あちらはユニバですか天国ですか

風崎時亜

第1話 メルヘンな世界

 あれは太陽だろうか…空に柔らかな光源がある。

 その柔らかな光の下に、どこまでも続く草原と緩やかに流れる川があった。

 草原には青いドレスワンピースにエプロンをし、猫の様な耳を生やした少女が座り込んで何かをしている。

 ああこれはコスプレイベントとかいう奴かな?と思い当たる。よく見れば結構周りに人がいて、談笑したり川に停めてあるクルーズ船に乗ったりしている。川の向こうはなんだろう。うっすらとジェットコースターが見える気がする。あそこはユニバーサルスタジオか何かかな。楽しそうだ。

 こんなことなら子供を連れて来てやれば良かったな、なんてぼんやりと思っていた。

 

 私は一人だったので、喋る相手もいない。けれども少女のことが気になって仕方がなかったので、つい声を掛けてしまった。

「すみません、何をしているのですか?」

 少女は驚いて顔を上げた。

「花を摘み取っているんですよ。萎れた花が沢山あるので」


 見ると白詰草に似たような花々の中に、枯れて萎れて茶色になって、項垂れているものがいくつもあった。その花の周りには薄い茶色の花粉の膜の様な物も見える。

 そのすぐ側には蕾から開く物もある。植物の変化はこんなに早かったかな?と不思議に思う。

 少女は手早く枯れた花を摘み取って行き、手元の籠に入れて行く。ある程度溜まったら近くに置いている台車の上の花籠にまとめてバサっと入れ、また摘んで行く。

「大量にありますね。手伝いましょうか?」

 私が言うと、少女がこう返した。

「とんでもない。これは私の仕事なんですよ。貴女はあちらの船にでも乗ってください」


 少女はしかし、そう言ってみて改めて何かを思い付いた様で、私の顔をじっくりと眺めて来た。

「貴女…ちょっと待っていなさい」


 ええ?何故に命令口調?と思ったけれども待っていた。


 少女は少し離れて群生の奥に入り、キョロキョロと見回して何かを見つけてしゃがんだ。

 次に彼女が私の前に来た時には、両手に一株の花を持っていた。それを差し出しながら言う。


「ほら。枯れそうだけど大丈夫。貴女の手で植え直してね」

「え?植え直すったって…」

 両手に渡された株を持って私が困惑していると、少女はまた周りを見回し、少し空いた所を指差した。そして持っていた花籠の底からスコップを取り出して渡してくれた。

「ちゃんと『枯れませんように』ってお願いしながら植えてね」

「はあ…」


 少女があまりにも高圧的だったので、私はその小さなスコップで渋々株を植え直した。

「枯れませんように…」

 そう言いながら周りに土をかけ、ポンポンとスコップで叩いた。



「お母さん!お母さん!?」

 私は大声で呼ばれて目を覚ました。

「あれ?…えっ痛…っ」

 同時に頭と腰の痛みに顔が歪む。

「良かった〜もうマジでどうしようかと思ったよ」

 夫が言う。何があった?息子が続ける。

「お母さん階段から落ちたんだよ。もう、死んだと思ったね」

「うわ、そうだった。持ってたスマホも吹っ飛んでるっ」


 私はそう言えば連休で家族で夫の実家に来ていた。

 2階に家族分の布団が用意され、私達はそこで寝泊まりをさせてもらっていた。しかし風呂やトイレ、洗面といった水回りは下にあるので、どうしても階段を使って行き来する必要がある。その階段が、結構急な上に段がツルツルしていていつも危ないなとは思っていた。

 私はどうやら本当にそこで滑って踏み外して数段落ちたらしい。


「救急車どうする?一応呼ぶ?」

「いや…大丈夫そう…どれぐらい気を失ってたかな」

「2分ぐらい?」

「じゃあいいや、ホントもう救急車とか呼ばないで」

「そう?大丈夫?」

 側にいた姑も言ってくる。夫が言う。

「母さん、この階段やっぱ滑り止め付けようや。嫁さんが落ちた」

「そうじゃねえ…」


 何事も何かの犠牲によって成り立つ。

 数日後、実家の階段の全ての段には滑り止めが付けられた。


 まあ、ちょっと私は三途の川まで行っていたようだ。

 そこでは死んだ人の魂でも摘み取られていたのだろうか。私が間違って行った為に、植え直しを命じられて戻って来るとは。あれがいわゆる死神か鬼という奴か。

 多分誰に言っても信じて貰えないだろうから家族にも言えなかった。


 なんてったって、いい歳して猫耳青ドレスワンピエプロン、どうみても不思議の国のアリス寄りの死神か鬼に会ったなんて、思考が恥ずかし過ぎて言える訳がないじゃないか。



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