといけない。痛みや苦痛を感じるということが分かったために、飢えという耐えがたい苦痛がさらに怖くなった。
立ち上がり、どちらに進もうか考えたが、先ほどの戦闘のせいもあってか、私がどちらからやって来たのかわからなくなってしまった。
だからと言ってここに留まるわけにはいかないので、地面に落ちていた『異世界の手引き』を持って適当な方角へと歩いていく。
足が痛い。魔法で靴を作ることを考えたが、どのように魔法を使えばあの現実世界で使うような柔らかい靴ができるのか見当もつかない。おそらく石でできた買いたての革靴よりもはるかに硬い何かができるだろう。
裸足で地面を歩くよりも痛くなる気がする。
ここは多少の痛みも我慢して歩くべきだろう。もしどこかで動物を倒す機会があれば、毛皮でも剥いで何か靴らしきものを作ってみてもいいかもしれない。
それにこの歩き心地の悪い森の中を歩いていれば、自然と足の裏が固くなって痛みも感じなくなるだろう。
少しの辛抱。死にやしない。
しばらく歩いてみたが、ちょろちょろと水の音が聞こえてきた。
音の大きさ的に付近に沢があるのだろう。ただ、先ほどまで雨が降っていたために、綺麗な水は期待できないかもしれない。
まあそれは仕方がないことだと割り切るしかないのだ。煮沸すれば何とか飲めるはず。
途中、動物とは出会いはしたものの、こちらへと戦いを仕掛けてくるようなものはいなかった。
どれも小さな小動物で、かわいかったために罪悪感が湧いて倒すことができなかった。この世界で生きていくためにはその罪悪感も捨て去らなければならないのだろう。
水を手に入れたら1匹くらい殺してみるのもいいかもしれない。
すぐに沢を見つけた。
案の定水は濁っている。日本の水質基準なら明らかに駄目だろう。死んでる水だ。
ただ、この沢の大きさからして考えられないほどの水量を誇っているために、先ほどまでの雨による増水が濁りの原因だと考えてよさそうだ。
数日開けてここに来ればまた結果は違ったかもしれない。
「よいしょッ、失礼します」
転がっていた大きめの岩に手を当てて、小さく跳ねるようにして沢の下へと降りる。
イメージしたら小さな壺のようなものを土魔法で出すことができた。ペットボトルのようなものがあればよいのだが、さすがにそれは作ることができない。
なるべく土砂が入らないように、壺の口を下流に向けて水をくむ。
1リットルにも満たないような小さな量だが、片手で本を持っているために、そう何キロもするような壺を持ち運ぶのは厳しい。
何かバックのようなものがあればいいのだが、それは町でもあったときに買えばいい。
……買えばいいって、どうやって?私はお金を持っていない。物々交換?
まあそれはいずれ考えよう。今は生きていくだけで手いっぱいなのだから。
ああ!もうめんどくさい。生きていくだけで手いっぱいって、私死なないんだからおかしいじゃん!!
そう思っていると、脳裏にふとこんな思いが横切る。
『不老不死って、本当に不老不死なのだろうか』
もしかしたら不老不死というのもあの狂った神が付いている嘘なのかもしれない。
……一回死んでみるか?
いやいやいや。もしそれで本当にこれが嘘なのだとしたらそこで人生が終了してしまう。たしかにこんなにつらい世界に放り込まれたのだから死んでもいいかと思ったけど、それでも死ぬのはやはり怖い。
おそらく近いうちにその気がなくても死にそうになる時がやってはずだ。真実はその時にわかる。
ただ、あまり“不老不死”を過信してはいけないということが分かった。1度しか死ねない。1度死ねば2度目の死はないという前提で行動していく必要があるかもしれない。
「はぁ、まあこんなところで考えることじゃないか……」
今物々考えているところは、沢の下、荒れる小川のすぐそばである。
もしここで土石流でも発生してしまえば、それこそその気がなくても死にそうな時がやってきてしまう。
痛いのは嫌。辛いのは嫌。藻掻いて藻掻いて生きるしかないのだから、こんな危ないところに滞在なんてしたくない。
下るときに使った石を使い、今度は上方向へと飛び上がる。
水がこぼれないよう、壺には魔法で蓋をしておいた。
先ほどまでは魔法なんて使うものか!と思っていたのに、すでにこんなにも使いこなしてしまっている自分が怖い。
先ほどはよく見えなかったが、やはり壺の中の水は濁っていてそのままではろくに飲めやしないだろう。
もちろんろ過機などという文明の利器は持ち合わせていないので、煮沸して飲むしかない。
ただ、最低限大きめの土砂は取り除いておきたいので、もう1つ小さいコップのようなものを作成する。
そして30分程度壺を放置して、大きな土砂を沈殿させて上澄みを掬う。
できればこれを数回は繰り返したいが、さすがに喉が渇いて待てそうにない。おそらく今日しばらくの辛抱だから、妥協するしかないのだ。
「沈殿、してるね?」
恐る恐る壺の中をのぞくと、そこには明らかに先ほどよりも澄んでいる水が溜まっている。
ただ、底の方は茶色いものが溜まっているので、おそらく沈殿は成功しているはずだ。
沈殿物が舞わないように、小さなコップでそうっと上澄みだけを掬いとる。そして、少し大きめに作った壺にそれを移し替えていく。
今回の壺は煮沸にも使いたかったので、熱でも壊れないようにイメージして作ってみた。正直どうなるかはわからないが、おそらく大丈夫だと思う。
いつの間にか天高く昇っていた太陽も、地平線に沈みかけている。
まあ木々に邪魔されてよく見えないけど、それでも空の暗さを見ればよくわかる。オレンジ色をしてないのだから。
あたりの落ち葉をできるだけ横に寄せて、拾ってきた枝を空気の通り穴ができるようにくみ上げる。
そして、火魔法で火をつけて焚火を作成する。
「ついた。―――とわぁッ!?」
うまく火が付いたことに喜び、じっと焚火を眺めていると、突然薪が爆発するようにはじけた。
えっと、確か水を含んだ薪ははぜるというのを聞いたことがある気がする。次からは気を付けたいけど、雨が降った後に乾燥した薪なんて落ちているわけがないのだ。
少し距離を置けば大丈夫だから、そこらへんは妥協したほうがいいのかもしれない。
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