第17話
「映します」
「はい」
どうも巨鳥に襲われた直後、神殿で目覚める前にも調べられたようだが、コーデリアが自分の目で見るのは初めてだ。
少しばかり緊張する。
ラースディアンが鏡をかざすと、背後から光が当たっているのが分かった。振り向いてみると、そこには金緑の粒子がきらきらと輝いている。
「まだ呪紋印の形にはなっていない、ですよね?」
「ええ、そう見受けられます」
「よかったぁー」
ひとまず、胸を撫でおろす。
「ですが、これは……」
鏡と、宙に映し出された呪紋印を交互に見て、ラースディアンは眉を寄せる。納得がいかなさそうだ。
「な、なんですか? 他にも怪しい所が?」
「ああ、いえ」
怯えたコーデリアの問いにはっとした顔をして、首を横に振る。それから鏡の鏡面を下にしてテーブルに置いた。同時に、背後に移っていた光も消える。
「猶予に関しては、史書を参考にしてもよさそうですね。私が気になった部分は……確証が得られたらお話しします。今の私の力量では、禍刻の主には届かないようですので」
「ま、そりゃそうだ。あれが簡単に討伐できるなら、世界は魔物の脅威からとっくに解放されてるさ」
「確かに」
今日相対したランペイジボアも、コーデリアにとっては大変な脅威だった。ロジュスが手を貸してくれたから事なきを得たが、そうでなければどうなっていたか。
そしてマジュに現れた巨鳥は、ランペイジボアとは存在からして格が違う。
「さて、ご馳走様。せっかくだから俺は宿の主人を手伝って皆に美味しいを届けてくるよ」
「では私も行きましょう。コーデリア殿は……」
「えっと、じゃあお任せしてもいいですか」
もちろん始めは自分で配るつもりで作ったわけだが、協力してくれる人手があるなら他にやりたいことがあった。
やりたいというか、やるべきというかだが。
「構いませんが。いいのですか、皆の喜ぶ姿を見なくても」
「はい。今日のうちにお洋服をいただいてしまいたいですから」
ここはあくまで、一時体を休めるために作られた場所。泊まっているほぼ全員に、別の目的地があるはずだ。
日程を決めてもいるだろう。予定がずれればそれだけ経費という形で損をする。特に商人などは。
「ああ、そうでしたね」
「ですので、その方たちの分だけいただいていこうかなと」
「了解。冷えて丁度良く美味しいと思うぜ。あ、そーだ。せっかく新調するんだから、動きやすくて丈夫な格好にしてもらえよ」
「あ、そっか」
戦い方が決まったのだ。昨日までのように『旅をするのに動きやすい服』よりも、もう一段別の注文が生まれる。
「店の人に任せりゃ大外れはないと思うからさ」
「うん。頼むことにする」
正直、コーデリアにはどういう装備が相応しいかがよく分からない。
「客が知識持ってりゃ店も的確にサービスできるだろうけどさ。何も分からない素人だって堂々と門を叩けばいいんだよ。分かんない客のためにプロがいるんだし。もちろん、要望があるなら最低限の部分は言語化して行った方がいいけどな」
「それはちょっと開き直りすぎだとも思うけど。でも、そうね。それぐらい気楽な気持ちで行って来るわ」
くすりと笑ってコーデリアは席を立つ。ロジュスとラースディアンも同様だ。
コーデリアは家族らしい男女二人と子ども一人の、計三つのフールをバスケットに入れて宿を出た。
(んっと……)
彼らはコーデリアが泊まっている宿の客ではない。必然、もう一軒に留まっているということになる。
宿の扉を潜る。と、一階の食堂のテーブルに集まった一家の姿が目に入った。
「すみません、ご厚意に甘えに来ました」
「おお、いらっしゃい。お待ちしていました」
「どうぞ、こちらに」
脅威は去ったとはいえ、恐ろしい体験をした直後だ。少人数で部屋にこもるのに抵抗を感じる人が多いらしく、テーブルはかなり埋まっていた。
件の家族もその中の一員だったわけだが、コーデリアの訪れを受けてすぐに立ち上がり、表の馬車へと誘導してくれる。
商人が荷を運ぶための箱馬車は、見た目からして頑丈そうな作りだった。人による物盗りもあるにはあるが、被害の中心は魔物である。
鍵を開け、主人はコーデリアを招き入れた。ひと二人分の空間が確保されている以外は、すべて布で埋め尽くされている。
「わあ……っ」
洋服というものは、高価だ。コーデリアはマジュの町において平均的な収入を得ている家の子どもだが、それでも真新しい服を新調したのは数回だ。十には満たない。
両親はさらに少ない。自分たちが我慢してでも、コーデリアに与えてくれていたと今は分かっている。
ようは、コーデリアにとって心ときめくものではあるが、同時に手を出すのに勇気がいる値段ということだ。
「どうぞ、手に取ってお好きな物をお選びください」
そのため、にっこにっこと満面の笑みで勧められても、思わずためらってしまう。
ここにきて何をと突っ込まれそうではあるが、目前にして腰が引けることもあるというものだ。
「本当にいいんでしょうか。だって、商品ですよね? 売らないと原価分が丸々赤字に……」
「ご安心を。幸い、服の数着で首を括るほど切羽詰まってはおりません。私どもの命の値段と思って、お気になさらず」
店主に無理をしている様子はない。その側から、彼の妻と思わしき婦人が進み出てきた。
「どのような服がお好みでしょう? お嬢さんは可愛いからどんな色でもきっとお似合いだけれど、明るい色調をお勧めしますわ。――さっ、二人とも。あとはわたしにお任せなさいな。大人数でわいわいしてたらお嬢さんも落ち着かないでしょう」
「うん。後は任せたよ」
婦人が背中を押すような仕草を見せると、主人もうなずいて少女を手招きした。
「あああ、あの! これ、よかったら受け取ってください!」
流れに身を任せかけていたコーデリアははっとして、持ってきたフールの入ったバスケットを慌てて突き出す。
「わたしが泊まっている宿の有志で作ったものです。皆で怖くて大変な思いをしたから、お菓子を食べてほっとしましょうって」
「お菓子!」
娘の方が即座に反応して、喜びの声を上げてくれた。嬉しい。
「こら、意地汚いぞ。――ありがとうございます、いただきますね」
コーデリアからバスケットを受け取り、男性は少女と連れ立って宿へと戻っていく。
「では、お嬢様。改めて……ご希望はございますか?」
「それじゃあぜひ、動きやすい物をお願いします。こう、殴ったり蹴ったりするときに捌きやすいような」
「ああ!」
コーデリアの注文で、夫人は理解した声を上げた。
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