5
俊の部屋の玄関で、もう一度倫太郎は、久しぶりだな、と言った。
俊は、夏以来だもんな、と応えた。その口調は明らかに苛立っていて、倫太郎は怪訝そうに俊を見た。
なんでもない、と、なにも訊かれないうちに俊は口の中で呟いた。
そうならいいけど、と、倫太郎は肩をすくめた。
ビールでも飲みに行くか、とは、どちらも言わなかった。
俊は一瞬言おうとしたのだ。でも、口に出す前にその言葉を飲み込んだ。
だって、俊は越前にはなれない。
消耗されるだけの関係性に、今更ビールなんてオプションを付けてみても虚しいだけだ。
くく、と、倫太郎が小さく笑った。
それは、秘密の話を打ち明ける前の、小さな子どもみたいに。
けれど、もちろん、倫太郎が俊に何かを打ち明けることはなく。ただ彼は笑みを引っ込めると、俊の肩を押してベッドの方へ追いやった。
俺なんて消耗品なんだろう。
出かけた言葉をまた飲み込んだ。
多分倫太郎には、俊や、その他の男たちを消耗している自覚なんかない。越前とその他を区別している自覚すらないだろう。
ベッドの前で倫太郎は、子どもの遊びの延長みたいに服を脱いだ。
その仕草は夏の間と変わらないのに、自分が惨めに思えて仕方がないのは、越前の存在を知ってしまったからだろう。
俊も、やけくそみたいに服を脱いだ。目の前のただの男の身体に、どうして自分が欲情するのかこれ以上考えたくなくて。
ベッドにもつれ込み、肌を重ねてしまえば、体温は夏の間と同じだった。
それならば、行為だってなにが変わるわけでもない。
どうして、と、行為が終わった後俊は訊いた。訊くつもりなんてなかったのに、性交後の火照った身体が勝手に言葉を絞り出していた。
どうして、今日俺を呼び止めたのか。
すると倫太郎は、裸でベッドに寝そべったままへらりと笑って、順番、と言った。
「順番的に、今日が俊の番だったんだよな。」
順番ってなんだよ、と、問い詰めたかった。
それなのに俊は、どうでも良さそうに頷くしかなかった。
きっと、俊はすれ違った男たちとひとまとめにされ、手帳に番号でも振られて名前が書き込んであるのだろう。
「……越前は。」
負け惜しみみたいな問いをした。少しでも倫太郎の表情を崩させたかった。その手段が越前しかないことが、バカみたいだった。
「越前?」
きょとんと首を傾げた倫太郎は、いっそ無邪気にすら見えた。
けれどその無邪気な顔をした生き物は、にやっと笑って言ったのだ。
「越前は背番号一番。」
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