事故物件を買いましたが、何か?
マルムス
第1話 俺の夢は家を持つ事だ!
随分と貧乏暮らしが長かった。
十五歳で養護施設を飛び出し、所持金無しで駅のホームに立ち、土木工事の人買いに買われ、泥にまみれて金を稼いだ。パン屋で貰ったパンの耳を焼いたり、油で揚げたり、食べられる野草は殆ど食べて来た。そんな風にして凌いで、爪に火を点すようにして俺は金を貯めて来たのだ。何の為に?そう、孤児だった俺の夢は、マイホームを持つ事だった。
借金はしない。それは俺のポリシーであり、借金で潰れた人間、溺れた人間を土木現場で何人も見て来たし、何より金利を払うのが死ぬほど嫌いだからである。
あらゆる工夫をして、あらゆる節約をして、二十三歳の今日、めでたく目標の二千万円が、それは燦然と輝く夕焼け空の金星のような存在感で俺の通帳に記帳されたのだ。そして終に、待ちに待ったマイホームの物色に、俺は動き出した。
さて、マイホームと云っても、一流ハウスメーカー、ローコスト住宅メーカー、町の工務店、注文住宅には色々な選択肢がある。俺の手持ちは二千万。ローンは一切組まない。つまり糞腹が立つ消費税も含めて手持ちの二千万が全てなのである。そうなると、どの選択をするのが正しいのだろう。俺は住宅展示場に足を運んだ。
色々な一流メーカーのモデルハウスを見て周る。二十三歳、男一人。営業は冷やかしだろうと俺を相手にしない。お陰で煩わしい営業のトークに惑わされる事無く、じっくりとモデルハウスを確認することが出来た。一流メーカーのツボ単価は六十五万から八十五万、ローコストだと、四十五万前後、住宅メーカーではない工務店レベルだと、ツボ単価二十五万と云う激安もある。俺は丹念に、各メーカー、各グレードのモデルハウスを吟味して回った。
吟味して思ったのは、当たり前の事だが値段は品質に比例すると云う事。坪単価二十五万の家と、八十五万の家を比較すると、施工、材質、これには雲泥の差があった。一流は、やはり一流であり、三流は、三流でしかない。しかし、俺の手持ちは糞ムカつく消費税込み二千万。土地の購入と建物の建築。どう考えても一流ハウスメーカーに建築を依頼する事は不可能だった。でも、これから一生を過ごす家である。妥協はしたくない。さて、どうしたものか・・・
俺は住宅展示場の帰り道、愛車、ホンダ スーパーカブ110(リッター63・5キロの超低燃費)を走らせながら、どうすれば納得のいく家を手に入れる事が出来るか、そればかりを考えていた。仕事の建築現場で知り合った元ヤクザの親分に訊くと。
「手持ちの二千万を俺に預けろ、そしてお前はローンを組めばいい」
「はぁ?おっさん、絶対、とんずらするやんけ」
「しねーわ!お前はローンを組んでから自己破産するんだよ」
「阿呆かおっさん!そんなことしたら、なんの為に今まで苦労して貯金したか分からねーだろうがよ!」
「じゃ、安物の建売を買え」
「嫌だ」
「じゃ、俺のやり方でやれよ」
「やり方?」
元組長いわく、こうである。手持ちの現金を他人名義にして温存しておく。ローンを組んで自己破産すれば、買った家は差し押さえされ競売に掛けられる。競売で購入する場合、支払金額の10%から50%で落札出来るらしい。つまり、自分が買った家を競売に掛け、改めて買い直せば、実質、半額以下で家を手に入れる事が可能なのだと言う。世の中、色んな裏の手口があるものだと感心したが、そんな事をして手に入れるくらいなら、一生賃貸暮らしの方がましだ。
パチン!パチン!バチコ―――ン!!
