第6話
「確かに。けれどコーデリア殿なら私が指摘するまでもなく、すぐにご自身で気付かれたことでしょう」
思い付いたまま口にしてしまったから、ラースディアンに聞き咎められてしまった。
思考が次に行く間があれば、コーデリアは自分で自分の考えを打ち消しただろう。指摘されてすぐに納得したのがその証と言える。
「貴女は優しい人ですね。自分が切羽詰まっているときにも、すぐに他者のことに思考を向けられる」
「そ、そうでしょうか? ラースディアン様ほどじゃないと思いますけど」
彼は自分の都合など排除して、人を護るために立ち上がれる人だ。
まず己の利が思い浮かんでしまうコーデリアは、むしろ普通と言えよう。
「面と向かって言われると、照れくさいですね。けれど貴女にそう思っていただけるのは嬉しく思います。ありがとうございます」
「いえ……」
言った通りに、ラースディアンははにかんだ笑顔を見せる。
素直なその笑みは、彼の人柄の賜物なのだろう。親しみやすさを感じさせた。
「ですので、多く広めるべき話ではありませんが、コーデリア殿は間違いなく視ていただけます」
選ばれた人しか見てもらえない、身に宿した才を確認してもらえる。
――世界を救う人材となるために。
理由が、あまりにも重い。
「もし……。もしそれで、才能なんかないって言われたらどうしましょう」
「そのときは、貴女に代わって私が討伐を果たします。必ず」
自分こそが巨鳥の目に留まっていたことを、ラースディアンも自覚している。決意を込めてきっぱりと断言された。
(いえ! 駄目よ!)
コーデリアを身代わりにしてしまった引け目と、だからこその覚悟。それを目の当たりにしてコーデリアは自分を叱咤した。
(気弱になるな。わたしがやったことなのよ)
自分ではなかったはずなどと考えるのは、もう止める。
「大丈夫です。わたしがやります。才能がないなら努力します、時間の限り!」
禍刻紋と呼ばれる生贄の紋章が完成したら、巨鳥に殺されて彼の魔物の力を増させるのとになるのだという。
コーデリアに与えられた時間は有限だ。
「となると、こうしてはいられませんね。早く王都へ行って、自分に向く戦い方を知らなくちゃ!」
「はい。しかし急いては事を仕損じる、とも言います。まずはご家族としっかり話をして、旅支度も整えた方がよいでしょう」
「う。そ、そうですね」
手紙は送ったが、丸一日帰ってきていない娘のことを両親は心配してくれているはずだ。
何しろコーデリアはこの十七年間、夜に家に帰らなかった日など一日たりともなかったのだから。
「では、今日はこの辺りで解散としましょう。明日の昼頃、迎えに上がります。基本的な旅支度は私の方で用意しますので、コーデリア殿はご自身に必要なものを揃えておいてください」
「分かりました。明日もう、出発するんですね」
「はい。もう少し時間が必要ですか?」
旅に出る――知らない場所に行くという恐怖はある。だが躊躇いで時間を消費してもいいことは何もない。悪いことなら起こるかもしれないが。
吟味は必要だ。だが決めているのならそれ以上はいらない。
「大丈夫です。行けます」
「分かりました。ですが、後悔のないように。少なくともしばらくは、マジュの町に戻って来られないでしょうから」
「はい」
ラースディアンの忠告を、コーデリアは真剣に聞いた。
(心配しないでとは言えない。だからこそ、しっかり過ごそう)
別れるためではない。戻ってくるために。
「ただいまー」
直接的な被害は軽微だったものの、町のあちこちで巨鳥が襲来した折に吹き飛ばされたのだろう様々な跡を見た。
細かな物は撤去が済んでいたが、傾いた看板などがそのままの店もあり、巨鳥の襲来が夢や幻ではないことを人々に突き付け続けている。
そんな有様の町を抜け、コーデリアは家の扉を潜って声を掛けた。
(一日しか離れてないのに、凄く懐かしい気がする)
すぐにもっと長く帰れなくなるという事実が、より強く感じさせるのだろうか。
(とりあえず、お店は無事みたい)
裏手から入ったコーデリアは、店舗の様子を見てほっとする。
大がかりな修繕が必要だったりしたら大変だと思っていたのだ。
自宅になっている二階へ上がろうとしたところに、向かう先からこちらに近づいてくる足音が聞こえた。
「コーデリア!」
「よかった、お帰りなさい。心配していたのよ」
「ただいま、お父さん、お母さん」
ちょうど階段の半ばで向かい合うことになり、コーデリアはその場で両親と抱き合った。抱擁は数秒。
「でもここだと落ち着かないから、上に行こう」
「そうね」
母、メリッサもすぐに同意。
「何か食べるか? それとも休むか?」
「うーん。神殿でご飯はもらったから、軽く摘まめるものなら食べたいかも。いきなりだけど、二人に大切な話があるの」
精神的には落ち着いていないが、肉体的には問題ない。
(明日のお昼には、出発するんだから)
改めて思考に乗せると、名残惜しさが増した。残った時間を二人としっかり過ごしたい。そんな気持ちが強くなる。
「なら店の余り物を皆で片付けてしまおう。母さんと一緒に、上のリビングで待ってなさい」
「うん」
言って父、マリウスはコーデリアと擦れ違うようにして階下へと下りていく。
「じゃあ、行きましょうか」
そしてコーデリアは促すメリッサの後に付いて残りの階段を上った。
「お店の余り物って、いいの? 営業は?」
「片付けとか点検があるから、営業の再開は二、三日後ね」
「そっか」
ぱっと見は大きな被害がなさそうだったが、人に食べ物を提供する仕事だ。不備があってはいけない。しっかりとした点検が必要なのは理解できる。
メリッサとコーデリアがリビングの椅子に着いてほどなく、マリウスが焼き菓子と飲み物が乗ったトレイを持って戻ってきた。
「ありがと、お父さん。いただきます」
「ああ。召し上がれ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます