第16話

「申し訳ありません。何分、作るのに相応に労力がかかるので」

「そう。他の物に力を加えるのは簡単なことじゃない」

「そ、そうなんですね」


 ぼったくりではないらしい。


「どんなものにも自身を構成し続ける『力』が働いているからな。それを変化させるってのは、モノが持つ『形を維持する力』を超えるか、上手く干渉する必要がある。ついでに言うと、あんまり効率的でもないんだよなあ。水はわりかし変質しやすい性質ではあるけど」

「そう言われると、なんだか悪いことをしてしまった気もするわね」


 在り方を強引に変えてしまった。そうとも言いかえられるのではないだろうか。


「変質の方はそうかな。でもお嬢さんの場合はちょっと違う。神官殿が言っただろう、活性化しているって。ほぼ元の力を高めているだけさ。けど、お嬢さんの使う神力に影響されているから神官殿の見解も間違ってない」

「錬金術士の講釈を受けている気分ですね」


 ロジュスのいい方は確信的だった。博識に感嘆するよりもうさん臭さを強く感じてしまうのはなぜだろうか。

 ラースディアンの口調も素直に称えたものではなかったから、受けた印象はコーデリアと同じなのだろう。


「多少の心得はあるかな。本業じゃないから、そっちに過度な期待をされるのは困るが」

「多芸なのね……」

「そうとも。言ったろ? 俺超強いから」


 否定もしない。


「そうそう。丁度いいから話しておこうか。俺もお嬢さんの旅に同行することになったから」

「……断っても付いてくるのでしょうね。分かりました」

「お、意外にすんなり」

「不本意ですよ」


 認めても歓迎はしていないらしい。ラースディアンは諦めたため息をつく。


「ですが彼女を待ち構えていた以上、受け入れるか排除するかの二択になるでしょう。二人の様子を見れば、彼女が受け入れる方を選択したのは分かりますから」

「ええと……。その、ごめんなさい」


 相談はするつもりだったが、コーデリア自身の意思はラースディアンの言う通り決まっていた。

 協力してくれているラースディアンが望まないことをするのに、少々申し訳ない気持ちになる。


「どうか、お気になさらず。謝っていただくようなことではありません」

「じゃあ、ありがとうございます」

「お礼を言われるのも不思議な感じですが……。そちらはありがたく受け取りましょう」

「じゃ、改めて自己紹介をしようか。俺はロジュス・エイアル。よろしく。戦闘に関することなら大体何でもできるけど、最得意は弓かなー」


 自分から言い出した手前もあるだろうが、まずロジュスが正式に名乗った。

 自分が名乗ることで相手の逃げ道を塞ぐ意図を感じなくもない。


(まあ、一緒に行くって決めたんだしね)


 ある程度は正直になっていいだろう。


「ラースディアンです。職業は神官。多少、呪紋の心得があります」


 続いてラースディアンがロジュスに倣って得手を加えつつ名乗る。


「平然と砂塵アッシャー衝灰陣ヴォルテクスを使う奴が多少とか言うなよ……」

「多少ですよ。私より優れた呪紋の使い手は数多くいると思うので。これまで、マジュの町の神官としては充分でした。しかし禍刻の主を討つのなら、到底足りない。世界有数の使い手にならなくては」


 目指す場所が高いからこその『多少』表現だ。


「……ま、そりゃ一理ある」


 相手取るものの強大さを比較してと言えば、ロジュスも同意した。


(分かっているけど、遠いわね……)


 それでも、適性のありそうな分野が見付かった分だけ前向きさは増している。


「ええと、じゃあ――。わたしはコーデリア・カーウェンです。趣味兼特技はお菓子作り。戦いはこれから努力します!」

「ん。よろしくなー」


 緩めの返事が返ってきた。がっつりと期待されるよりは気が楽になったような、気が抜けたようなだ。


「――ところで」


 三人の自己紹介が終わった所で、食べ終わったカップを置いたラースディアンがコーデリア、ロジュスの順に視線を巡らせて問いかける。


「魔物はなぜ、いきなり襲ってきたのでしょうか」

「おかしいんですか?」


 備えて見張りも立っていたし、結界が無いなりに柵も建てられていた。備えているということは、被害を想定しているということだ。そして実際に襲われもするのだろう。

 でなければ形骸化しているはずだからだ。


「奇妙ではあります。あのような襲撃が頻発するなら、宿場町そのものが成り立ちません」

(確かに……)


 今回はラースディアンやロジュス、そしてコーデリアがいたから事なきを得た。普段の備えらしき人々だけでは足りていないように思える。


「禍刻の年は魔物が活性化するんだろ? そのせいじゃないか?」

「そうかも。街道の安全のために、国が兵士を新しく募集してたぐらいだし」


 コーデリアもロジュスの見解に賛同した。

 広場に集められた理由である。旅の発端となった事柄だけに、コーデリアには一生忘れられないことだろう。


「そう……なのでしょうか。いえ、そうですね。偶然にしてはあまりに見計らったかのようだったので、つい。余計なことを考えてしまったようです」

「生きてりゃ『マジで?』って思う偶然の一つや二つ、経験したっておかしくないだろ。魔物が人を襲うのは、そこまで奇跡的な偶然じゃないけどな」


 たまたま、運が悪かった。そう考えた方が自然だ。

 しかし、もし。


「もし――もしですよ? 偶然じゃないなら、どんな理由だと思うんですか?」

「私たちを、というより、コーデリア殿をでしょうね。狙ったものかもしれない、と」

「もう生贄として刈り取りに来たってことですか!? 禍刻紋ってそんなにすぐ完成するんですか!?」


 コーデリアが伝え聞いてきた英雄たちは、皆紆余曲折の大冒険をして、万難辛苦を跳ね除けて禍刻の主を討伐してきた。つまりはそれだけの大冒険をする時間があったということである。

 自然、コーデリアは自分も彼らと同じだけの猶予があると考えていた。違うと突き付けられれば動揺は大きい。


「いえ! それは大丈夫なはず……ですが、一応確認してみましょうか」

「お願いします」


 疑念を抱いたままでは、夜不安に襲われて寝付けない気がする。


「聖鏡を取ってきますので、少々お待ちください」


 常に携帯しているわけではないらしい。コーデリアとロジュスに断って、ラースディアンは一度部屋へと戻っていく。


(それはそうよね。名前からして割れ物だし)


 待つこと数分。戻ってきたラースディアンは、鏡面が五センチ程度の鏡を手にしていた。

 その重要性を見破られないためか、造りは質素だ。普通に雑貨屋で売っている手鏡と大差ない。

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