俺はその元ヤクザの組長の頭を三発しばいて、「真っ当に生きろぉ!」そう捨て台詞を吐いてその場を後にした。家を買うのも、生きるのも、人生というのは真っ当でなければならない。何故なら、俺は至極真っ当な人間だからである。曲がった事は大嫌いなのだ。
しかし・・・手持ちの二千万では、どうしても足りない・・・どうしたものか・・・後十年、貯金してから・・・いや、駄目だ、それでは俺の次の目標が・・・
そうこうするうち、スーパーカブは俺の住むアパートの近くまで俺を運んでいた。アパートの駐輪場にカブを停車し、部屋の鍵をポケットでまさぐりながら思い直し、俺は近くのコンビニに煙草を買いに歩き出した。
言っておくが、コンビニでは煙草以外は絶対に買い物はしない。日本で一番物が高いコンビニで買い物などすれば、家など買えたものではないからだ。喫煙についてはとやかく言われたくない。俺は、酒は飲まないし、博打もしない、ついでに言えば、金のかかる恋愛もしない。つまり、喫煙ぐらいしなければ「お前、何が楽しくて生きてんの」そんな質問を受ける。人前で煙をモクモクさせていれば、人は俺の存在意義を問い質したりしないからだ。話が逸れた。
コンビニへの道程、俺の目に、電柱に無造作に張り付けられたチラシが目に入る。
【新古4LDK、1800万円】
・・・安物の建売物件だろうが、近いな・・・
俺は進路を北に変更し、そのチラシの住所に向かって歩いた。灯台下暗し、俺の住んでいるアパートのすぐ近くにその物件は有ったのだ。
建物をじっくりと見てみる。白いレンガ風の壁にオレンジの屋根、地中海をイメージしたかのようで少々メルヘンチックに過ぎるかと思う。きっとメルヘンチックな女性の好みで建築されたのだろうその物件の外観は俺の好みではなかった。だが、しかし、恐ろしくきっちりとした剛性感の建物。木造ではなく、鉄筋に違いない。北朝鮮のミサイル攻撃にも耐えられそうだ。これは、これはかなり高価な建物の筈・・・どう見ても、一流どころが建てた家に間違いが無い・・・面積七十坪、建坪三十坪、新古、土地、建物、付帯費用、な、なんだと!消費税まで全部コミコミ1800万だと!!おーーーいおいおいおい!キターーー!俺はすぐさま、建物を管理している不動産会社に電話をした。
「はい、凸凹不動産で御座います」
「もしもし、電柱のチラシを見たんですが、新古1800万の物件って」
「あぁ・・・ございますよ」
「今から見れますか」
「はい、大丈夫ですよ、直ぐに向かいますのでお待ちください」
なんと、こんな優良物件がまだ手付かずとは・・・
待てよ・・・
あのチラシ、随分と風雨に曝され、色褪せていた感が・・・
なんだ、なんか怪しいぞ、これは何かあるに違いない。そんな疑念を抱きながら待っていると、十分と待たずに、通販サイトで売っているコスプレ用かと思う程、胸ぱっつんぱっつん、はち切れそうなブラウスに、無駄に短いタイトスカートの女性が来た。おぉーー。
「お待たせしました、直ぐに鍵を開け、開け、開け、ますので」
なんで、「開け」を三回も繰り返す。しかも、心なしか、姉ちゃんの表情は暗い。些末な違和感を見逃してはなるまいと、俺は姉ちゃんを観察する。うーん・・・どうにも、ぱっつんな胸元と尻と短いタイトスカートに惑わされ、勘が鈍る
「さぁ、どうぞ」
俺は姉ちゃんに案内され、先ずはリビングと一階和室、そして、姉ちゃんの尻をガン見しながら二階への階段を上り、二階の寝室に入る、すると、姉ちゃんが急に手摺を持ってうずくまる。
「ど、どうしたんですか」
俺は相変わらず姉ちゃんの胸元に視線を置いたまま、心配を装い、姉ちゃんに声をかける。
「だ、大丈夫です、あの、お客様は、大丈夫ですか」
俺は質問の意味が分からなかった。
「大丈夫って?」
「告知の義務がありますので申し上げますけど、この物件、実は事故物件なんです」
「事故、物件?」
「はい」
「事故物件って、何?」
「守秘義務が御座いますので詳細は申し上げられませんが、前の持ち主の方が、この部屋で首吊り自殺をしています。お独りでしたので発見されるのが遅く、遺体は腐乱していて蛆と蠅に塗れ、それえはもう九相図の最後の絵の様な惨たらしい有様だったそうです」
{いやいや、あんためっちゃ詳細、言うてますやん}
「私、その、霊感が強くて、この部屋に入ると立って居られなくなるんです」
「そうなんですか、僕は大丈夫です、さぁ、手を貸しましょう」
俺は相変わらず姉ちゃんの胸元に視線を向けたまま、姉ちゃんに手を差し出した。なるほど、案内する姉ちゃんのこの有様を見たら、流石に誰も買わんだろう。俺の手を借りて立ち上がった姉ちゃんは、もう居た堪れないと云う風に部屋から、そして建物から外に出て行く。俺はその部屋を丹念に調べてみる。この部屋、洗濯物を室内で干せる様、ワイヤーで天井に収納出来る物干し竿が装備されている。多分、以前の持ち主は、これを利用して首をだ吊ったのだろう。
当時、俺は霊感など皆無だった。そもそも、当時の俺は霊なんてものすら信用していない。俺の興味は前の持ち主が首を吊った事実より、何故、こんな立派な家を建てて直ぐに首吊り自殺をしたのか、そちらに向いた。
「おい、あんた、俺は霊感なんぞ無いから、あんたがどこに居るのか、男か女か、何歳ぐらいの人か、そんな事、ちっとも分からん。だがな、あの姉ちゃんの様子からすると、あんたはここに居るんだろう。あんた、なんで、死んだりした。俺はお世辞にも恵まれた環境の中で育ってやしない。親の顔も知らない孤児で、施設で育った。辛い事ばかりだった、でもよ、俺は、一度だって死のうなんて思った事はねぇぞ」
・・・パキッ・・・ミシッ・・・
硬質な何かに罅が入る様な、森で朽ちた小枝を踏んだ様な、そんな音がした。所謂、ラップ現象と云うものだが、そんな事も当時の俺は露ほども知らなかった。
「なんだ、あんた、音で返事が出来るのか?おい、あんたはどうだ、何があったってんだ?どうして死んじまったんだよ」
・・・パシッ・・・ミシッ・・・
「そりゃ死ぬぐらいだからすげー辛かったのかもしれねぇ、でもよ、やっぱ、死ぬのは良くねぇ、良くねぇよ、一度きりの命なんだぜ」
ブッシャァァァァーーーーー!
ブッシャァァァァーーーーー!
ブッシャァァァァーーーーー
「キャアァァァーーー!」
俺の問いかけが終わるのを待たず、家中、庭に至るまで、水道という水道の蛇口がいきなり全開で開き滝の如く水が溢れ出る。玄関先に居た姉ちゃんの悲鳴を聞いて、俺は急いで階段を下りた。
「悪霊退散!悪霊退散!悪霊退散!」
すると、玄関先に、拳ほどもある大きな珠の数珠を首に巻き、漆黒の太い眉毛を怒らせ、何やら呪文を唱える坊主が現れた。
「せ、先生、良かった、間に合った」
「先生?」
俺は坊主を先生と呼ぶ姉ちゃんに鸚鵡返しで問い質した。
「そう、この方は有名な霊能者で、
「
「そう、一世を風靡した無道さんではなく、藻道さんですぅ」
{インチキの・・・更にパチモンかい!}
「おのれ悪霊、臨!兵!闘!者!皆!陣!裂!在!前!ランボルギーニディアブロゥゥゥゥ!ポルシェカレラァァァ!!」
{めっちゃ、正真正銘の紛い者ですやん}
パチン!パチン!バチコ―――ン!!
俺はディアブロゥゥゥゥだの、カレラァァァだの、某自動車メーカーの車名を煩悩いっぱいで叫ぶその坊主の頭を三回しばいた。
「な、何をする!この無礼者!」
「黙れこのパチモン生臭坊主!いいか、てめぇ!心を残して死んだ人間には、それなりの事情ってもんがある筈だろうが!こいつを勝手に悪霊なんて決めつけるな!」
俺が藻道をしばいて叫んだその瞬間、蛇口から噴き出していた水が急に止まり、辺りはそれまでの喧騒が嘘の様に静まり返った。
「おい、坊主」
「あ、は、はい」
「真っ当に生きろ」
「・・・」
「おい、姉ちゃん」
「は、はい」
「織田無道ですらインチキなのに藻道なんてパチモンに決まってんだろうが、もっと物事、真っ当に考えろ!」
「・・・」
姉ちゃんに小言を言って振り返ると、織田藻道はコソコソと路地の彼方に消えていた。
「おい姉ちゃん」
「はい」
「契約書くれ」
「え?」
「買うよ、この家」
「うそ””ぉぉぉ」
「うそじゃねーし」
「ほ、ほ、本当に、お買い上げいただけるんですかぁぁ・・幽霊いるのにぃぃ」
「幽霊なんて気にしなきゃいい。このスペックの家がこの値段、買うしか無いだろ、それにここに居る誰かさん、本当に悪霊だったら、俺が根性を叩きなおして成仏させてやる」
「ひっひょえぇぇぇーーー」」
こうして、俺はこの事故物件を買うことにしたのである。
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